福島での経験に学ぶ地域医療教育の可能性

近年、地域医療への期待は高まっており、私は将来自分が地域医療に携わることになったとき、今大学で学んでいることが本当に現場で活きるのか疑問に感じていました。
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A physical therapist, left, sits talking to a patient at Jukoukai Hospital in Tokyo, Japan, on Thursday, Sept. 11, 2014. Japan spent more than any other country in the world keeping people 65 years or older in hospital in 2011, according to Organization for Economic Cooperation and Development data, while medical expenses are forecast to rise 54 percent to 54 trillion yen ($506 billion) in fiscal 2025 compared with 2012, according to the Ministry of Health, Labor and Welfare. Photographer: Akio Kon/Bloomberg via Getty Images
Bloomberg via Getty Images

近年、地域医療への期待は高まっており、国を挙げて地域医療の活性化が目指されています。それを受け、全国の様々な医療系大学でも地域医療を念頭に置いた講義が盛んに展開されています。しかし、私は将来自分が地域医療に携わることになったとき、今大学で学んでいることが本当に現場で活きるのか疑問に感じていました。そんななか、この夏私は福島県を訪れ、地域との関わり方を考えさせられる二つの経験をすることができました。

一つは福島県猪苗代町で行なわれた復興支援活動での経験です。全国から参加した大学生がスタッフとなり福島県内の中学生から高校生までの子どもたちと交流しながら学習を行なうというものです。そこでは担当の大学生が講師となり放射線についてのワークショップが行なわれました。企画の内容を聞いた私は、「このテーマなら原発事故を受けた福島の子どもたちは関心があるだろう」と思っていました。ところがいざワークショップを行なってみると福島の子どもたちからは「学校で教わったからだいたい知ってた。」「ガラスバッジなんて福島に住んでれば誰でも知ってるよ。」といった声が挙がりました。ワークショップの際中に居眠りをしてしまっている中学生も見られ、参加者の興味を充分に引けていない様子が見て取れました。その一方で福島県外からの参加者にとっては初めて知る事柄も多く、茨城から参加した大学生は「普段の生活の中ではガラスバッジの話なんて聞く機会がないから勉強になった。」と語りました。スタッフにとっては非常に高評価なワークショップとなったものの、現地の子どもたちのニーズを捉えられてはいなかったことに気づかされました。

もう一つの経験は相馬市で行なわれた仮設住宅の健康診断です。震災以降毎年行なわれてきたこの健康診断には、福島県内の病院に勤務する先生方を中心に現地を良く知る医療スタッフが参加します。私もそのスタッフの一員としての参加でした。

相馬市玉野町にある玉野公民館で行なわれた健診で、私は骨密度測定を担当しました。測定の間に「最近調子はいかがですか?」と尋ねてみると、どなたもみな笑顔で応えてくれました。農家をされているという男性は、「農作業をしていて、暑くなったから健診に来た。」と教えてくれました。健診が終わったらまた農作業を再開されるのだそうです。骨密度の測定が終わり、私が「お疲れ様です。全く問題ないですよ。」と伝えると「おぉ、そうですか。それは良かった。」と安堵の表情を見せられました。また、前年の健診で運動を勧められたという女性は「前の健診のあと、カーブスに通うようにしたんです。」と教えてくれました。カーブスとは相馬市にある女性専用のフィットネスクラブです。運動の習慣をつけようと思い通い始めたのだそうです。

玉野町は飯舘村の北側に隣接している中山間地域で原発事故直後は一時的に約4μSv/hという高めの線量が検出されました。しかし、医療者が現地に赴き、住民の方々の声に直接耳を傾けてきた結果、住民の不安も徐々に解消されてきました。現在では線量も健康に問題ない程度にまで低下し、玉野の町には活気も出てきています。健診の場でも放射線の話題を耳にすることはなく、どこにでも見られるような「普通の健診風景」がそこにはありました。

二度の福島訪問はその内容、反応共に対照的でした。この違いは現地のニーズを把握できていたかどうかに依って生じたものです。今回のワークショップは県外の大学生が企画立案し、それを福島に持っていくという形を採っていたのに対し、相馬健診は相馬市の事業として行なわれました。普段から現地の住民とともに生活する先生方だからこそ、現地では何に関心が寄せられているのかを見極められるのです。特に放射線に関しては、「関心がゼロになったとは言えないが、関心の優先順位は下がってきているように感じる。」と相馬市内の病院に勤務している医師は語っています。健診で誰一人、私や他のスタッフに放射線に関する相談を持ちかけてこなかったことがその証拠と言えるでしょう。ワークショップもそれ自体は有意義な活動だと思います。しかし、ニーズを把握するにあたって現地の子どもたちではなく私たち県外の人間のニーズを優先してしまったことに反省の余地があります。私たちのニーズがあったように、現地の人々にもニーズは存在するのです。

この夏の福島訪問を通じて、現状の大学での地域医療教育には限界があると痛感しました。私は大学で震災後の福島県や地域医療について学びましたが、その上で住民のニーズに合っていると思っていた活動が、実際は住民の関心を引く内容になっていなかったという現実に直面しました。これでは独り善がりの押し付けにしかなりません。現場に足を運ぶことのない教育では地域医療をしっかり学べないどころか、こうした見当はずれな思い込みを生んでしまうことが懸念されます。実践的で良質な地域医療学習を実現するためには教育の方針を考え直さなければなりません。地域医療は誰のためにあるのかを考えれば、机に向かうよりも現場に向かうことが重要であるということは理解に難くないのではないでしょうか。

(2015年9月1日 「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)