成長戦略への違和感と期待

筆者は成長戦略に対して、漠然とした違和感を覚えてきた。これは政策メニューに対する批判ではない。はじめのうち、それは「成長」という言葉から受ける距離感のようなものだと思っていた。
|
Open Image Modal
Japanese Prime Minister Shinzo Abe delivers a speech during a conference hosted by the Junior Chamber International Japan in Yokohama, suburb of Tokyo, on July 20, 2014. AFP PHOTO/Toru YAMANAKA (Photo credit should read TORU YAMANAKA/AFP/Getty Images)
TORU YAMANAKA via Getty Images

先月、安倍政権が掲げる3本の矢の3本目となる成長戦略(日本再興戦略)の改訂版が閣議決定された。法人税減税に言及したほか、農業や医療分野での規制改革が示された。

筆者は成長戦略に対して、漠然とした違和感を覚えてきた。これは政策メニューに対する批判ではない。はじめのうち、それは「成長」という言葉から受ける距離感のようなものだと思っていた。

筆者の場合、日本の「成長」というと、かつての高成長時代、典型的な「高度経済成長」(戦後〜1970年代前半)や「バブル景気」(1990年前後)といった時代が想起されるのである。

しかし、そもそも安倍政権が目指す「名目3%程度、実質2%程度の成長」は明らかにこれらの高成長時代とは違う。また、景気循環的には、これらの後にも「ITバブル」(2000年前後)や「いざなみ景気」(ITバブル崩壊と世界金融危機の間の戦後最長となる景気拡張期)といった好況期が存在しているが、「ITバブル」「いざなみ景気」の時代は好況を実感できなかった(*1) 。むしろこの時代も、バブル崩壊に続く「失われた20年」の一時期というイメージが強い(*2)。

結局のところ、成長が必要だと頭では分かっていても、成長に向かって進んでいる日本の姿がピンとこないということである。

現在は、高度経済成長期のように貧しくて生活水準の向上を追求してきた時代ではない。生活水準は十分に高く、価値観も変わっている。より高い所得を得るのではなく、自由な時間が欲しい、あるいは、所得水準よりも安定した生活を重視するという人も多いと思う。

若い世代では、成長を求めることに対してなおさらピンとこない人も多いのではないだろうか。成長戦略という言葉に抱く違和感は、こうした成長に対する現実感の欠如や、あるいは現状に対する肯定感(「変わらなくても良い」という思いや、ある種のあきらめ)からきているのかもしれない。

最近、この違和感は重要な問題なのではないかと感じるようになっている。それは、成長戦略への当事者意識に関わる問題である。

現在の生活は、大量に発行されている国債(つまり将来からの借金)で支えられており、将来、少なくとも、この借金を返せる程度には成長率を引き上げないと、現状を維持すること(「変わらなくても良い」という思いを実現すること)自体が難しくなる。現状維持にも成長は必要なのである。

アベノミクスでは、第1の矢である異次元緩和が実施されて以降、株価の上昇をはじめとした成果を上げている(図表1)。そして、今回、3本目の矢が放たれ、第1の矢、第2の矢に続き「デフレ脱却」「富の拡大」に向けてさらなる成果を上げることが期待されている(図表2)。

しかし第3の矢は、第1の矢や第2の矢とは性格が異なる。

第1・第2の矢は官(政府)が主導する政策という色彩が強く、民(企業や個人)は基本的に受け身で良かった。しかし、第3の矢は、民が動かなければ始まらない。一方、官は規制撤廃や制度の整備をするが、使ってもらわなければ意味がなく、この点で官はむしろ受け身に近い。もちろん、第3の矢のメニュー(改革の内容)は重要だが、キモは「次の主役は皆さまです!」と言う点である(*3)。

つまり、第3の矢における官の役割は「やる気にさせること」であり、「やること」は民の役割である。第3の矢に対しては、民(企業や個人)の参加、当事者意識が欠かせない。当然だが、アベノミクスの成否は、この点に掛かっている。

Open Image Modal

現在のところ、第3の矢のメニューに対するマーケットやエコノミストの評価はそれほど悪くないようだ。また、消費増税を経てなお、景況感は底堅い。

官主導で実現したこれらの状況は、多くの民(人や企業)を「やる気にさせる」下地になるように思われる。そして、少なくとも農業や医療関係者は、この分野の改革が目玉のメニューとして掲げられており、否が応にも当事者意識を持つだろう。

ただ、(筆者を含めて)すべての民が当事者である。現状維持さえ難しい日本、今回こそ成長戦略に対する期待にとどまらず、まず自分自身が当事者として成長戦略の内容を知り、身近に捉えることが必要だろう。

(*1) 例えば、内閣府が毎年発行する「日本経済」シリーズでは、いざなみ景気について「戦後最長となった前回の景気拡張局面においては、輸出の増加が企業部門の回復をもたらし、それが家計部門にも波及するというシナリオが描かれてきた。そのシナリオは、結果的には期待されたほどには実現せず、長期にわたる『実感なき景気回復』で終わっている」と評価している(日本経済2009-2010)。

(*2) 例えば、1993年から2012年の20年間で見ると前年比成長率の平均は名目▲0.1%、実質0.8%にとどまる(過去の数値は旧基準で算出)。

(*3) 安倍政権では、首相官邸のウェブサイトに成長戦略をわかりやすくまとめた「やわらか成長戦略。~アベノミクスをもっと身近に~」を掲載している(http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seicho_senryaku2013.html)。このリーフレットのはじめのページは「がんばる皆さまの声にお応えします!」と題して「がんばる経営者」「がんばる家族」「がんばる農業経営者」の声が掲載され、最後のページにも「次の主役は皆さまです!」と題して、はじめのページと同じく「がんばる経営者」「がんばる家族」「がんばる農業経営者」の声が掲載されている。

関連レポート

株式会社ニッセイ基礎研究所

経済研究部 研究員

(2014年7月14日「研究員の眼」より転載)