「日米同盟プラス日中協商」でいくべきだ 五百旗頭真氏に聞く(中)

冷戦が終わり、二つの世界の対立こそなくなったけど、現実にはいまもっとひどいことが起きている。
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「民主主義をつくる」は、

②「自由って何だ? SEALDsとの対話」 1234

③五百旗頭真・熊本県立大理事長インタビュー 1 2(本記事) 3

の三つで構成しています。

五百旗頭真 いおきべ・まこと 1943年生まれ。熊本県立大理事長、ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長。専門は日本政治外交史。神戸大教授、防衛大学校長を歴任。著書に「米国の日本占領政策」「占領期 首相たちの新日本」など。

聞き手:豊秀一 ゆたか・しゅういち 1965年生まれ。論説委員、東京本社社会部次長などを経て、朝日新聞編集委員として憲法・メディア、司法などを担当。

自民党内では右バネが強くなっている

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五百旗頭真氏

――日本の政治状況についておうかがいします。安倍政権が異論に耳を傾ける姿勢がなく、「自民党は国民政党ではなくなった」と自民党のOB政治家が憂えています。健全な保守主義が失われていっているのでしょうか。

「冷戦が終わり、二つの世界の対立こそなくなったけど、現実にはいまもっとひどいことが起きている。民族紛争や宗教紛争が頻発し、9・11テロが起こり、過激派組織ISのテロ攻撃は激しさを増している。プーチンや習近平の姿勢を見ていると、第1次世界大戦前のパワーポリティクスに戻っていくような気になる。世界は大乱状態で、乱世に向かう厳しい流れがあるわけです」

「そういう中で、我々は戦後、平和主義の第9条を大事にしてきた。しかし、右バネの人は、それに対して『甘っちょろいことではサバイブできないぞ』と批判をする。先の自民党総裁選で安倍晋三さんと石破茂さんが最後に残ったのは、二人とも安全保障重視論者だったから。国際環境が善意と平和主義だけではやってはいけないので、危機に対応できる人を選ぶ傾向が出てくる。そんな中で自民党内では、現実主義の回復でもありますが、右バネが明らかに強くなっている」

「私も神戸大学教授をしているときには、革マルのターゲットになっていました。左党から国際派現実主義者だと敵視され、危険だと。ところが、防衛大校長の時に、小泉純一郎さんの靖国神社参拝を批判したら、今度は右翼から総攻撃を食らいました。現実主義で保守的だと思われていたのに、右のほうは私のことを「リベラルすぎる」と攻撃をするわけです。私自身はあんまり変わっていませんが、全体が右に動いて、逆から批判されるようになりました」

「それも国際環境に変化が背景にあるのでしょう。安全保障が実際に揺るがされるという不安にリアリティーが出てきた。ですから、私は安保法できちんと対応すべきだと思う。世界水準からみればまだまだ控えめです。同時に、平和主義とかリベラルという、そういう緩やかな中道の価値を失わないようにも頑張らないといけない。相変わらず二面性があり、またどっちから叱られるのか知りませんけれども」

ヘイトスピーチは無視しがたい風潮だ

――右バネといえば、社会の一部とはいえ、「在日特権を許さない市民の会」などによるヘイトスピーチが社会問題化し、排外的な空気が広がるのは心配です。

「無視しがたいです。しかも、残念ながらどこの国でもそういう風潮が広がっています。日本の場合、侵略戦争をし、植民地支配をした歴史を抱え、中国や韓国に当然「申し訳ない」という気持ちを持ってきた。ところが世代が変わり、中韓の強い反日感情に『いい加減にしろ』と反発する気持ちが出てきた面がある。それがナショナリズムと結びついているのでしょう。書店にいけば、嫌韓本や憎中本が平積みになっていましたね。韓国や中国から来た人たちは『えーっ』と驚くわけです。韓国でも慰安婦問題などで強硬派の人たちが反日感情を煽(あお)っているのが残念です」

――昨年暮れの慰安婦問題の日韓合意をどう考えていますか。

「せっかく韓流ブームで日本の対韓感情が暖まっていたのに、韓国の李明博大統領が2012年に竹島上陸して以降、日本人は裏切られた気分にとらわれ、日韓関係は本当に冷え込んでしまった。どうしようもないと思っていたら、去年の暮れ、よくあそこまでいきました。戦後70年という節目の年に、元慰安婦の方々が高齢化していることを考え、安倍政権と朴槿恵政権はなんとか合意にいたった、よう頑張ったと思います」

――安倍さんが元慰安婦のおばあさんに直接会って、謝罪の言葉を伝えるというのはどうですか?西ドイツのブラント首相のような大宰相になれるのではないですか?

「彼が出かけていき、例えば、ソウルの大使館で彼女たちと会う。それはあってもいいと思います。アジア女性基金の時にも、日本の首相が、心をこめたお手紙を一人一人に出しました。ですから。それを自らお渡しし、手を握って、気持ちを伝えるっていうことはあってもいいでしょう。ただ、それを向こうがはねつけるのでしょうかね。一部の人は受けるのでしょうか。彼女たちの支援者が前向きの姿勢を示してくれば、可能性はあると思いまが、『絶対に合意は認められない』というところへ出かけていくことはできないと思います」

日本国憲法の果たした役割は大きい

――昨年は戦後70年の節目の年でしたが、戦後70年日本の歩みと、日本国憲法が果たした役割をどうみていますか。

「日本国憲法の果たした役割は非常に大きい。かつて日本は、アジアで近代的な軍隊を唯一持っていることをいいことに、あれほどの侵略戦争をほしいままにした。戦えば勝つから、外に出ていき、みだりに使ったんです。非常に愚かなことでした」

「そこで失った国際的信用を回復する上で、『我々は平和主義の外交を取ります』と言うだけではなく、憲法で第9条を定め、我々は決して道を踏み外さないと誓約し、信用を回復しようとした。1930年代以降、「富国強兵」の強兵ばかりに比重が乗っちゃった。戦後日本はそういうゆがんだ生き方ではなく、憲法9条の下で世界とともに日本も繁栄していく、吉田茂の採った経済を中心とする平和的再発展の路線です」

「金大中さんと小渕恵三さんの間で、1998年に歴史的和解が行われました。植民地支配をされ、苦しめられた韓国の大統領が日本の戦後の民主主義と平和的発展、それに貧しい国を援助する歩みを評価し、未来志向の協力をうたったわけです。中国でも胡錦濤が「戦後日本の平和的発展を積極的に評価する」と言って、戦略的互恵関係に合意したわけです。日本国憲法の下での戦後日本の平和的な生き方っていうものが過去との決別、そして和解を可能にしたと思います」

勇ましい言動は竜頭に終わることが多い

――ところが、安倍さんは「戦後レジームの脱却」を掲げ、自民党内には東京裁判を検証しようという動きもあります。

「変に勇ましい言動が出てきてもね、竜頭だけに終わることが多いと思いますよ。例えば、河野談話や村山談話の見直しも結局はやらなかったでしょう。東京裁判史観批判というのは反米論ですし、歴史修正主義ですよ。そこにまで図に乗って自民党の政治家に動かれては困るわけです」

「アメリカも国際主義的なプラグマティズムを持った現実主義とは協力できるけど、『日本は何も悪くなかった、悪かったのはそっちだ』みたいな右の人間が言うような日本政府であれば、もうおつき合いできないということになるからです。中韓だけでなく、米欧ともうまくいかない。そのことをわかっているから、安倍さんはアメリカで議会演説をし、70年談話やったわけですよね」

日米同盟プラス日中協商で

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五百旗頭真氏

――今後の日米、日中、日韓含めて、日本外交に望むことは何ですか。

「日韓が絶望する必要ないとすれば、中国とは非常にきついですが、戦略的につきあっていけます。中国は情緒的ではなく、国益論なんです。私の言葉で言えば、日米同盟プラス日中協商です。同盟のような全体的運命共同体ではなく、個別利害の問題で調整をし、ワンポイント合意をつくる。その合意をつくることで二つの国がけんかするのではなく、協力を全般的にやっていくということをシンボライズさせる。その外交技術が協商、アタントです。日中はそれでないといけない」

「けんかせず、相互に利益が得られるという関係を具体的な一つ一つの合意をつくることでやっていく。日米同盟がしっかりしていたら、21世紀の日本の外交はまずやれると思います。それからそれを失ったら、日本の21世紀はないというのが私の見方です。いまは何とかその形はできていると思いますよ。にこにこした日中友好ではないのです。冷たい関係ですが、相互利益を大切にしようという大人の関係を維持していく。そのことが大事だと思います」

アメリカにも友人としてしっかり忠告していくべきだ

――日米同盟、アメリカとの関係の大切なポイントはどのあたりでしょうか?

「もともと日米安保条約というのは旧ソ連を意識し、冷戦を前提にしていた。二つのうち一方の超大国=旧ソ連という大きな熊が、日本の北方、裏山にいるわけです。日本海を渡って上陸してきたら、敗戦国日本がいかに防衛力をめぐらしても、抑えられない。そこで吉田茂がやった決断は、もう一方のもっと強い猛獣=アメリカを番犬にしようというのです。米国の軍隊を残してもらい、他国が日本に踏み込めないようにしたわけです」

「一番強いアメリカという国の軍隊がいる限り、どこも戦争をしたら、アメリカとの戦争になりかねないというので、合理的には戦争を仕掛けないわけです。で、それを使って日本の安全を担保しながら、60年安保の改定で経済協力を広げていった。対米基軸関係が作られていったのです。そのことが持続されるというのが、政治外交の安定にとっても非常に大事という時代が続きました。さらに、21世紀に移り変わる中で、オールラウンドの日米同盟関係になっていく。例えば、PKOについても、災害についても協力する、何かあったら日米はしっかり協力するんだという、全般的協力関係になっているわけです」

「オバマのあとは、ヒラリー・クリントンでしょうか。もし、そうなれば、ヒラリー・クリントンはオバマとも共和党保守とも違うけれども、結構しっかりしたところがあるので、妥当な線でいくでしょう。もし、アメリカがベトナム戦争やイラク戦争の時のように、世界の安全保障問題に過度に入れ込んだら、逆に、極端にハトになってみたりしても、日本は振り回されではいけない。例えば、愚かな戦争はしないよう、アメリカの力をもうこれ以上削がないように友人として、しっかり、忠告していくべきです。実際には熱くなった大国は、だれも止められないものですけどね。唯一超大国でなくなるこれからのアメリカは、今までよりも聞いてくれるのではないでしょうか」

本土の側に改めるべきところがあるが、沖縄の方々にもやさしさを乞いたい

――アメリカとの関係と言えば、沖縄県の普天間飛行場の辺野古への移設問題をどう考えますか。

「ヤマトンチュが、沖縄に対してずいぶんひどいことをやってきたし、気の毒な県民の気持ちはよくわかります。だけど、橋本内閣以降の日本は、沖縄の振興について、例えば、岡本行夫さんだとか島田晴雄さんとかね、いろんな人が現地へ出向き、我々が何をすれば皆さんにとってプラスになるのかっていうふうなことをね、ずいぶん話し込んできた」

「辺野古の問題は、環境問題もあるけれども、国全体の重要事項を左右するほどのことではない。辺野古へと移設されれば、沖縄の人にとって、普天間飛行場が返ってくるだけじゃなくて、周辺の関連した基地や施設も返還される。飛行場周辺の安全の問題とか騒音の問題も改善されるんだから、これは明らかな前進だと思います。よりよいことなら、政治においてはやるべきではないでしょうか。完全な解答でなければ断固拒否というのは、あまりに未熟です」

――しかし、この間の知事選や衆院選では、「辺野古はノー」だという沖縄の人々の民意が示されています。しかも、安倍さんなり、菅さんのやり方が翁長知事の声に耳を傾けない一刀両断のやり方で、溝を深めている気がします。

「実際のところ、橋本内閣や小渕内閣のころのような、非常にきめ細やかな配慮を、心から共感をつくりながらやろうというふうな姿勢とは、ちょっと違うものがあるとしたら残念ですね。本土の側に改めるべきところがあると思いますが、沖縄の方々にもやさしさを乞(こ)いたいですね」

WEBRONZAは、特定の立場やイデオロギーにもたれかかった声高な論調を排し、落ち着いてじっくり考える人々のための「開かれた広場」でありたいと願っています。

ネットメディアならではの「瞬発力」を活かしつつ、政治や国際情勢、経済、社会、文化、スポーツ、エンタメまでを幅広く扱いながら、それぞれのジャンルで奥行きと深みのある論考を集めた「論の饗宴」を目指します。

また、記者クラブ発のニュースに依拠せず、現場の意見や地域に暮らす人々の声に積極的に耳を傾ける「シビック・ジャーナリズム」の一翼を担いたいとも考えています。

歴史家のE・H・カーは「歴史は現在と過去との対話」であるといいました。報道はともすれば日々新たな事象に目を奪われがちですが、ジャーナリズムのもう一つの仕事は「歴史との絶えざる対話」です。そのことを戦後71年目の今、改めて強く意識したいと思います。

過去の歴史から貴重な教訓を学びつつ、「多様な言論」を実践する取り組みを通して「過去・現在・未来を照らす言論サイト」になることに挑戦するとともに、ジャーナリズムの新たなあり方を模索していきます。