当世お名前事情について

しばらく前にひょんなことで、現代社会の子供の名づけの一端を垣間見ることができたので、それをきっかけに考えたことも含め、できるだけ手短に書いてみる。
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最近、子供の名前で従来とちがったものが出てきているという話をよく聞く。「キラキラネーム」などということばをネットなどで見かけたりするが、実際にそういう名前の人がどのくらいいるのか、よくわからないままで論評するのはどうかと思っていた。そうこうするうち、しばらく前にひょんなことで、その一端を垣間見ることができたので、それをきっかけに考えたことも含め、できるだけ手短に書いてみる。

昨年、とある地方都市に行った際、その土地の由緒ある大きな神社を訪れたのだが、その神社の長い回廊の柱の1つ1つに、子供の名前を書いた献灯がつけられていた。大人が書いたようなものも、子供が書いたようなものもあり、概ねここ数年の間に生まれた子供と思われた。幼稚園を併設でもしているのかと思ったがそうでもないようなので、近所の幼稚園の子供なのかもしれないし、あるいはお参りやお祓いの際に献灯するのかもしれない。

とにかく、どうみても数百は下らない数の、ここ数年に生まれたらしい子供の名前を見ることができたわけだ。いい機会なので一通り見て回った。

総じていえば、大半の子供の名前はそれほど違和感のあるものではない。もちろん子供の名前のトレンドは時代によって変わるわけで、私の名前が私の生まれた当時に多かったものであるのと同じように、今の子供の多くは今ふうの名前がつけられている。

ベネッセが毎年出しているランキングにあるような名前、つまり悠真、湊、蓮、陽向、大和、葵、結菜、凛、結愛、陽葵などが多くみられたという印象はないが、それに似た名前はけっこうあったように思う。これらとて私の世代からみれば「それ名前につけるの?それそう読むの!?」といった感想を禁じ得ないものが少なくないわけだが、まあそういうものだと思ってみれば、別にたいした違和感はない。

で、気になるのは、いわゆるキラキラネームだが、そう言い切れそうなものは見当たらなかった。もちろん、献灯のほとんどには名前の漢字しか書かれておらず、それをどう読むかはわからないので、実際には想像を絶する読み方のものがあったのかもしれないが。ネットでよく出てくる「光宙(ぴかちゅう)」だの「泡姫(ありえる)」だの「黄熊(ぷう)」だのは、実在する名前なのかどうかもわからず、都市伝説であるらしい。

その神社にあった名前で「陽翔」というのがあって、一緒にいた娘は「「イカロス」ではないか」と主張していたが、おそろく「はると」「ひなと」あたりだろう。

とはいえ、いくつか気づいたことはあった。

(1)読みにくいもの

ランキングに出ている名前でも、そういわれなければわからないものはけっこうあるわけで、一般的な漢字の読み方だけではなかなかわからない名前が少なからずみられた。

「百萌」(たぶん「ももえ」)、「士月」(たぶん「しづき」)、「琴星」(たぶん「ことせ」)ぐらいはなんとか想像がつくが、「夢紡」「紫若」「葉遥」「小想」あたりになるとお手上げだ。「虹七」もわからなかったが、ネットで調べるとどうも「にいな」っぽい。「昴法」はおそらく「たかのり」あたりだろうが、「彗昴」になると想像もつかない。

(2)その字を使うのか、というもの

「憂」という字を使った名前が2つあった。「憂花」と「茉憂」。おそらく「ゆうか」と「まゆ」あたりかと思う。一般的には「憂い」はあまりいい意味ではないので名前としては使用を避けることが多いだろうとは思うが、例が複数あったということは、現代ではそれほど忌避されているわけではないということだろうか。

アニメにもなった漫画「けいおん!」に「憂」(うい)というキャラクターが出てきたと思うが、その影響もあるのかもしれない。

(3)海外を意識したかも、なもの

海外、典型的には英語圏でよくみられそうな読み方のできる名前は少なからずみられた。「真秀」(「まさひで」かもしれないが「ましゅう」の可能性もある)、「志温」(これは「しおん」だろう)、「暖人」(「だんと」かなあ)、「莉杏」(「りあん」だろう)、「樹杏」(「じゅあん」かな)など。ひらがなで「まあさ」「のあ」というのもあった。「月」というのもあったのだが、おそらく「るな」ではないかと思う。

というわけで、読みにくいもの、これまでの「常識」とは異なったものは少なからずあるが、少なくとも「これはどうか」と思うようなものはみられなかった。基本的に、名前が多様化しているということだろう。上掲の記事には、「現代に「人気の名前」は存在しない」とある。

考えてみれば、漢字で書かれた名前がすんなりと読めるのは、単に漢字の知識だけでなく、他人の名前で同じものに触れた経験があるからだろう。たとえば「太郎」という名前は多くの場合「ふとお」ではなく「たろう」と読むだろうが、そう読めるのは、他の「太郎」がまず例外なく「たろう」と読むと知っているからだ。もし宮崎駿氏が有名なアニメ監督でなければ、彼の名前を「はやお」と読むか「しゅん」と読むか、迷う人は多かっただろう。

私の名前の「浩」だって、名前以外で使われた例を見たことがない。名前に使われていなければ、特に幾人かの有名人(愛新覚羅浩だの川口浩だの浩宮だの)の名前に使われていなければ、何と読むか知る人は少なかったのではないか。私が読めなかった「夢紡」「紫若」「葉遥」「小想」「彗昴」なども、10年もしたら当たり前になって誰もが読める名前になっているかもしれない。

日本の戸籍は、使用できる漢字は制限するものの漢字の「読み」についてはかなり自由で、一般的な漢字の読み方とちがう読み方をすることもできる。もちろん何の制限もないわけではなくて、確認してないが法務省の局長通達で「名に用いた文字の音訓又は字義に全く関連を有しないときは、これを付した届出は受理することができない」というのがあるらしい。

つまり「音訓又は字義」に何らかの「関連」があればいい。それが親たちのさまざまな工夫を生み出してきたというわけだ。それに、昔「悪魔」という名前をつけようとして拒否された事例があったはずだから、別途そういう配慮もあるのだろう。

そういう前提があるのであれば、どう読むかなど、よほど荒唐無稽なものでなければどうでもいいことだ。そもそも戸籍その他の登録時に漢字と併せてその読みを登録しておいて、それが参照できるようにしておけばすむ。よく例に挙げられる、学校の名簿で何と呼べばいいか悩む教師の話なども、名簿に読みを載せておけばすむ話であって、おおげさに頭を抱えてみせる方がどうかしている。

「読めないような名前はおかしい」と憤る人は、自分の名前がほんの100年ほど前の人たちからはぎょっとされるような名前であることを考えてみるべきだろう。伝統的な名前がよいとかいうなら「文左衛門」でも「末吉」でも、「よね」でも「とみ」でもつけたらよい。

もちろん、本人が気に入らないのであれば、変えればいい。名前など記号にすぎない。社会生活において本名と異なる名前を用いる人は、芸能人や作家に限らず、少なからずいる(政治家でもいるはずだ)。そもそもネットでは本名よりもアカウント名やメールアドレスの方がよほど本人を表す記号になっている。「名前」が複数あっても全然おかしくないし、事実上すでにそれに近い状態となっている。

それに、いまやわれら日本人は全員、個人番号で特定されているのだ。

個人的には本気で、かつての幼名(大人になった時点で名前を変えるというのはいろいろな意味でアリだと思うがその話は別の機会に)や、一部の外国人が使う通名(そのスジの方は血管ピキピキで憤るかもしれないが、本名と別の名を名乗るのはむしろ日本の伝統に即したものではないか)などを制度として採り入れればいいのではないかと思っている。

トレーサビリティが確保されるのであれば、あとは自分で好きに決め、変えればよい。そういう時代になれば、夫婦別姓とか旧姓を使うか使わないかといった問題などは雲散霧消してしまうだろう。

そういう次第なので、私としては、現代の「個性的」な名前について、総じて特段問題があるとは思わない。より正確にいえば、そうした名前に問題意識を感じずにすむ社会にすべきだと思う。

「キラキラネームの学生は採用をためらう」みたいなことをしたり顔でのたまう向きもあるらしいが、そうすることで自らの差別意識と、名前でしか人を判断できない見る目のなさを図らずも露呈していることに気づいておられないようだ。

かつて総理大臣にちなんで「田中角栄」と名づけられた子がロッキード事件以降からかわれるようになり、改名を求めて認められたというケースがあったかと思う。「名前は慎重につけましょう」という教訓のように語られるのを見かけるが、総理大臣の名前にちなんでつけた名前のどこが慎重さを欠いているというのか。むしろ問題なのは名前を理由にしてからかった周囲の方だろう。

全国に少なからずいたであろう大久保清さん、宮崎勤さんといった、名だたる犯罪者と同姓同名だった人たちの苦悩は、彼らの親ではなく、その名を揶揄や非難の対象とした人々がその責めを負うべきものであることはいうまでもない。

もちろん好みの問題はあるだろう。親が願いを込めた名であっても、気に入らないということはあるだろうし。とはいえそれも、本人の気持ちの問題だ。少なくとも、テレビやネットによくいる上から目線の「ご意見番」みたいな部外者の有象無象があれこれいう問題ではない。

(2016年2月7日「H-Yamaguchi.net」より転載)

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有名人・著名人の子供の名前
石田純一・東尾理子(01 of35)
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理汰郎(りたろう)くん(2012年11月5日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年04月02日))
市川海老蔵、小林麻央(02 of35)
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長女:麗禾(れいか)(2011年7月25日生まれ)\n長男:勧玄(かんげん)(2013年3月22日生まれ) (credit:Katsumi KASAHARA via Getty Images(July 29, 2010))
辻希美(03 of35)
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長女:希空(のあ)(2007年11月26日生まれ)\n長男:青空(せいあ)(2010年12月26日生まれ)\n次男:昊空(そら)(2013年3月21日生まれ) (credit:時事通信社(2014年02月17日))
松嶋尚美(04 of35)
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長男:珠丸(じゅまる)くん(2011年12月14日生まれ)\n長女:空詩(らら)ちゃん(2013年6月18日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2004年03月10日))
郷ひろみ(05 of35)
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2014年6月23日生まれの双子\n兄(けい)、陸(りく) (credit:時事通信社(2012年12月31日))
北野武(06 of35)
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長男:(1981年生まれ)\n長女:井子(1982年10月5日生まれ) (credit:時事通信社(2015年07月29日))
工藤公康(07 of35)
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長男:阿須加(あすか)(1991年8月1日生まれ)\n長女:遥加(はるか)(1992年11月18日生まれ) (credit:時事通信社(2015年06月23日))
藤本敏史(FUJIWARA)と木下優樹菜(08 of35)
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莉々菜(りりな)ちゃん(2012年8月6日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2015年06月10日))
安藤美姫(09 of35)
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ひまわりちゃん(2013年4月生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2015年05月21日))
大竹一樹(さまぁ~ず)(10 of35)
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長男:龍臣(りゅうじん)くん(2012年生まれ)\n次男:泰雅(たいが)くん(2015年9月4日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2015年05月12日))
ハイヒールももこ(11 of35)
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紗音琉(さとね)ちゃん (credit:時事通信社(撮影日:2015年01月31日))
浜田雅功(ダウンタウン)(12 of35)
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長男:郁未(いくみ)さん(1991年3月12日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2014年12月03日))
土屋アンナ(13 of35)
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長男:澄海(すかい)くん\n次男:心羽(しんば)くん (credit:時事通信社(撮影日:2014年11月19日))
ダイアモンド☆ユカイ(14 of35)
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長女:新菜(にいな)ちゃん(第一子)\n長男・次男:頼音(らいおん)くん、匠音(ショーン)くん(双子、第二子・第三子) (credit:時事通信社(撮影日:2014年09月25日))
辻仁成(15 of35)
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十斗(じゅうと)くん (credit:時事通信社(撮影日:2014年08月19日))
織田信成(16 of35)
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長男:信太郎くん\n次男:信之介くん (credit:時事通信社(撮影日:2014年07月18日))
布川敏和(17 of35)
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長男:隼汰(しゅんた)\n長女:桃花(ももか)\n次女:花音(かのん)\n (credit:時事通信社(撮影日:2014年06月23日))
柳葉敏郎(18 of35)
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長女:さくらちゃん\n長男:一路(いちろ)くん (credit:時事通信社(撮影日:2014年05月12日))
中村憲剛(19 of35)
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長男:龍剛(りゅうごう)くん\n長女:桂奈(けいな)ちゃん\n (credit:時事通信社(撮影日:2014年04月11日))
大島美幸(20 of35)
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長男:笑福(えふ)くん(2015年6月22日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2014年01月31日))
寺島しのぶ(21 of35)
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長男:眞秀(まほろ)くん (2011年9月11日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年10月17日))
元木大介(22 of35)
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長男:翔大(しょうた)くん(2006年1月生まれ)\n次男:瑛介(えいすけ)くん(2010年8月11日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年10月05日))
片岡鶴太郎(23 of35)
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荻野貴匡(おぎの・たかまさ)さん(1981年11月13日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年08月27日))
つるの剛士(24 of35)
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長男:詠人(えいと)くん\n長女:うた\n次女:おと\n三女:いろ(2009年11月6日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年08月01日))
前田愛(25 of35)
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長男:七緒八(なおや)くん\n次男:哲之(のりゆき)くん (credit:時事通信社(撮影日:1999年09月08日))
おりも政夫(26 of35)
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長女:織茂璃穏(おりも・りお)さん(991年8月8日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2002年05月09日))
豊ノ島(27 of35)
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長女:希歩(きほ)ちゃん(2012年7月6日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年05月16日))
嶋大輔(28 of35)
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長女:圭叶(けいか)ちゃん(2000年生まれ)\n次女:彩叶(あやか)ちゃん(2007年11月20日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年04月25日))
大塚寧々(29 of35)
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長男:成虎(しげとら)くん(1999年生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年04月04日))
遠藤章造(30 of35)
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長女:彩華(いろは)ちゃん(2003年生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年04月04日))
矢部浩之(31 of35)
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長男:(りょう)くん(2014年3月19日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2000年03月14日))
山田まりや(32 of35)
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長男:崇徳(むねのり)くん(2012年12月29日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2013年02月05日))
金子貴俊(33 of35)
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長男:颯良(そうら)くん(2008年生まれ)\n長女:茉里咲(まりさ)ちゃん(2012年12月4日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2012年12月13日))
高田万由子(34 of35)
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長女:向日葵(ひまり)ちゃん(1999年7月生まれ)\n長男:万太郎(まんたろう)くん(2006年8月1日生まれ) (credit:時事通信社(撮影日:2004年04月05日))
梶原雄太(35 of35)
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冬詩くん (credit:時事通信社(撮影日:2004年09月27日))