娘に暴露投稿されて落選した、韓国の候補者の絶叫がネタにされてさらに痛い

2014年6月5日、YouTubeにアップされた「高承徳(コ・スンドク)メタル」(2014)は、ソウル市教育監候補だった高承徳の「おろかな父を持つ娘よ、ごめんなさああああーい!!!」と絶叫した動画をもとに制作されたものだ。
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2014年6月5日、YouTubeにアップされた「高承徳(コ・スンドク)メタル」(2014)は、ソウル市教育監候補だった高承徳の「おろかな父を持つ娘よ、ごめんなさああああーい!!!」と絶叫した動画をもとに制作されたものだ。このパロディー曲は、インターネット上で爆発的な人気を集め、筆者もこのパロディー曲の魔力にはまり、繰り返し再生してしまった。

▼The Hoot「高承徳(コ・スンドク)メタル」

日常生活でも「ごめんなさああああーい!!!」という歌詞が頭の中でぐるぐる回る「後遺症」に悩まされた。後遺症を克服するためにも、高承徳の絶叫はどのような意味があったのかについて、一つずつ振り返る必要を感じた。高承徳はなぜあれほど絶叫しければならず、私たちはなぜ彼の絶叫をもてあそんでパロディーにしたのだろうか。まずは経緯を振り返ってみよう。

6月4日に投開票された韓国の統一地方選挙で最も劇的だったドラマは、ソウル市教育監候補として、事前の世論調査で支持率1位を記録していた高承徳(コ・スンドク)の落選だった。

(教育監:主要市や道単位で、小学校から高校までの教育を統括する役職)

バラエティー番組に出演して人気の高かったタレント弁護士、高承徳の没落は2014年5月31日、彼と前妻との間に生まれ、現在はアメリカで暮らす娘、コ・ヒギョンが、フェイスブックに「高承徳は、自分の子供すらも精神的、経済的に全く支援しない人だから、一都市の教育監という職責を務める資格がない」と投稿したことで始まった。

一般的に、選挙の最終段階のできごとは、候補者の支持率に大きな影響を及ぼしにくいというのが定説だった。しかし、ソーシャルメディアのユーザーがコ・ヒギョンの投稿を積極的にシェアしたことで急速に拡散し、マスコミ各社も関連記事を掲載した。このため、地方選挙で有権者の関心が高いとはいえなかったソウル市の教育監選挙は、ソウル市長選挙並みに有権者の高い関心を集めるようになる。

高承徳は娘の暴露に屈することなく、翌6月1日に記者会見を開いた。記者会見では「父として娘に申し訳ない」と話す一方で、前妻の父である故・朴泰俊(パク・テジュン)ポスコ(浦項総合製鉄)会長の息子と、高承徳の対立候補が、娘の投稿について電話で話し合っていたとして、これは政治的な策略だと主張した。

高承徳が記者会見で「娘にすまないと思っている」と言いながら、娘の暴露は政治的な策略の産物だと主張するのは二律背反的でもある。有権者たちは高承徳に大きな失望を感じたに違いない。高承徳の反論は、自分の危機を肯定的に打開する最小限の可能性を自ら絶ってしまったことにほかならない。

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▲コ・ヒギョン

高承徳は記者会見後も自身への風当たりが弱まる兆しが見えないとみるや、2014年5月28日に娘と交わしたカカオトークのメッセージを提示し、離婚後に子供たちがアメリカへ渡った後「何年に一度は韓国で会ったり、ときどき電話やメッセージをやり取りしたりしていた。娘と交流が断絶していたわけではない」と主張した。

しかし、コ・ヒギョンは5月31日にコ・スンドクが送ったとする「電話番号が変わったみたいだね」というカカオトークのメッセージについて「私は2001年に初めて携帯電話を持ってから、一度も番号を変えたこともない。実の娘の電話番号を確認すらしなかったという証拠だ」と反論し、高承徳が自分に連絡してきたのは昨年の冬、たった一度だけだと強調した。また、「私は父が再婚したことをインターネットで知った」と述べた。

娘の反論でさらに窮地に追い込まれた高承徳は、それ以上の反論をあきらめ、謝罪を通じて有権者の感情に訴える戦略に転換する。高承徳は選挙運動最終日の6月3日午後、繁華街の交差点での演説で「おろかな父を持つ娘よ、本当にごめんなさああああーい!!!」と絶叫したのだ。

この時点で高承徳が「お涙ちょうだい」作戦に転じたのは、選挙運動期間が残り少なかったこともあるが、これ以上娘に反論する余地がなかったためだろう。

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▲記者会見で、娘の「暴露投稿」に反論する高承徳

高承徳は残りわずかの選挙運動期間中、不利な形勢を逆転させるために、有権者たちの感情に訴える戦略を取った。感情に訴える戦略は、政治家が群集の心をつかむ方法論として頻繁に使われた。ギュスターヴ・ル・ボン(Gustave Le Bon)は自著『群衆心理』で理性の働き、つまり論証の方法では群衆の心を捕らえられず、付随的な説明を省き、扇情的で凝縮された意思疎通の方がずっと効果的だと述べた。ここで「付随的説明を省き、扇情的で凝縮された意思疎通」の一つが感情に訴える戦略だ。

今回の地方選挙で感情に訴える戦略は高承徳だけでなく、ソウル市長選で現職に挑んで敗れた与党セヌリ党の鄭夢準(チョン・モンジュン)も使用した。6月1日の午後、ソウル松坡区での選挙演説で「最近の世論調査を見ると、江南で現職が大きく上回っている。こんな話を聞いて気分はどうですか? あきれますか? 私の胸から血が流れます。そうならないようにしてくださるんでしょう?」と話した。ここで「胸から血が流れます」は文脈上、激しい感情を込めて言うべきだったが、彼特有のぎこちない余韻を残すだけだった。

つまり鄭夢準は、自分の発した言葉と、自分の感情を連動させることができなかったのだ。このほかにも、与党・セヌリ党の共同選挙対策委員長らが「朴槿恵大統領の涙を拭いてあげる時が来た」「朴大統領を投票で守ってください」「セヌリ党候補の当選が、危機に陥った朴槿恵政権を救う道」と連呼したが、やはり言葉と感情が連動していなかった。

これに対して高承徳は、自分の言葉と自身の感情を連動させることに成功した。「ごめんなさああああーい!!!」の「さああああーい!!!」は物笑いの種に見えるかもしれないが、高承徳の切実な思いが言葉と一体になった証でもある。

しかし高承徳は選挙で惨敗した。なぜだろうか? その理由は高承徳の絶叫が的外れなところに届いたからだ。本来は当然、娘に届けられるべきだったのに、自分に投票する有権者たちに向かっていた。高承徳が記者会見で娘の暴露が政治的な策略だと反論したことからも、最初から彼が娘の気持ちより、自分の支持率の落ち込みにしか関心がなかったことがわかる。だから謝罪する先も全く違うところに設定されたのだ。

動画で見るとより明確に分かる。高承徳は頭を下げて片腕を力強く伸ばし「おろかな父を持つ娘よ、本当にごめんなさああああーい!!!」と叫んで、約2秒間動かずに姿勢を維持している。記者の写真撮影を意識したものだ。それも動画ではなく、静止画の写真を主に念頭に置いたものだ。もし高承徳が動画の報道に主眼を置いたならば、撮影を意識した変な絶叫はしなかっただろう。

多分、高承徳は最後の選挙運動に出る前に、自分の絶叫シーンが掲載された新聞を想像しながらパフォーマンスを準備したのだ。こうして、謝罪の受け手は現場にいた有権者と記者になってしまったのだ。高承徳の絶叫を聞いた有権者も、恥ずかしいと思うしかなかったのだ。有権者も高承徳の絶叫が的外れな所に向けられていることを直観的に分かっているからだ。当事者である娘は、父の絶叫を眺めて、あぜんとしたに違いない。ソーシャルメディアに「オーマイ」という短いコメントを残している。

しかし、高承徳の絶叫は否定的な面ばかりではない。前述の通り、高承徳の絶叫は、自分が発した言葉と自我の連動に成功した。少なくとも、鄭夢準の心にもない「胸から血が流れます」や、与党セヌリ党選挙対策委員会の「朴槿恵お涙マーケティング」のスローガンに比べると十分に真に迫っていた。

もし高承徳の絶叫が当然届くべきところに正しく届いていたなら、私たちは選挙の結果とは関係なく「秀才・高承徳」ではなく「人間・高承徳」の可能性を見いだしたはずだ。

韓国の政治家たちはまだ、政治が真の人間的な土台と深い関係があることを認知しないまま、言葉だけで政治をしようとしてしまうのだ。政治家のこのような幼稚な態度は、韓国という大きな共同体を空回りさせ、むしばんでいく大きな要因の一つだ。

しかし高承徳は開票結果が出る前に「今回の選挙は終わっていない。1年半後にまた選挙があるだろう」と話した。ソウル市教育監選挙で別の有力候補同士が繰り広げている告訴・告発合戦を念頭に置いたものとみられる。高承徳が一人の人間、一人の大人として生まれ変わることは容易ではないだろう。にもかかわらず筆者は、今回の地方選挙で高承徳が見せた絶叫の可能性が、いつかどこかで花開くことを期待している。

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