藤井美濃加茂市長事件、検察にとって「引き返す最後の機会」

一連の検察不祥事を受けての検察改革の中で「引き返す勇気」を掲げていながら、この事件では、弁護人側からの再三にわたる警告にも耳を貸さず、暴走につぐ暴走を続けてきた。検察は、今、「引き返す最後の機会」に直面している。

藤井浩人美濃加茂市長の収賄事件の公判、天王山とも言える贈賄供述者中林の証人尋問で、その供述の内容自体が「贈賄供述」とすら言えない程お粗末なものであることに加え、主尋問の最後で贈賄自白の理由を涙ながらに訴えたことが「演技」であったことも明白になるなど、供述態度まで詐欺的であったことが露見したことは、【証人尋問で「詐欺師」の本性をあらわにした贈賄供述者】で述べた。

それだけではない。この証人尋問で、中林は、弁護側が主張していた「警察、検察の取調べでの誘導」を全面的に否定する供述を行ったが、それが意図的な偽証である疑いが生じている。

この事件での弁護人の主張については、【藤井浩人美濃加茂市長事件 弁護人冒頭陳述】で詳細に述べているが、特に、中林の贈賄供述の供述経過に関しては、公判前整理手続の段階から、

3月27日の警察官調書では、公訴事実第1のガスト美濃加茂店での会食は中林と被告人の二人だけで、A氏は同席していなかった旨供述していたが、その後、4月下旬に至り、同店の伝票により、利用人数が2人ではなく3人であったことが判明し、中林の供述が客観的証拠と符合しないことが明らかになった。その時点で、なぜか、中林の取調べは警察官から検察官の手に移り、5月1日に、詳細な検察官調書が作成されるのであるが、ここでは、3月27日の警察官調書での自白内容には触れられておらず、供述の変遷の理由も全く述べていない。

と問題を指摘し、上記供述の変遷が、客観的証拠との辻褄合せによるものであると主張してきた。

ところが、中林は、上記証人尋問において、以下のように述べ、自らの供述の変遷が、客観的証拠と辻褄を合せるための取調官の誘導によるものであることを全面的に否定し、以下のように述べて、すべて自ら思い出したものであるかのように証言した。

3月16日に、20万円の藤井氏への現金の供与についての書面を作成したが、その時点では、それ以外に、いつ、いくら藤井氏にお金を渡したのか、覚えていなかった。その後、メールを見せられるなどして、ガスト美濃加茂店で10万円を藤井氏に渡したことを思い出した。

3月27日に警察官に最初の調書をとられた段階では、A氏が同席していたか否かは思い出せなかったが、取調べの警察官が「A氏ははずしとくぞ」と言うので、A氏が同席せず、2日で会った旨の調書に署名した。数日後、A氏も一緒に行ったことを思い出し、4月初めに、警察官の取調べで、そのことを話した。その後、資料を見せられ、3人の会食だったことが確かめられた。

A氏も一緒だったことを思い出し、警察官にその話をしたが、調書はとられず、その後、4月中旬からは検察官の取調べが始まった。検察官には、3月27日の警察官調書のことは聞かれず、最初から、ガストはA氏も一緒に行ったと話した。

しかし、中林の供述経過が同人の公判供述のとおりだったとすれば、捜査官側の対応は、あまりに不自然かつ不合理であり、本件供述経過に関する中林の公判供述は到底信用できない。同人が弁護人の主張を否定するため、意図的に実際の供述経過とは異なる経過を供述している疑いが濃厚である。

中林は、3月27日の警察官調書作成の際、ガスト美濃加茂店にA氏が同行したか否かについて質問され、記憶がはっきりしなかったものの、「いなかったかなあ」と答えたところ、取調べ担当警察官は、「A氏ははずしとくぞ」と言って、A氏が同席せず被告人と中林の二人の会食だった旨の調書を作成したので、同調書に署名したと証言した。

しかし、会食の人数が2人なのか3人なのか供述者の記憶がはっきりしないのに、2人だとする供述調書を作成することは考えられない。

もし、仮にそうだとしても、中林が証言するように、その数日後に、A氏が同席していたことを自ら思い出し、そのことを取調べ担当の警察官に話したのであれば、その時点で、警察官が、3月27日の供述調書の訂正調書を作成するのが当然であるのに、警察官による訂正調書は全く作成されていない。

また、中林証言によると、A氏の同席について訂正する警察官調書が作成されないまま、4月中旬からは検察官の取調べが始まり、中林は、その時点から、一貫して、ガスト美濃加茂店での会食にA氏が同席していた旨供述し、検察官から、3月27日の供述調書の内容との違いについて聞かれることもなかったとのことである。

しかし、検察官の取調べが、3月27日の警察官調書での贈賄自白を受けて行われたものであることは明らかであり、その自白の内容が、会食の人数という極めて重要な点について変遷しているのに、その理由について問い質さないことはあり得ない。

中林が証言するように、4月初めにA氏が同席していたことを思い出し、その後、客観的資料(4月25日付け回答で明らかになったガスト美濃加茂店の伝票のことだと思われる)によって、3人であったことが裏付けられたのであれば、供述の信用性を担保するために、「中林が、客観的資料が得られる前に、A氏が同席していたことを思い出した」ということを供述調書上明らかにする記載が行われるのが当然である。

しかも、証人尋問でこのような証言をするに至った経緯についても、中林は、証人尋問に備えて検察官との「打合せ」を、連日朝から晩まで行っていたことを認めただけでなく、(後述するB氏に出した手紙の内容について弁護人から質問され)、検察官から、「絶対に藤井には負けないから中林さん一緒に戦ってくださいね。」と言われていたことも認めている。

本来、証人尋問に備えて行われる「証人テスト」は、質問者が、質問を合理的・効率的に行うため、及び必要な範囲で記憶を喚起するために行われるものである。連日、長時間にわたる証人テスト、しかも、その際、検察官が、証人尋問において検察官と証人とが被告人を「共通の敵」にしているかのような発言を行うことは極めて不適切であり、証人テストの目的を逸脱していると言わざるを得ない。

それに加え、証人テストをめぐる中林と担当検察官との異常な関係に関して、重大な疑いが生じている。

本年4月から6月にかけて、愛知県警中村警察署留置場において中林の隣房の在監者だったB氏は、名古屋拘置所に移監された後も、中林との文通を続けていたのだが、美濃加茂市役所の藤井市長宛に、手紙を書いて送付してきたのだ。

中林が、自分の事件が終わってもいないのにまた詐欺のような仕事を企んでいること、4億円の詐欺をはたらき未返済が1億4000万円もあるのに起訴が約2000万円であること、手紙に「藤井弁護団が中林のことを悪く言えば言うほど検察側が中林を守る、そして、中林の公判が有利に働いて検察側の情状も良くなる」など書いてきていることに対して、B氏は憤りを感じたそうだ。

被告人から手紙を入手した弁護人が、B氏と数回にわたって面会したところ、最初の面会の時点から、

本年4月下旬頃、中林が、毎日のように、検察官の取調べを受けていた。その際、中林が、「検事から『人数があわない』と言われ、どうにかして人数をあわせようとしているが、なかなかつじつまがあわなくて困っている」などと言っていた。

と述べている。

この4月下旬頃の中林の検察官の取調べでの「人数が合わない」の「人数」は、ガスト美濃加茂店での会食者の数を意味していると考えられる。ちょうどその頃、クレジット会社からの回答に添付されたガストの伝票によって、会食の人数が3人であったことが判明しているからだ。「人数が合わない」というのは、それまで中林が「会食の人数は2人」と供述していたのが、伝票で明らかになった「3人」という人数と合わないという意味であり、中林がB氏に「つじつまがあわなくて困っている」と話していたのは、検察官の取調べの中で、その辻褄を合わせるために苦労していたということだと考えられる。

B氏が供述するように、中林が、「4月下旬の検察官の取調べで中林が検察官から『人数が合わない』と言われて困っていた」というのが事実だとすれば、検察官の4月2日のガストの会食へのA氏の同席のことを4月初めに思いだし、検察官には、4月中旬の検察官の取調べが開始された時から、その旨一貫して供述していたとの中林の公判供述は事実に反するものであり、偽証の疑いが濃厚となる。

しかも、中林は、連日、朝から晩まで「検察官との証人尋問の打合せ」を行っていたことを認めているのであり、同人の公判供述は、その「打合せ」の中で、ねつ造されたものである疑いすら生じる。

B氏は、拘置所の中で、上記の供述をまとめた陳述書に署名して弁護人に送付した。陳述書は、B氏が藤井市長宛に送った手紙とともに証拠請求している。それと併せて、供述経過が問題になっている4月中の取調べに関する取調メモ(備忘録)などと中林の証人テストの日時、所要時間についての記録等についても、証拠開示を命じる訴訟指揮権の発動を裁判所に求めた。

この事件で、名古屋地検は、6月24日の藤井市長逮捕、翌日の勾留以降、60日余にわたって、市長の身柄を拘束し、市民の代表者として市政を担うことを妨げ、その間、弁護人側がとり続けた身柄釈放に向けての法的措置にも、ことごとく反対し、市長の保釈が許可された後も、唯一の証拠の中林贈賄供述に望みを託し、有罪をめざす立証を続けてきた。

しかし、中林の証人尋問に続く期日で、贈賄の現場とされた会食の場に同席したA氏が証言台に立ち「現金の受け渡しは見ておらず、席を外したこともない」と明確に証言して、中林の証言を否定した。

中林証言の内容が、単に「お金を渡した」というだけで凡そ「贈賄供述」には程遠いものであったことに加え、その現金授受も同席者に明確に否定されたことで、検察は、証拠面でも、外堀、内堀共に完全に埋められたと言って良いであろう。

しかも、その中林について、供述経過に関して意図的な偽証を行った疑いが生じたことに加え、「朝から晩まで連日の証人テスト」を行っていた検察官がその偽証に関与した疑いまで生じている。

一連の検察不祥事を受けての検察改革の中で「引き返す勇気」を掲げていながら、この事件では、弁護人側からの再三にわたる警告にも耳を貸さず、暴走につぐ暴走を続けてきた。

検察は、今、「引き返す最後の機会」に直面している。