面倒なパスワードや指紋認証がいらなくなる!? 心臓の鼓動で生体認証する「Nymi」とは?

Nymiは、人それぞれに固有だという「心臓の鼓動」を使うことで、生体認証してくれる画期的なウェアラブルです。
Open Image Modal

私たちが、肌身離さず持ち歩き、毎日幾度となく触るスマートフォン。毎日、何時間とにらめっこしているコンピューター。これでもか、というほど使っているにも関わらず、私たちは、自分が持ち主であることを証明するために度重なるパスワード入力や指紋認証を余儀なくされています。そんなの馬鹿げている、と立ち上がったのが、2011年に設立されたカナダの企業 Bionym社です。

CEOのKarl Martin(カール・マーティン)さんが率いる40名のチームが開発するのは、リストバンド形状のウェアラブル「Nymi(ニーミ)」です。Nymiは、人それぞれに固有だという「心臓の鼓動」を使うことで、生体認証してくれる画期的なウェアラブルです。2014年内には初期出荷を予定するNymiについて、マーティンさんにお話を伺いました。

―ウェアラブルプロダクトNymiの概要を教えてください。

Nymiは、心臓の鼓動を用いて生体認証を行うリストバンドです。人間の指紋が人それぞれ固有のものであるように、心拍のリズムも同じく個々人で固有です。この心拍のリズムを活用することで、指紋認証や顔認証のように個人を特定することができるのです。Nymiのリストバンドをつけているだけで、デバイスの認証解除から、家やオフィスの扉のカギなど、物理的な空間のロック解除もできます。

―Nymiと、その他のテクノロジーとの違いはどこでしょうか?

Nymiの特徴は、「持続性」のコンセプトにあります。Nymiの初回利用時に設定をして手首につければ、それをつけ続けている限り、常に認証された状態です。つまり、Nymiをつけている間は、パスワード入力などを一切する必要がないのです。また、あなたがNymiを外して、それを誰かが拾ったとしても、手首から外すとユーザー認証が解除されるため、登録していない他人がつけても認証される心配はありません。

―Nymiをつけていることで、自分のことを伝えたくない先に、自分の情報が渡ってしまうようなことはないのですか?

プライバシーは、非常に重要な問題です。もし、Nymiを正しく開発できないと、プライバシーを大きく侵害してしまう可能性があります。Nymiが重要視するのは、「ユーザーにコントロールを与えること」です。スマートフォンや決済システムなど、Nymiに連携するすべてのデバイスは、あなたがオプトインして設定するものです。もちろん、不要になれば設定を解除できます。また、Nymiと連携させているアプリケーション同士がつながって、個人を特定する心配もありません。

―例えば、病気だったり、走った直後などでも、Nymiは問題なく動作するのでしょうか?

はい、さまざまな心拍のリズムを読み取ることができるため、問題ありません。ここは勘違いされることが多いのですが、そもそもNymiは四六時中、持ち主の心電図を測っているわけではないのです。心電図を測るのは、あくまでNymiを着用した初回時のみです。その後は、それをつけている限り、あなたを認証し続けるという仕組みです。ですから、運動をしてどれだけ心臓が早く打っていようと関係なく機能します。

Open Image Modal

―Nymiは、開発当初、トロント大学の研究の一環として始まったと聞きました。マーティンさんも、その研究に携わっていたのですか?

そうですね。今はもうBionymを離れてしまった、わが社の共同ファウンダーと共に、私はバイオメトリクス(生体認証)の研究をしていました。Nymiの心電図(ECG)認証の技術は、この研究から生まれたものです。当時はまだ単なるアルゴリズムでしたが、その技術を買って、Bionymを立ち上げたのが3年半前です。最初は、技術のライセンス販売を検討していましたが、立ち上げから2年ほどして、ウェアラブルという形状にして製品化することを決めました。

―Nymiをウェアラブルにしようというアイデアは、どうやって生まれたのですか?

私たちは、この技術をうまく活用する方法を模索していました。例えば、ビデオゲームのコントローラーに搭載してみようとか。でも、結局、どれも「人が認証される」という行為を根本的に変えるものではなく、また、人とテクノロジーとの接し方を変えるようなアイデアではありませんでした。例えば、iPhoneなどのスマートフォンは指紋認証ができますが、四六時中ポケットに持ち歩いているデバイスにも関わらず、触る度に指紋認証をして、自分が持ち主であることを証明する必要があります。生体認証にまつわる根本的な課題解決ができなければ意味がない、と考えるようになりました。また時を同じくして、市場ではウェアラブル技術への関心が高まっていたので、「根本的な解決とウェアラブルを組み合わせたら?」と考えたことがきっかけでした。

―Nymiの構想を具体的に製品化するための資金調達はどうしましたか? ハードウェアスタートアップには、Kickstarterなどのクラウドファンディングを使うところも多いようですが。

まだ構想のみで、プロダクトが存在しなかった2013年8月に、拠点であるトロントの出資家たちから140万ドルのシード投資を受けました。さらに、今年5月と8月の2回に分けて、シリーズAを調達しています。私たちがしたかったのは、資金を調達することではなく、Nymiの需要がどれだけあるかを立証することでした。ハードウェアは、ソフトウェアのように簡単にピボット(方向転換)できませんから。それをKickstarterで行うのか、それとも独自にサイトを立ち上げて事前予約を受けるのか。Kickstarterを使ってしまうと、予約の時点で既に支払いを済ませている人を1年もの長い期間待たせてしまうことになると考え、自社で行うことにしました。

―最初は、スマートフォンとコンピューターの生体認証に使えるということですが、今後、そこにいろいろなデバイスが追加されていくのですか?

そうですね。現時点では、スマートフォン、コンピューター、そしてタブレットが対象です。でも、カナダでは、Mastercardや地元の銀行などと組んで、お店での購入時に、クレジットカードやキャッシュレスで支払えるプロジェクトを試験運用しています。今後、このような試みを増やしていく予定です。また、Nymiのデベロッパーコミュニティがあるので、個人の開発者などがNymi専用のさまざまなアプリケーションを開発してくれています。

―当初から、デベロッパーキットを提供して、オープン プラットフォームの形で開発を進める方針だったのですか?

もちろんです。Nymiの価値は、そのプロダクトそのものより「いかに多くのアプリケーションと機能するか」だと考えています。Nymiは、ただ、ものやデバイスのロックを解除するためのツールではありません。むしろ、「パーソナライゼーション」にこそ、可能性を感じています。2013年9月に試験リリースして間もなく、デベロッパーコミュニティを開設しました。いろいろな方に、少しでも早くNymiのアプリケーションの可能性を考えてもらうためです。既に、個人デベロッパーから、オフラインの家庭やオフィスのセキュリティを事業にしているような企業まで、さまざまな方が参加してくれています。

―パーソナライゼーションというのは、具体的にどういったことですか?

現在は、自分が自分であることを証明するために、パスワード、PINコード、キーといったものが存在し、ユーザーの労力を要します。それが手間であることを理解しているため、どうしても必要な時にだけ確認をする仕組みです。もし、本人確認を、ただ何かを身につけるだけの簡単なものにできれば、そこから、さまざまなものをパーソナライズするために使えるようになります。例えば、レストランに入るとすぐに、あなたの食の好みやアレルギーがわかったり、スマートオフィスに足を踏み入れれば、あなたの体調などに合わせて室温が変化したり。そんなあらゆる可能性を実現するためにも、デベロッパーコミュニティの皆さんの創造性を発揮してもらいらたいと考えています。

Open Image Modal

―Nymiを開発する上で最も難しかったことを教えてください。

ウェアラブルテクノロジーが必ず直面する課題の1つは、人間の身体サイズの幅です。リストバンドの大きさなど比較的シンプルなことですが、Nymiの場合、それに加えて、シグナルを使って心拍のリズムを測るため、どんな身体でも機能するセンサーを見つける必要がありました。また、ウェアラブルは肌に直接触れるものですから、アレルギーを持つ人が使えないのでは困ります。実際、Fitbitは、ニッケルを使用していたためアレルギー反応を起こしてしまうという問題がありました。こうしたさまざまな課題を、まだNymiを実際に使っている人が少ない状態でクリアするのは難しい挑戦でしたね。

―最近では、ハードウェア系のスタートアップがたくさん登場していて、もの作りがしやすくなったという声があります。Nymiの開発を通じて、その点はどう感じますか?

スタートアップというのは、何もないところからプロダクトを作って、それを市場に届けることですよね。過去10年間に誕生したスタートアップのほとんどが、ソフトウェア関連でした。SaaSなら、コンピューターにインストールしてもらう必要すらないため、一層やりやすいものです。一方、ハードウェアとなると、また話は別です。世間では、ハードウェアを作るのが簡単になったという意見もあるようですが、それはあくまで3DプリンティングやRaspberry Piなどによって、「プロトタイプの開発」が楽になったに過ぎません。消費者に届けられるプロダクトを開発する難しさは、過去も今も変わらないでしょう。資金も経験も必要でチャレンジもたくさんありますが、まだ世にない全く新しいものを届けるチャンスだと捉えています。

―「ウェアラブル」という言葉がバズワードのようになって久しいですが、ウェアラブルはこれからどうなっていくとお考えですか? 私たちの生活に浸透するまでに、どれくらいかかるでしょうか。

ウェアラブルテクノロジーは、まだまだ新しい概念です。開発初期、Nymiがウェアラブルであることを人に紹介すると、「既に色んなウェアラブルがあるのになぜ?」と聞かれました。確かにさまざまなプロダクトが存在しますが、まだ、これといって浸透しているものはなく、人の「手首」という部位をどんなプロダクトが勝ち取るのかは見えていません。それはApple Watchかもしれないし、Samsungのスマートウォッチかもしれない。また、今後はファッションブランドがウェアラブルを手掛けるようになると思っています。現在、この領域に挑戦するのはテクノロジー企業ですが、ファッション性が弱い。ファッションブランドが、人が身につけたくなるようなウェアラブルを開発するのではないかと見込んでいます。

―Nymiの出荷予定時期は? また、社内では既に使っていますか?

年内には、事前予約をしてくださった方々に出荷する予定ですので、一般の利用者からのフィードバックが集まるのはそれ以降ですね。社内の人間は、既に使っています。今はNymiで、スマートフォンとコンピューターのロック解除ができるので、社内ではWindowsのコンピューターを認証するために使っています。Nymiをどう活用するかのアイデアはたくさんありますが、ユーザーに実生活で使ってもらうことで需要を確かめることができると思っています。

―どんな人たちがNymiに興味を示していますか? 特定の人たちからの関心が高いようなことはありますか?

まず、テクノロジーへの関心が高いアーリーアダプター(初期採用者)がいます。フィットネスや健康関連のウェアラブルはいろいろ存在するものの、Nymiのような生体認証をコンセプトにするものは他になく、試してみたいというユーザーさんが集まっています。また、置き忘れ時のセキュリティを懸念する、頻繁に旅行する人からの関心も高いです。スマートフォンをほぼコンピューターのように使っているので、万が一、それを落としてしまったりすると、他人に仕事のメールや口座情報を見られてしまうリスクがある。そんな、人によっては5年に一度発生するかしないかの可能性があるため、パスワードや指紋認証などが保険として存在するわけですが、Nymiがあればそんな手間からも解放されますから。

―Nymiは、今後もウェアラブルという形状で提供していくのですか? 長期的な構想があれば聞かせてください。

今はリストバンドという形ですが、Nymiの技術がハードウェアの形をとる必要はないと考えています。もしかすると、サードパーティのウェアラブル製品に私たちの技術を搭載することだってあるかもしれない。そこにはさまざまな選択肢がありますし、そういう意味では、私たちが開発しているのはプラットフォームであるといえます。

―Nymiにとって、日本市場の可能性をどう感じていますか?

日本からも、かなりの数の事前予約が集まりました。また、リクルートから資金調達もしています。日本には日本の、ヨーロッパにはヨーロッパ独自の、交通手段や決済システムがインフラストラクチャーが存在します。特に日本のインフラは他国に比べても高度です。既存のインフラストラクチャーと組み合わせることでNymiの価値が高まると思っているので、日本の企業ともいろいろな可能性を模索したいと考えています。

(2014年12月11日「HRナビ」より転載)