マンガを通して公害を現代へと伝えるーー「よっかいちこうがい未来カフェ」ができるまで

三重県四日市市では、地域に存在する公害の歴史を「マンガ」から人々に「自分事」として考えるきっかけを与える人がいます。
|

Open Image Modal

公害は、歴史、土地、人々に大きな爪痕を残します。

しかし、人々が二度と繰り返してはならないと誓ったとしても、時代が推移することで、現実味が失われ、違う世界で起こった物事のように捉えられることも少なくありません。

「風化」させることなく、後世に語り継いでいくことはどうすれば可能になるのでしょうか。

三重県四日市市では、地域に存在する公害の歴史を「マンガ」から人々に「自分事」として考えるきっかけを与える人がいます。

高度経済成長期に発生した「四日市公害」

Open Image Modal

三重県四日市市の四日市コンビナートで、高度経済成長期の1960年から1972年にかけて発生した「四日市公害」。水質汚染や「四大公害病」で唯一となる大気汚染を引き起こし、四日市の町を悪臭やスモッグが襲いました。

大気汚染は、周辺住民に「四日市ぜんそく」という集団喘息障害の要因となり、昨年8月までの統計では2200人以上が、その症状に悩まされ、1035人の方が亡くなっています。

「四日市ぜんそく」が発生した当時は、10代以下の子どもと50~60代の中高年に発症者が多く、ぜんそくが引き起こす心臓発作によって亡くなる小学生もいました。

「四日市公害」は、他の「四大公害病」と同じく教科書に記述が行われ、平成27年3月21日には四日市に「四日市公害と環境未来館」が設立されるなど、後世へ語り継ぐ動きが行われています。

しかし、「四日市公害」を経験した人々の高齢化や「四日市」という地域のイメージ刷新から、公害問題の風化防止は、依然として課題として残っているのです。

「四日市公害を自分事として問うきっかけに」ー漫画家矢田恵梨子さん

Open Image Modal

三重県四日市市の漫画家矢田恵梨子さんは、昨年9月に「ソラノイト~少女をおそった灰色の空~」を制作し、「公害犠牲者合同慰霊祭」にて作品公開し、今年の7月には出版も決定しました。

漫画の制作に加えて、国際基督教大学(ICU)で講演会も行った矢田恵梨子さんが、四日市公害に関心をもったのは2013年のことだったそう。

関心を持つのには、どんなきっかけがあったのか。お話を伺いました。

Open Image Modal

――マンガを制作するきっかけを教えてください。

矢田さん:「私がマンガの新人賞『ちばてつや賞』を受賞した関係で、2年半前に三重テレビに出演したのですが、その放送日が、ちょうど四日市公害裁判の勝訴判決から41周年の日でした。

その時にお世話になったディレクターの方が、四日市公害のドキュメンタリーも制作されていて、DVDを頂いたんですね。それまでは『四日市公害』は昔の話だと思っていて、全然関心がなかったんですが、DVDを見たら冒頭部分から引き込まれて。

自分の地元の事なのに、知らないことばかりで衝撃を受けて。それをきっかけに、もっと地元を知りたいなと」

――偶然頂いたDVDが関心を持つきっかけになったんですね。

矢田さん:「その後ディレクターさんが、『来月四日市公害の講座がありますよ』と教えてくれて、講座に足を運ぶようになりました。そこでも、心を揺さぶられる瞬間が何度もあったんです。

講座では当時を経験した人々の葛藤や苦しみなどの生の声を聴いて、出来事の根底にある人の感情や想いを知れば知るほど、今の世の中と通じる部分が見えてきました。

『公害問題』っていうとなんだか漠然とした大きな問題に感じるんですけど、いろんな方とお話をするなかで、自分たちの日常のことなんだなと感じるようになったというか。彼らの考えていることが、少しづつ"自分事"になっていったんです」

Open Image Modal

――それが今回のマンガの制作にも繋がったと。

矢田さん:「私が今回描いたマンガは、決して四日市公害を知るためのマンガではありません。四日市公害に関する情報量は、物凄く少なくて。

なるべく専門的な用語は使わずに、地元の話し言葉を用いて、子ども目線で物語が進行していきます。人の感情を中心に描いて、身近に感じられるマンガになればと思って制作しました。

四日市公害という出来事を知りたいのであれば、既にさまざまな本や資料があるけれど、もっと身近に、気軽に触れてもらえるのはマンガかなと。自分はマンガを描いていたので、その能力を活かせたらという想いもあって」

――「四日市公害」を自分事として考えるためのマンガにしたいという想いがあるんですね。

矢田さん:「小学校では、『四日市公害』を授業で習う機会がありますが、卒業してしまえば『昔習ったな』で終わってしまうんですよね。

その先に触れたり、携わったりする機会はない。どうしても仕事や育児など、日常に追われてしまう。でも、マンガの焦点を子どもに当てたら、もし自分の子どもが公害で喘息になったら・・・と想像しやすい。

当時を知らない世代の私たちにとっては、公害そのものにはとても想像できないけれど、人の感情を描けば、自分事に近づけるのではないかなと」

――「ソラノイト~少女をおそった灰色の空~」で描き出された四日市公害に苦しむ少女とその家族の姿は、とても印象的でした。

矢田さん:「当時裁判で闘った人たちや、半世紀にわたって語り継いできた人たちは、間違いなく必要不可欠な存在です。彼らがいなければ、今の四日市の環境はありません。

でも、当時『あかん』と思ってはいても、日常生活に追われ、行動に移せなかった人たちもたくさんいました。むしろ、そういう人がほとんどでした。

当時は何も言えなかった人が、40年以上の時を超えて語り部として伝えられるようになった・・・そんな、人の弱さが強さに変わってゆく過程を、このマンガでは伝えたいと感じました。

マンガを読んだ人々には、自分が今向き合っていることと照らし合わせたりして、公害とつながる部分とか、何らかの"接点"を見つけて欲しい。それが、いつか何かのきっかけになったらいいなと思っています」

マンガをもとにしたワークショップ「よっかいちこうがい未来カフェ~若者が考える四日市公害~」を開催

Open Image Modal

3月20日には当時を知らない若者たちを対象にした対話イベント「よっかいちこうがい未来カフェ~若者が考える四日市公害~」が、矢田恵梨子さんの企画によって開催されます。

題材として用いられるのは、矢田恵梨子さんが制作した四日市公害マンガ「ソラノイト~少女をおそった灰色の空~」。

なぜ「四日市公害」を身近に思えないのか。どうしたら自分事になっていくのか。カフェのような雰囲気で席替えをしながら話し合う「ワールド・カフェ」の手法を用いて行われます。詳細はこちらから。

歴史を自分事として問い直す機会を、地域で、そして市民がどのようにつくっていけるのか。四日市にかぎらず、さまざまな地域における課題とも言えるかもしれませんね。

(2016年3月4日の「マチノコト」より一部修正して転載)