宇宙開発から地域課題まで オープンイノベーションがメディアの意義を変える

専門家集団による最先端の宇宙技術を使った課題解決と、お年寄りや子どもたちと取り組む地域課題の解決。次元の異なるように見える2つの領域だが、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の神武直彦准教授は、「解決策をデザインするアプローチでは共通点がある」という。
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専門家集団による最先端の宇宙技術を使った課題解決と、お年寄りや子どもたちと取り組む地域課題の解決。次元の異なるように見える2つの領域だが、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)の神武直彦准教授は、「解決策をデザインするアプローチでは共通点がある」という。人々の日々の暮らしを良くすることと、宇宙技術の活用とをつなぐ研究は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)からアカデミックの世界へ飛び込んだときに始まった。

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■あこがれの宇宙、10年目に転機

「叔父が南極で、祖父が空なら、僕は宇宙へ行きたい」。航空機メーカーのエンジニアだった祖父と、南極観測隊員の叔父を持つ神武さんは、中学生の頃から「宇宙開発」への夢を抱いた。大学院卒業後、宇宙開発事業団(NASDA。2003年にJAXAに組織変更)に入社し、H-IIAロケットの打上げや人工衛星の開発に携わった。高い専門性で高機能を追求する研究開発も経験した。だが、「宇宙開発が本当に人の役に立っているのか、体感がなかった」。どこか物足りなさを感じていた。

転機は入社10年を過ぎた頃に訪れた。2008年、久しぶりに募集された宇宙飛行士候補者選抜試験を初めて受験したものの、合格しなかった。当時、JAXAの人工衛星開発は多くが政府による調達で、毎年の予算額はほぼ決まっていた。エンドユーザーとの接点は少なく、「我々は、使う人の真のニーズを本当に把握できているのか?」と思い始めた。「宇宙業界を活性化させ、社会に貢献するには、多様な視点で物事を考え、新たな市場や価値を生み出すことに挑戦すべきではないか?」と思った。

ちょうどその頃、かつてNASDAの技術部門のトップを務めていた大学教授から「慶應SDMで未来をデザインしないか?」と声をかけられた。「これからは個別の専門家のみならず、システムとしてものごとを考えられる人材を育てなきゃいけない」と、設立の思いを聞いた。タイミングや縁を感じて転身を決めた。

■人工衛星を開発するだけでなく、地域課題からソリューションを設計する

「専門性のある人は、非常にハイスペックなものや、世の中にないものを作ることに価値を見出すことが多い。でも、結局、使うのは地域の人。求められていることを知らずに作ると誰も使わないし、作る人の存在意義が問われる」と神武さんは言う。

たとえば、政府が研究開発に取り組んでいる準天頂衛星は、日本の真上から見下ろす衛星測位システムで山間部や高層ビルの谷間での位置を正確に計測し、GPSのみよりも高精度の位置情報を迅速に提供できる。だが、大事なのは、この人工衛星を使って、いかに社会に貢献するソリューションを作るかだ。正確な位置情報が得られれば、津波が来る場所にいる人に危険を知らせるのに役立つし、車の自動運転や渋滞情報の把握も実現できる。「人工衛星を開発するだけでなく、地域の誰がどのような問題を抱えているかを考え、価値のあるシステムをデザインするのが僕らの研究テーマです」

■論理的に考える「システム思考」、感性や対話で生み出す「デザイン思考」

問題解決にあたって、従来は、問題のある組織や人に話を聞いたり、その人だけを観察したりしてきた。ところが実際は、周りの組織や環境との関係も影響していることが多い。神武さんたちは、そうした「ステークホルダー(利害関係者)」やその関係を明らかにし、課題の根本原因を分析し、最も影響している因子を見出したうえで、ソリューションに対する要求や仕様を明らかにしていく。システムズ・エンジニアリングの考え方を生かした解決手法だ。

でも、「論理的に考える『システム思考』だけでは、価値のあるソリューションを生み出すことはできない」と神武先生は言う。「感性を使い、多様な人との対話によってアイデアを生み出す『デザイン思考』と組み合わせることが大事です」。

特に地域課題では今後、多様な価値観や知識、スキルを持った人々が集まり、自分たちでできる解決策を生み出す「ボトムアップ型」や「オープンイノベーション」の方法が増えていくと神武さんは考えている。実際に、空き家を使ったコミュニティスペースを地域の人が利用していないという課題に取り組んだ際は、地域の魅力や課題を発掘するため、あちこちで写真を撮ってきてもらった。それを地図上にはっていくと、世代や属性によって、この地域をどう見ているかに違いが浮かんできた。それらを踏まえ、地域の名前の由来や生き物が取れる場所や季節などを、地元の人が子どもたちに教える地域密着型プログラムを立ち上げたところ、集まる人が増え、コミュニティのつながりが徐々に強くなってきていることを感じている。

■オープンイノベーションで、メディアの意義も変わる

1,2月に開催する朝日新聞社・未来メディア塾の「イノベーション・キャンプ」も、「システム思考」と「デザイン思考」の手法を取り入れている。記者やエンジニア、自治体職員、アナリスト、マーケッターなどさまざまな分野の参加者が社会課題にともに向き合い、本質を掘り下げ、解決アイデアを出し合う。

「普段は会わない多様なメンバーが対話することで、化学反応が起きる期待がある。たった2日間で社会にインパクトがあるものを生み出すのは難しくても、それぞれの参加者がイノベーションを興すきっかけになるはず」と神武さんは期待する。

オープンイノベーションの動きが広がると、社会課題を解く前に、その問題についての調査や分析が欠かせなくなる。「メディアの情報は今後、ただ単に『知る』ものでなく、『活用する』ものとして必要とされるのではないか。人工衛星の『センサー』が地球規模のデータを把握するのと同様、新聞社は全国津々浦々に記者という『センサー』を配置して、人との対話を通じて地域課題に関する情報を得ている。人々が暮らしの課題を解決する場面で、記者が、様々な地域や分野の『センサー』として機能することに、意味があると思う」と神武さん。メディアが「伝える」だけでなく、「解決を助ける」ことへと進化することの期待を語ってくれた。