佐渡島庸平氏(前編)~敏腕編集者が語るヒット作を生み出す秘訣~

佐渡島氏は、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、さまざまなヒット漫画を世に送り出してきた敏腕編集者。
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インターネットやスマートフォンが普及するなか、コンテンツ産業を取り巻く状況が目まぐるしく変化している。電子書籍などのデジタルコンテンツでどのように収益を確保するかなど、さまざまなプレーヤーが未来のかたちを模索し、しのぎを削っている。そんななか、大手出版社である講談社を飛び出し、クリエーターを自らマネジメントし、創作活動をサポートしていくエージェント「cork」(コルク)を立ち上げたのが、佐渡島庸平氏である。佐渡島氏は、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、さまざまなヒット漫画を世に送り出してきた敏腕編集者。そんな佐渡島氏に、ヒット作品の作り方や才能の見つけ方など、ビジネスに役立つ知識や心構えについて話を伺った。

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佐渡島 庸平(さどしま ようへい)氏

株式会社コルク 代表取締役社長

作家の時間軸を考えながら仕事していく

-まずは、コルクを立ち上げた経緯を教えてください。

佐渡島:講談社に入社して以来、仕事が楽しくて仕方がありませんでした。学ぶことがたくさんあって、とにかく刺激的だった。しかし、入社して10年ほど経ったころに、「講談社で経験できることは一通り経験したな」と思うようになってしまいました。ならば、「講談社では経験できないことをしてみよう」ということで、会社を飛び出すことにしました。もう1つは、『宇宙兄弟』という作品の存在が、僕のなかでやはり大きくて。

-というと?

佐渡島:講談社にいたら『宇宙兄弟』のラストを自分で見られない可能性があるなと思ったんです。多くの人はヒット作を世に出すほうが難しいと感じると思うんですけど、ヒット作をヒット作として終わらせることのほうが何倍も難しいんですよ。小山宙哉さんと一緒に『宇宙兄弟』を始めるという経験ができたものの、それを終わらせるという、もっと難しい仕事はまだ一緒に経験していません。他の人にできるというイメージがわきませんでしたし、なによりも「僕がやりたい」という思いが強くありました。講談社にいたら部署異動などもあり、最後まで一緒にやることは難しくなってしまいます。しかし、外部のエージェントになれば、小山さんと一緒に最後まで編集として携わることができるかもしれない。ですから、なにか大それた野望があって講談社を辞めたというよりも、「より仕事を楽しみたい」と思った結果、今のかたちになったというわけです。

-フリーの編集者になるのではなく、なぜ会社を立ち上げようと思ったのでしょうか。

佐渡島:「より仕事を楽しむってどういうことだろう」と考えたときに、フリーランスになって自由になり、収入を増やすことではないと思ったからです。では、仕事を楽しむとはどういうことなのか。今、世の中が大きく変わろうとしています。いろいろな人たちが、この新しい世の中にはこういうルールがいいのではないかと提案している。Appleもそうですし、Googleもそうですし、Amazonもそう。こんなに皆がルールを提案できる時代に、ルールを受け入れる側に回るだけでいいのかという思いがありました。ルールを受け入れる側だと楽しくないし、僕自身が作家にとって良いルールを考えたいなと思ったんです。というのも、作家にとって良いルールを考えている人が少ない。出版社にとって良いルールとか、レコード会社にとって良いルールはたくさんあるんですけど、クリエーターにとって良いルールを作ることについて誰が考えているのだろう、と世間を見渡してみてもあまり見当たりません。ならば、僕がやってみようと考えるようになりました。そのためには1人でやるより、仲間と一緒にやるほうが良いと思い、会社を立ち上げることにしたんです。

-外部のエージェントになることで、作家との付き合い方も変わるのでしょうか。

佐渡島:僕は「同じ船に乗る」という言い方をしています。講談社時代も当然、そのような気持ちで仕事をしていましたが、やっぱり作家のほうは、担当の編集者に対して「いつまでこの人は自分の担当としていてくれるんだろう」という不安な気持ちをどうしても持ってしまいます。でも、作家のエージェントならば「同じ立場にいる人」というふうに見てもらえる。まず、作家との付き合い方の時間軸が違ってきます。作家は、作家という人生を何十年も生きるわけです。だから、「今、この作品を絶対に当てなければいけない」ということなんてないんですよ。もちろん当てたいと思って、どの作品もやっているのだけど、表現してみたいという要求のほうが、当てたいよりも大きい。でも、出版社の担当編集は、自分が担当しているときに当ててほしい。「何十年の作家生活のなかで、今どのような作品を描くべきか」ではなくて、「今、世間で当たっているテーマを作りましょう」という作品単位の考え方になってしまう。つまり、作家の時間軸ではなくて、世間の時間軸で作品を考えてしまいがちなんです。そうではなくて、作家の時間軸を考えながら仕事していくのが僕の仕事になります。

ダイヤモンドの原石も初めから輝いていない

-小山宙哉さんとは、デビュー前からのお付き合いだとお聞きしました。

佐渡島:小山さんは、作品を新人賞に投稿されていたんです。それを、モーニング編集部の別の編集者が見つけて、「面白いから、新人賞に残したらどうか」という話になりました。その作品を僕も読んで、「絶対、担当したい」と名乗りを上げたという経緯があります。

-どのような部分に才能を感じたのでしょうか?

佐渡島:新人賞に投稿された作品は、最後まで読めないものが多いんですよ。ほとんどの作品は、ストーリーが途中で破綻してしまっている。40ページの作品を、他人にもわかるように伝えることは意外と難しいんです。たとえば、「1つのテーマについて30分間話してください」と誰かに頼んだとしても、まとまりがあって、かつ面白く最後まで話し続けられる人は、そうはいないはずです。しかし、小山さんの作品は、最後まで面白かった。それで、実際に会って話してみて、才能を確信していったという感じです。

-モーニング編集部内の評価も、もともと高かったのでしょうか?

佐渡島:そんなには高くありませんでした。新人の作品で、いきなり、全員が全員面白いという作品は、まずありません。だから、ダイヤモンドの原石だったとしても、初めからわかりやすく輝いているわけではない。このことは、才能を考えるうえで重要な事実だと思っています。

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-宇宙ものと言えば、普通はSFものを考えてしまいがちですが、『宇宙兄弟』はそうではありません。

佐渡島:その前の『ハルジャン』『ジジジイ-GGG-』といった作品にしても、小山さんは家族の絆を描くのが上手かったんですね。実際に、小山さんはとても優しい方です。ですから、その性格を活かすためにも家族愛の作品を描いてもらうのがいいと思いました。

-なぜ、「宇宙」だったのでしょうか?

佐渡島:僕は書店に行くと、ジャンルを見るようにしています。料理やスポーツなど、さまざまなジャンルがありますが、世の中に存在するジャンルはすべて漫画にもなり得ると思っていて。宇宙というジャンルは書店にありますよね。でも、宇宙を描くだけならSF漫画になるだけで、それはもう世の中にたくさんある。だから、そこに家族愛という考え方を持ち込んだんです。たとえば僕が手がけた落ちこぼれ高校から東京大学への進学を目指す『ドラゴン桜』(三田紀房)も同じ考えで作りました。教育や受験コーナーがあって、そこに産業があることがわかる。なのに学園漫画はあっても、教育漫画はありませんでした。だから、教育についてしっかり考える漫画があれば読まれるのではないかと。しかも、オンリーワンで始められます。

「100%の理解」は意外と難しい?

-佐渡島さん自身、東京大学出身です。『ドラゴン桜』には、佐渡島さんの受験経験も活かされているのでしょうか。

佐渡島:はい。前半は、僕の経験がだいぶ活かされています。僕は灘高校出身ですが、灘高校の英語や数学の授業は薄い問題集を何度もやらせるという、シンプルなものでした。つまり、特別なことをやるのではなく、基本的なことをしっかりやるのが重要だということです。基礎を80%理解するのではなく、基礎を100%わかっている状態にすることを目指しています。どんな基礎的なことでも100%理解するということは想像以上に難しくて、それを積み重ねていくことが受験では大切になるんです。このことは、英語だけではなく、どんな教科でも同じです。世間では魔法のような勉強法があって、東京大学に進学する生徒は、そういう勉強法を要領よく実践しているのではないかと思われがちですが、実態は違います。むしろ、「要領よくやらない」という戦法なわけです(笑)。そういう進学校で得た実体験を、『ドラゴン桜』を描く際にも活かしてもらいました。

-確かに100%理解するというのは、難しいことですよね。

佐渡島:そうです。理解したつもりでも、50〜60%くらいしか理解していないのが普通です。しかし、数学にしても常に自分で公式を導き出せるくらいに理解する必要がある。暗記ではなく、とにかく「理解」が東京大学に合格するためには重要です。むしろ私大難関の早稲田大学や慶應義塾大学では暗記系の問題が出ますので、東京大学より難しい場合もあります。

-仕事でも、なにかを100%理解するのはムズカしいことですよね。

佐渡島:とても難しい。しかし、100%理解して次にいくという、積み重ねのプロセスが成長には必要です。社会に出て成功するためには、自分でどれだけ考えられるか。そして、どれだけ努力できるかが重要になります。僕の考えはシンプルで、「人生の時間は、将来に役立つなにかを貯めることに使っていく必要がある」と常々考えているんです。受験だけではなく、作家として成功していくため、もしくは社会人として世の中を渡っていくためにも、そうした考えを持つことがなによりも重要だと思っています。

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前編では、佐渡島氏が講談社を退職してコルクを立ち上げるまでの話を伺った。後編では、数々の才能に触れてきた佐渡島氏だからこそわかる「才能がある人と、そうでない人の差」、「才能の育て方」について、さらに深掘りした内容を伺っていく。

(インタビュー・文=宮崎智之)