「自己責任」は自由の原理

2人の日本人がISIS(イスラム国)の人質となり、殺害された事件でまたも「自己責任」論が沸騰しました。

2人の日本人がISIS(イスラム国)の人質となり、殺害された事件でまたも「自己責任」論が沸騰しました。

2004年4月のイラク人質事件では、過激派に拘束されたボランティア活動家などが現地の危険をじゅうぶん認識しておらず、被害者の一部家族が政府に自衛隊撤退を要求したことで、「自己責任」を問う激しいバッシングにさらされました。

しかし今回の事件では、2人ともISISの支配地域がきわめて危険だとわかったうえで渡航しており、ジャーナリストはビデオメッセージで「自己責任」を明言しています。「殺されたとしても誰のせいでもない」というひとを自己責任で批判してもなんの意味もありませんから、今回の騒動は「政府(安倍総理)に迷惑をかけるな」という心情的な反発なのでしょう。

人質事件に対し、政府は国民が許容する範囲で救出活動を行ないますが、それ以上のことはできません。

アメリカは「テロリストとは交渉せず」が原則ですから、人質は事実上見捨てられますが、それに対して国民からの批判はほとんどありません。テロリストに報酬を与えることは、新たな犯罪を誘発するだけだとされているからです。

それに対して日本では、国民の多くが国家に「日本人の生命を守る」ことを求めます。こうして政府は人質救出に奔走するわけですが、今後、人質事件が頻発するようなことになれば(考えたくはありませんが)「人命最優先」を再考せざるを得なくなるでしょう。

「人質救出は政府の義務」と決めつけるひとがいますが、「国民の生命を守るために軍事的な奪還以外の方法はとらない」という選択肢もあり得るのですから、一つの正義を絶対化するのは危険です。それ以上に危険なのは、「自己責任」そのものを否定するような主張です。

今回の事件で明らかなように、テロリストとの交渉には大きなコストがかかります。それにもかかわらず国家に一方的に責任を押しつければ、政府は国民が人質にとられるリスクを抑えるため、危険地域への渡航の自由を制限しようとするでしょう。

外務省は「海外安全ホームページ」において、旅行者や海外在住者に世界各国の危険情報を提供しています。もっとも危険なのは「退避を勧告します。渡航は延期してください」とされた地域で、シリア全土とイラクの大部分が含まれます。「自己責任」のない日本人の行動で政府の負担が増せば、まっさきにこうした地域への渡航が禁止されるでしょう。

日本人がほとんど問題なく旅行できるアジア地域でも、フィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオスは全土が「十分注意してください」以上の危険度で、中国やタイも一部地域で危険情報が出ています。いったん規制が始まれば、これらの国・地域への渡航も許可制になるかもしれません。

私たちが自由な旅を楽しめるのは、「自分のことは自分で責任をとる」という当たり前の原則が国家とのあいだで共有されているからです。それを否定してしまえば、国家は私生活にまで無制限に介入し、旧ソ連や文化大革命下の中国のような専制的超管理社会で生きるしかなくなるでしょう。

「自己責任」は、自由の原理なのです。

PS その後、シリアへの渡航を計画していたフリーカメラマンに対し外務省がパスポートの返納命令を出す事態になりました。すべてが「政府の責任」ならこうなるに決まっています。

(2015年2月16日「橘玲 公式サイト」より転載)