私が若い医師に「常にスマホを携帯しろ」と指導する理由

世の中には、「会議や授業ではスマホを禁止すべきだ」という風潮があるが、スマホの使用は本質的な問題ではない。スマホを活かすも、殺すも本人次第なのだ。

「常にスマホを携帯すること」。

若い医師に口を酸っぱくして言っている。

スマホは、携帯データベースとして便利だ。私は「議論していて、分からないことがあれば、すぐにスマホで調べるように」と指導している。その場で調べることで、記憶に残る。

画像や動画を参照すれば、さらに効果的だ。先日、イスラエルの高齢者医療について議論したが、私は「屋根の上のバイオリン弾き」の予告編をYouTubeで見るように勧めた。イスラエル建国に参加したユダヤ移民のイメージが沸く。

世の中には、「会議や授業ではスマホを禁止すべきだ」と言う人もいる。確かに、話を聞かずに、スマホを見ている学生は多い。ただ、この問題はスマホを禁止することで解決するだろうか。

昔から、授業が退屈なら、居眠りや「内職」をしている人がいた。スマホに変わっただけだ。スマホの使用は本質的な問題ではない。スマホを活かすも、殺すも本人次第だ。一律に禁止する弊害は大きい。

近年、メディアはスマホ対策に巨額の投資を続けてきた。特に朝日新聞と日経新聞のアプリは秀逸だ。利用しない手はない。「朝日や日経新聞のウェブ版を購読する」ことを勧めている。それは2つの点で有効だからだ。

1つは、Googleニュースと異なり、紙面を見ることが可能だからだ。一面を見れば、編集部が、どのニュースを大切に考えているかわかる。

2つ目は、読み上げ機能があるからだ。iPhoneの場合、二本指で記事を上端から下になぞると、スマホが記事を読み上げてくれる。電車の中や歩きながらも、新聞を「聴く」ことができる。

スマホの読み上げを聞きながら、記事を読むと理解が深まる。人類が黙読と言うスキルを身につけるまで、長い間、口伝で情報を伝えてきた名残かもしれない。聞きながら読むと言うのは、スマホ時代に初めてできた読み方だ。

この機能は、英語の文献を読むときには、特に便利だ。私は「Nature」、「Lancet」、「New Engl J Med」、「New York Times」などを購読しているが、スマホで「聞き読み」することを日課としている。

英語の文章を黙読すると、わからない単語や文章にぶつかるとそこで止まってしまう。ところが、スマホの「聴き読み」は情け容赦なく進んでいく。この結果、完全には理解でなくても、とりあえず読みきることになる。「聞き読み」を続けると、膨大な海外情報に触れることができる。視野が拡がり、自らの思考が深まる。

スマホには、もう一つメリットがある。我々に対する影響は、むしろ、こちらの方が大きいかもしれない。

それは音声入力だ。最近、急速に進歩した。誤字はあるものの、許容できる範囲だ。

野口悠紀雄氏が『話すだけで書ける究極の文章法 人工知能が助けてくれる』(講談社)という本を出版したが、彼の主張に、私は全面的に賛成だ。

スマホを使えば、文章を書くのも容易になる。この文章も、まずはEvernoteに音声入力し、それを推敲したものだ。

文章を書く際にもっとも苦労するのは、「書き始めること」だ。スマホは、この敷居を下げる。

この文章は相馬市内を散歩中に入力した。昔からアイデアが沸くのは、「馬上、枕上、厠上」の「三上」という。スマホの登場で「三上」で思いつくアイデアを記録しやすくなった。

メールの作成やSNSへ投稿でも、音声入力することが増えた。オフィスにいて、パソコンの前にいる時でさえ、音声入力することがある。スマホの方が、画像や動画ファイルやホームページを参照するのが便利だからだ。

診療や研究では、自分とは異なる分野の専門家との連携が欠かせない。その際、スマホは欠かせない。

私の研究室の若者の中には、欧米はもちろん、中国やネパールの「仲間」とスマホで連絡し、多くの論文を書いているものもいる。彼らは、昼間は病院で働き、夜間にスマホを使って共同研究を進めている。

スマホは知的作業のあり方を根本的に変えるだろう。診療や研究で実績をあげたいと思っている方、是非、上手な使い方を身につけて欲しい。

*本稿は、「Medical ASAHI」での筆者の連載「メディカルインサイト」よりの転載です。