新しい仮想通貨「リブラ」の衝撃

Facebookの利用者は現在世界で20数億人。日本円の20倍超の通貨圏が誕生する可能性を秘めている。
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Gold Bitcoin Coins pile with the Facebook's Libra Crypto Coin logo on smartphone screen(仮想通貨のイメージ写真)
CHENG FENG CHIANG via Getty Images

Facebookが、新しい仮想通貨「リブラ(Libra)」の構想を発表した。

これに対して、世界主要国の政府・中央銀行から、「強い規制が必要」との大合唱がただちに起こった。エスタブリッシュメントは、なぜ全力を挙げてリブラを潰そうとするのか?

リブラが「本物」の未来マネーになりうるからだ。それは、既成勢力に対する本質的な脅威になる可能性がある。

では、リブラは、どのような意味で本物なのか? そして、どのような意味で脅威になるのか?

 

金融エスタブリッシュメントは全力で取り潰しにかかる

アメリカのSNS提供企業であるFacebookが、今年の6月18日、2020年に「リブラ」という仮想通貨(暗号資産)のサービスを始めると発表した。

これに対して、ただちに世界的に大議論が起きた。

とくに注目されるのは、各国の政府・中央銀行が、「リブラに対する規制を強化すべきだ」という態度をとったことである。

アメリカ下院金融サービス委員会のマキシン・ウォーターズ委員長は、6月18日、リブラの開発計画停止を求める声明文を公表した。イングランド銀行のマーク・カーニー総裁は、「高い基準の規制が必要」とした。

アメリカ上院銀行委員会は、7月16日、リブラに関する公聴会を開いた。17日には、下院金融サービス委員会でも公聴会が実施された。

ここでは、個人のプライバシーを侵害したFacebookへの批判が挙がった。「不祥事を起こしたFacebookは信用できない」、「新しいビジネスを始める前に居住まいを正すべきだ」など、Facebookの資質を問う声が相次いだ。

ウォーターズ委員長は、8月23日、2019年秋の優先検討事項の中にFacebookの仮想通貨リブラを入れ、リブラについて詳しく調査を続け、強い監視体制を敷くことを明らかにした。

7月にフランス・シャンティイで開催された主要7カ国(G7)の財務相・中銀総裁会議では、リブラについて「最高水準の規制が必要」との議長総括が公表された。また、各国における対応方針を報告するよう、G7各国の中央銀行総裁に対して要請が出された。作業部会は10月をめどに報告書をまとめる予定だ。

国際決済銀行(BIS)は、6月23日に年次経済報告書で金融におけるIT大手に関する章を公表した。

大手IT企業の事業が過去20年間に急拡大し、ビッグデータの利用が経済を変えたと指摘した。また、リブラが、規制当局や中央銀行の注目を集めているとし、規制が必要であるとした。

年次報告書自体は6月30日に公表されたが、それに先立ってこの章が発表されたのは、リブラを重要視したからだろう。

国際通貨基金(IMF)は、7月15日、「The Rise of Digital Money(デジタルマネーの台頭)」と題したレポートを公表した。

低コストで国際送金できることなどから、一気に普及する可能性があるとした。他方で、個人のプライバシーや金融の安定性にマイナスに働く恐れがあるとし、国際的な規制が必要だと指摘した。

物価上昇が激しい国では現地通貨がデジタル通貨に置き換えられ「中央銀行が金融政策の制御を失う可能性がある」と警告した。同時に、「いくつかの銀行が間違いなく取り残される。他の銀行も急速に進化しなければいけない」とした。

20億人が利用する通貨になりうる

このように、政策当局は、総力を挙げてリブラ潰しにとりかかったわけだ。

このことを逆に見れば、リブラがいかに重要視されているかを示している。リブラは、政策当局にとって、決して無視できない存在となりうるのだ。

では、なぜリブラはそれほど重要視されるのか?

第1の理由は、規模が非常に大きい通貨圏が形成される可能性があることだ。

Facebookの利用者は、現在世界で20数億人といわれる。

仮にこれらの人々がリブラを使うことになれば、それによって形成される通貨圏は、世界のあらゆる国のそれを凌駕する。

日本円の利用者は、1億人程度だ。この20倍を超える大きさの通貨圏が誕生することになる。

日銀券よりはるかに重要な存在になる可能性もある。

また、Facebookの現在の利用者の枠を超えて拡大する可能性もある。

実際、世界には銀行口座を持たない人が17億人いるといわれる。この人々がリブラを使うようになれば、大きな変化が起きるだろう。

GAFAと呼ばれる企業群がいま注目を集めている。これは、Google、Apple、Facebook、Amazonの略で、現代のアメリカ経済をリードしている企業だ。検索、メール、SNSなどのサービスを提供しているので、「プラットフォーム企業」とも呼ばれる。

リブラは、「巨大プラットフォーム企業が仮想通貨に乗り出せば、いかに大きな変化を社会に引き起こせるか」の好例になる可能性を秘めている。


野口悠紀雄 1940年東京生まれ。東京大学工学部卒業後、大蔵省入省。1972年エール大学Ph.D.(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授などを経て、現在、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論。1992年に『バブルの経済学』(日本経済新聞社)で吉野作造賞。ミリオンセラーとなった『「超」整理法』(中公新書)ほか『戦後日本経済史』(新潮社)、『数字は武器になる』(同)、『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞社)、『マネーの魔術史』(新潮選書)など著書多数。公式ホームページ『野口悠紀雄Online』【http://www.noguchi.co.jp】

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(2019年9月19日フォーサイトより転載)