コロナ禍で休館も、サポーター急増。日本で唯一の「ユニバーサルシアター」には寄付が止まらない

目が見えない人も、耳が聞こえない人も。「誰ひとり排除しない」小さな映画館が、今こそ必要とされている。
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「チュプキ」は、アイヌ語で月や木漏れ日など「自然の光」を意味する

東京都北区の田端駅から徒歩5分、商店街にある「シネマ・チュプキ・タバタ」。客席わずか20席の小さな映画館は、新型コロナの影響で休館が続く。

このミニシアターに今、サポーター会員に名乗り出る人が増え続けている。

 

■全ての作品に音声ガイドと字幕付き

チュプキは2016年9月、全国初の「ユニバーサルシアター」として産声を上げた。目の見えない人や耳の聞こえない人も映画を楽しめるよう、邦画・洋画問わず全ての上映作品に字幕と音声ガイドが付く。車椅子が通れるよう通路もトイレもバリアフリー仕様。防音機能を備えた親子鑑賞室も用意している。

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座席数はわずか20席。最後列は車椅子ユーザー用のスペースになっている

オーナーの平塚千穂子さん(48)は20年ほど前、生涯を捧げようと思っていた仕事とパートナーを一度に失い、東京に一人で帰ってきた。「親にも友達にも顔向けできない」と、無気力な日々を送った。

唯一、映画館で過ごす時間だけが癒しだった。正義の味方や「ダメ人間」の人生ドラマ。憧れてわくわくしたり、自分の内面をえぐられたり。スクリーンに中の世界に2時間どっぷり浸かり、浴びるように観続けるうちに、生きる気力を取り戻すことができたという。

映画好きが集う異業種交流会の活動を通じ、視覚障害者たちと出会う。

「新作の話題についていけない」

「映画館でポップコーンを食べるのが夢」

「テレビみたいに、副音声があればいいのに」

映画館に行くことを諦めなければいけない人たちの悔しさに触れた。社会に居場所がない疎外感に押しつぶされた、過去の自分と重なった。

2001年にバリアフリーの映画鑑賞を推進する市民団体「City Lights」を結成。視力や聴力のない人も映画を楽しめるよう、作品に音声ガイドと字幕をつけ、年に1度の映画祭を開催してきた。

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オーナーの平塚千穂子さん

■ボランティアの支えで成り立つ

映画祭を始めて7年目の2014年。「誰ひとり排除しない映画館を作りたい」。上映作品全てに音声ガイドと字幕をつける日本初の「ユニバーサルシアター」を思い立った。設立にかかる費用は1800万円。全額、募金で賄った。

平塚さんとともに、上映作品をユニバーサル化する作業を担うのはボランティアたちだ。講習会で音声ガイド制作の基礎を学び、実践を積んだ。

大手の配給会社以外では、音声ガイドや字幕があるアプリ「UDキャスト」に対応していない作品も多い。その場合、配給会社から台本や映像データを取り寄せ、音声ガイドの台本を一から制作する。チームで何度も推敲を重ね、障害者らによるモニターチェック後、ナレーターの録音をしてやっと完成する。

期間限定のバリアフリー上映会はあっても、チュプキのような常設のユニバーサルシアターが広がらない理由の一つはこの「労力」にある。

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休館後、チュプキの入り口には応援メッセージの付箋が貼られた

■存続求める声が止まない

上映は多くて1日5作品ほど。シネコンのようにたくさんの来館者も利益も見込めないが、なんとか運営を続けてきた。だがコロナの緊急事態宣言を受け、平塚さんはやむなく休館を決めた。賃料や維持費の負担は重く、収入もゼロ。途方にくれた。

「近所のファンです がんばって!!」

休館を決め、これからの不安を訴えたインタビューがテレビで放送された翌日、映画館の入り口にこんな付箋が貼られていた。

「応援しています」「Fight!」

付箋は翌日にも増えていった。

平塚さんがSNSで休館のお知らせと有料のサポーター会員の募集を呼びかけたところ、激励のメッセージと共に希望者が全国から続々と集まった。

「世界に誇れる映画館」

「いつでも映画を観に行けるチュプキの存在に、救われています」

「再開したらすぐに行きます」

休館前は57人だった会員は1カ月余りで160人を超え、寄付は180万円に上る(2020年5月4日時点)。

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シアターのイメージは「森の中」。ロビーの壁には樹が描かれ、葉の部分に支援者の名前が刻まれている

「想像していたよりチュプキはずっと必要とされていた。お客さんが来られない苦しい時期が続いても、是が非でも残していこうと決めました」

チュプキは、全国のミニシアター系映画館がオンラインで作品を上映するプロジェクト「仮設の映画館」にも参加。GW中には、オンラインのトークショーや感想シェア会といった企画も成功させた。

緊急事態宣言の延長に伴い、チュプキの営業再開も予定していた5月15日から6月に延期となった。今後の状況次第で、再延期の可能性もある。

「映画ファンが、生きていく上で欠かせないという価値をミニシアターに見出してくれている。先が見えなくても、お客さんと映画をつなぎ続けたい」