復興支援活動も10年。被災地を支援するNPO・企業の取り組みと課題、藤沢烈さんが語る【東日本大震災】

【政策起業ケーススタディ:第3回】一般社団法人 RCF 代表理事 藤沢烈さん

社会課題解決のため、政策を「起業」する時代が到来しています。

官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響力を与える個人のことを「政策起業家」と呼びます。

独立系シンクタンクである一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブは、政策起業に関するノウハウの可視化・蓄積を目指し、政策起業の当事者によるケース・スタディ「PEPゼミ」を開催しています。

第3回のテーマは、「震災から10年 ~復興政策のこれまでとこれから~」です。

2021年3月で東日本大震災から10年。これまで復興事業に取り組んできた一般社団法人 RCF 代表理事 藤沢烈さんが、現地に寄り添った10年間の歩みを政策起業という視点から振り返りました。

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藤沢烈さん
Zoom画面より

2021年3月5日開催「PEPゼミ」よりその一部をお届けします。 

 

〜復興政策のこれまでとこれから〜

藤沢烈 一般社団法人RCF代表理事

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復興の実感には「人との繋がり」が不可欠

震災から10年が経過し、ハード面の復興は大分進んだものの、ソフト面の復興は道半ばです。特に、行政の復興の枠組みは15年で区切りがつけられる中で、多くの被災地自治体において最後まで残る課題は「コミュニティの再形成」だと言います。(「10年で忘れられる「被災地」復興支援のプロが語る、今必要なもの。」)

震災で避難を強いられた方は、家や家族を失っただけではなく、今まで住んでいた自治体で築いていた関係性などを失い仮設住宅や公営住宅で生活します。また、福島原子力発電事故での避難者など元にいた地域に戻ることが困難な場合には、県営住宅で新たな生活を始めたり、東京など故郷から遠く離れた土地で、いつ戻れるかわからない状況の中、新たな生活を余儀なくされました。

近所との関わり合いが少ない場合、町が復興すればするほど孤立感を深めてしまう傾向にあります。また、仮設住宅からは余裕がある方から退去するため、時間が経つほど厳しい状況に置かれ、自治機能の弱体化が懸念されます。

実際に、被災3県では孤独死や自殺が増加。ある調査では、近所づき合いが減った方は、変わらない/増えた方に比べて、2倍強の43%の方が「復興していない」と回答しています。

時間が経つにつれ、地域復興の実感を高めるためには、人との繋がり、関わりが不可欠であることは数値からも明らかになっています。

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RCF資料より
RCF

藤沢さんはそのような課題に、現地に寄り添い取り組んできました。

自治体・市民団体・社会福祉協議会など、被災者を支援する団体のヨコの繋がりを作り、被災者を直接巡回訪問して見守り合いの関係を構築。仮設住宅と公営住宅で共同の自治会を作る、地域の祭を再興するなどの形で、コミュニティの形成を支援。また、福島の避難者への支援では全国に散らばる同郷者に対し、住民を取材しするメディアを発行することで繋がりづくりに取り組みました。

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RCF資料より
RCF

「人との繋がり」という復興分野で制度化する政策起業の難しさ

10年間、コミュニティ形成、避難者支援、そして被災事業の支援や復興人材支援など様々な側面から取り組んできた内容について、藤沢さんは「社会化→事業化→制度化」という三段階で説明します。

【社会化:解く課題の特定】定量的な調査やインタビューを通じ、課題を把握。政策目標を設定して、知られていない課題は発信などを通じて社会の関心を喚起。

【事業化:現場で処方箋を実行】政策目標に対して効果的なプロジェクトを実施。

【制度化:インパクトを最大化】事業化の過程で磨かれた施策で必要な予算・税制・制度などを制度化。横展開も可能とする

地域の支援の枠組みを属人的に留まらせずに、災害の頻発する日本で全国の被災地に展開していく。このような段階的な展開は、第1回ゼミの駒崎弘樹フローレンス代表理事の子ども宅食の取り組みとも共通します。しかし、「復興」はその性質上、制度化に際して様々な試行錯誤が必要でした。

1、復興政策は自助・共助・公助の接合領域

従来、人と人との繋がりをつくる町内会や自治会に代表される「コミュニティ形成」は、「自助、共助、公助」の中で共助の領域。行政からは「行政の仕事ではありません」と言われたと言います。

例えば、県は、避難者向けの県営住宅の建設はするものの、住民同士のコミュニティ形成は従来自主的な取り組みに任されます。また、福島のケースでは、被災したバラバラの市町村の住民が県営住宅に集まるため、元々の市町村の自治体の行政機能が避難先まで届きません。そうした、公助が不足している共助領域に対して、NPOとして現地で解決に取り組みます。

しかし、共助領域で取り組むにあたって、行政が持つ住民の個人情報はなかなか共有されない、NPOが地域の人々の信頼を集めにくいなどの困難も発生します。支援者会議を作って地域における「準公共的な場所」として情報提供できる枠組みを作ったほか、復興庁政策調査官(藤沢さんが当時復興庁に出向していた)という肩書が現地での信頼資源になったこと、国からの出向者で副市長になるなど行政に入っていた方との連携し、彼らが人材不足を認識して外部事業者の活用に積極的であったことなど、様々な工夫が必要でした。

県営住宅にコーディネーターを設置する取り組みは、その後の災害では「地域支えあいセンター」として社会福祉協議会で設置されるなど、公助領域としても認知さました。東日本大震災以来、「ソフトの復興」が公的主体が取り組む政策領域として認知されたのは大きな成果です。

議論にゲスト参加したNPO法人SETの理事長、陸前高田市の市議も経験し地域の自治体制度をハックして課題解決を進める「ローカル政策起業家」とも呼ばれる三井俊介さんは、

「仮に公助を増やしすぎると地域の自立や復興を阻んでしまう一方、全てをソーシャルビジネスに頼ると地域に負担がかかり、また公助でしか解決できない問題などが見落とされてしまう可能性があります。」

「NPOなどが行う共助の政策で限界だった時に、行政に働きかけて公助の幅を広げてもらう、といったようなことが必要だと思います」

と行政が担当する「公助」とNPOなどが担当する「共助」、それぞれの限界とバランスの難しさについて指摘しました。 

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藤沢烈さん
Zoom画面より

 2、財源確保:「復興の状況は毎月変わる」息の長い取り組みに合ったお金の使い方

地域の自治体には財源がないため、国や県、民間など様々な面から財源を持ち込まなければならなりません。寄付・クラウドファンディング・休眠預金の活用など、様々な資金の活用にも工夫がなされます。

課題を社会に知ってもらい、資金や協力を得るためには共感を得る発信が必要です。しかし、本来コミュニティ支援で一番課題になってくる層は40-50代の男性。子ども政策などと比較すると、ターゲット層を前面に出しても中々共感を得づらい実情があり、「コミュニティ」という代替ワードを用いることなど工夫が必要でした。

また、数年で執行すれば良いインフラや住宅などに使用する「ハード」面に対する復旧予算に対して、「ソフト」面での復興予算は、中長期的な取り組みを必要とします。

「ハードであれば数年で執行すれば良いかもしれないけれど、心の復興には数十年単位で時間がかかります。また、民間などからの寄付が行政に入った場合、当該資金は通常の予算と同様に1年ごとに議会の承認を得て執行されます。しかし、復興の状況は毎月変わる中で、柔軟な予算執行は不可欠です」

「『復興基金』は良い枠組みで、中越震災では、600億円20年間にわたってプールし、毎年数十億円程度使う形でした。民間財団方式で、別途財団を作って運用し、頻度が多い時には毎月のように知事などが入った理事会で意思決定して使い方を決めていました。柔軟・長期という意味で、非常に復興とマッチした形だったと思います」

また、PEPコアメンバーでもある木川眞ヤマトホールディングス特別顧問から、ヤマトよる民間からの寄付の苦労についても共有いただきました。東日本大震災後、ヤマトでは宅急便1便当たり10円の寄付で142億円を超える寄付を実施するという大きな経営判断をしました。しかし、方法として赤十字や行政を通じて寄付をすると、それぞれ使途の可視化や時間効率の点で課題があることから、ヤマトは自社のヤマト福祉財団の定款を変更し、更に公益財団法人に衣替えし、プロジェクトごとに資金提供。従来、課税対象となっていたこのような寄付について、明確な目標設定があることを理由に税法上初の100%非課税の特例を獲得したモデルケースとして、その後の民間寄付に対して先駆的な取り組みとなりました。

復興という息の長い取り組みを行うために、資金の運用について適切なガバナンス体制を作り、必要なタイミングで必要なところに資金を投じていく仕組みが不可欠です。 

3、人材の活用・育成:住民が参加しながら街を開いていく

最後に、被災地では民間にしても行政にしても、地域で復興の担い手が足りないことが最大の課題の一つです。RCFではそうした地域に必要な人材を行政と連携してマッチングするなどの支援事業も行なってきました。

行政では平等原則や縦割り組織のためにリーダーシップをとって復興現場を調整していく立場になるのが困難な中、様々な政府施策も活用しながら「コーディネーター」を派遣。被災者、被災事業者が何に困っているかを知るために、実際に、地域に住んで実態を理解し、首長、役所の担当、顔役など現地のキーパーソンと関係構築しながらプロジェクトを遂行することが重要でした。そのような地域コーディネーターや、地域にないノウハウを外部から持ち込む広域コーディネーターなど、復興を担う人材が不可欠です。

まさにそういった地域のつなぎ役として、東日本大震災を機に岩手県釜石市へ移住し、現在、同市役所でオープンシティ推進室長を勤めている石井重成さんは、外からだけでなく、被災した住民の方々による街づくりへの参加の重要性を指摘しました。

「被災された人々が、実際に政策や街づくりに携わり、直接的に復興を実感することで、自己肯定感や地域の未来に対する前向きな気持ちを多様な立場で持てることが大事です。

また被災者の方々が地域の可能性を探求していく中で、『街を開いていく』ような地域の内と外の人々をつないでの街づくりが必要だと思います。」

元々RCFの復興コーディネーターとして現地に入り、現在は福島県双葉町議会の議員を勤める山根辰洋さんも「私も東北にゆかりがない中で、支援者として地域に入り、双葉町民になって町議になりました。原子力災害により、住民がまだ地域に戻れていない『住民ゼロ』の前提の中での帰還に向けたまちづくりと、避難先における安心した生活環境の充実という2つを並行して進める必要があります。特に避難先では複数の自治体が関係するので、誰と公助連携すれば良いか、誰が音頭をとるのかが混沌とした状況にあり、理解のある自治体の方々と公助のあり方を模索、検討しています。」と語りました。

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「地域で紡がれる無数の小さな物語、その集積がまちの魅力そのもの」と語る石井氏(上)。また、「住民の気持ちをつなぎ「置いてきぼり」感を改善して期待感を持って欲しい」と語る山根氏(下)。
RCF資料などより

 復興の現場においては、主役である地域の方々の取り組みに、地域のことをよく理解し寄り添い、また必要に応じて外部のアイディアを繋いで伴奏するような形が必要です。

 

現地から見れば震災から10年は節目ではない。

藤沢さんは東日本大震災から10年経った今もなお、被災地の復興には更なる取り組みが必要であると締めくくります。

「現地的な感覚では、10年というタイミングは節目ではありません。まだ孤立した方なども多い状況にあります。また、コロナ禍からの復興の課題も多くあります。

しかし、現地にどっぷり入っていると、なかなか検証という観点も持てません。もっと今までの取り組みを振り返り反映できる点はあるかなと思います。この教訓をどう今後に活かすかという点は、これから協働してやっていきたいと思いす」

東日本大震災から10年経った今、インフラや住宅などのハード面の復旧は進みました。しかし、復興はまだ十分とは言い切れません。今回のゼミでは、10年間の藤沢さんの復興への取り組みを政策起業という観点から振り返りました。

被災地で今もなお残されている課題、そして感染症の感染拡大によってもたらされた新しい課題。2011年3月11日から10年経過した今、これらの課題について考え直すことは、日本の将来に何らかのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。