内村航平の『ゾーン』はなぜ生まれたのか。体操人生で最高の瞬間を振り返った(引退会見)

「失敗する気がしないという次元ではなく、この場をどう楽しもうかという、強さとはかけ離れた、自分一人だけが楽しんでいる状態だった」と2011年世界選手権の個人総合決勝を振り返りました。
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引退会見する内村航平選手
Rio Hamada / Huffpost Japan

体操男子個人総合でオリンピック2連覇を果たした内村航平選手が1月14日、東京都内で引退会見を開いた。

体操人生で最も熱く盛り上がった瞬間として内村選手が挙げたのが2011年の世界選手権と2016年のリオオリンピック。

特に2011年の世界選手権は「今までは感じたことがないぐらいゾーンを感じた」と力説。その日の感覚を次のように振り返った。

「朝起きる2、3分前に、もうすぐ目覚めるみたいな時から、今日は何をやってもうまくいくという感覚で目覚めて、試合が終わるまで全て自分の思う通りにいった。あれはもう一生出せないと感じたし、ここまで思い通りにいくことはもうないというすごい日でした」

当日の内村選手は圧巻だった。

個人総合の決勝で、得意の床、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒の6種目全てで3位以内の高得点を叩き出した。他を寄せつけない演技で国際大会自己ベストの得点を記録し、世界選手権史上初の個人総合3連覇を達成した

この時の『ゾーン』はなぜ生まれのか。

記者から問われた内村選手は「人生で一番心技体がそろっていた時期」と思い返す。

「練習の量も質も高かったし、メンタルもあの時が一番強かったかなと思う。痛いところも全くなかった。自分は何をやってもできると思っていた時期だった」

その上で、一番の要因として強調したのが練習量と自信だ。

「世界で一番練習していたからだと思います。自分の演技、体操に対してものすごく自信を持っていたので、失敗する気がしないという次元ではなく、この場をどう楽しもうかという、強さとはかけ離れた、自分一人だけが楽しんでいる状態だった。それが強かったのかなと思いますね」

内村選手でさえも、30年という体操人生のなかで『ゾーン』を経験したのは一度きり。

翌2012年、個人総合で初の五輪制覇となったロンドンオリンピックでも、『ゾーン』は感じられなかったという。

「ゾーンを再現したいと思っていましたけど、再現できるものではない。自分から狙ってできることではないと感じました。あれを一回経験できただけでも、人間をちょっと超えられたのではないかと思っています」

終始和やかに語っていた内村選手も、『ゾーン』の話では特に熱がこもっていた様子だった。

熱い思いを語った後「ゾーンの話をすると、3日ぐらい寝ずに話し続けてしまうので、ここでやめておきます」と切り上げた。