サイボウズ式:「ほめられないと伸びない人」って一番困るのです──『嫌われる勇気』岸見一郎先生に聞く

仕事の人間関係から子育てまで、様々な悩みや課題に対する岸見先生との対話には、社員も目からウロコの連続でした。

Open Image Modal

嫌われる勇気』著者の岸見一郎先生とサイボウズ青野社長が、アドラー心理学とサイボウズの考え方の共通点について語り合うサイボウズでの社内イベント。

第1回第2回は対談形式で行いました。最終回となる第4回は第3回に続き、イベントに参加したサイボウズ社員たちから寄せられた質問に対して、岸見先生にアドラー心理学の観点から答えていただきます。仕事の人間関係から子育てまで、様々な悩みや課題に対する岸見先生との対話には、社員も目からウロコの連続でした。

そして最後に、サイボウズについて岸見先生がどのような印象を持ったか、伺ってみました。

【質問4】ほめる~「ほめられないと伸びない人」って、一番困るのです~

── 『嫌われる勇気』では、「ほめるという行為には、能力のある人が能力のない人にするという側面があって、その背景には他者を操作したいという目的がある」と書かれています。それはすべての場合に当てはまるのでしょうか?

岸見:はい、当てはまります。

──相手の仕事に対する姿勢や、あるいは服装などについて「素晴らしいですね」とか「素敵だね」とほめるシーンは、年齢や上下関係に関わらず日常的に出てくると思うんですが、そういうのも当てはまるんですか?

Open Image Modal

岸見:それはボーダーラインかもしれませんね。ほめられていると思わない人もいるだろうし、残念ながら、ほめられていると解釈する人もいるかもしれない。相手によって違うんです。

こんな話があります。子どもが部屋中に、すごく複雑なプラレールを作った。それを見て親が「すごいね」と言ったら、「大人から見たら難しいように見えるかもしれないけど、子どもには難しいことではないんだ」と言って作業をやめてしまいました。

自分にとっては難しくないことを、「すごいね」と言われたことで、子どもは上から下に評価されたと感じて、不愉快に思ってしまったわけですね。

こういうふうに人によって捉え方が違うので、安全な方法は相手にたずねてみることです。「今のどうだった?」と(笑)。誰にでも当てはまる言葉なんてありませんからね。

──ほめられて伸びるタイプの人もいると思うのですが?

岸見:逆に「ほめられないと伸びない人」って、一番困るのです。「ほめる人がいないと伸びない」ということで、承認欲求のかたまりになっているということですから。

食事の後、食器を洗うのは面倒くさいと思う人は多いですね? でも、誰かがしなければなりません。「なぜ私だけがこんなことをしなくてはいけないんだ?」と嫌々やっていたら、誰も手伝おうとしません。食器を洗うというのは苦行であり、犠牲的な行為だと思うからです。

Open Image Modal

岸見一郎(きしみ・いちろう)さん。哲学者。1956年京都生まれ、京都在住。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。世界各国でベストセラーとなり、アドラー心理学の新しい古典となった前作『嫌われる勇気』出版後は、アドラーが生前そうであったように、世界をより善いところとするため、国内外で多くの"青年"に対して精力的に講演・カウンセリング活動を行う。訳書にアドラーの『人生の意味の心理学』『個人心理学講義』、著書に『アドラー心理学入門』など。『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』では原案を担当

岸見:しかし発想を変えて、「食器を洗うのは家族に貢献する行為だ」と考えてみる。他者に貢献できたと思うと、自分に価値があると感じられて勇気を持てます。

こんなに素晴らしい行為を自分だけがしていていいのだろうかと鼻歌まじりにやっていたら、家族がそんなに楽しいことなら私も手伝おうかと言ってくれるかもしれないし、言ってくれないかもしれないし、たぶん言ってくれないでしょう(笑)。

いずれにせよ、 貢献感がある人は承認欲求を必要としないので、ほめてもらいたいとも思いません。

【質問5】課題の分離①~上司だから偉いわけではない、単に役割分担が違うだけ~

──『嫌われる勇気』の中に、理不尽な上司の話が出てきます。私のように10年ぐらい働いていたら、上司の課題と自分の課題を分けて考えるべき、というのは納得できるのですが、新入社員や経験が浅い社員の場合はそれができず、上司に言われたらやるしかない、となってしまうと思います。それで追い込まれたりすることもあるのではないかと。

新入社員や経験が浅い社員が、気持ちの上で上司と対等に仕事をするにはどうすればいいでしょう?

岸見:まず職場では、「誰が言っているか」よりも「何が言われているか」に着目するべきです。新入社員と上司のベテラン社員では、もちろん持っている経験も責任範囲も違います。

けれども、職場の仲間として同じ目標に向かっているのであれば、たとえ上司が言ったことでも間違っていたら間違っていると言えなくてはいけない。さもないと上司の不正を見逃していることになります。

それをするには勇気がいります。しかし、「まず私がこの組織を変えていくんだ」と思い、そのために言うべきことは言うと決心して行動したら、それに続くことは必ず出てきます。上司のほうは「そういう部下を持ててよかった」と思えるようにならなくてはいけません。

Open Image Modal

──逆に上司の側が「自分は理不尽なことを言っている」と気づくには、どうすればいいのでしょう?

岸見:理不尽に部下を叱りつける上司は、仕事に自信がないことが多いのです。普通にしていたら仕事ができないことを見抜かれると思うから、直接仕事に関係ないことで叱りつけて相手の価値を貶め、相対的に自分の価値を高めようとする。

そういうことをしないようにするには、「上司だから偉いわけではない」と考えることが大事です。単に役割分担が違うだけだと。タテ関係ではなくヨコ関係を築いていこうとしなくてはなりません。

そのような上司には、部下も普通の態度で接することができます。となると上司は無理に自分を大きく見せる必要がなくなり、楽になる。結果として、理不尽に部下を叱りつけるようなことはやめようと決断できるようになると思いますね。

【質問6】課題の分離②~食べ残しに注目すると、子どもはずっと残し続けることになる~

──2歳半の娘が、最近、食事をちょっと残すようになったんです。親としては好き嫌いなく何でも食べ、食べ物を粗末にしない子になってほしいと思っていて、時には全て食べ終えるまで、必要以上に時間をかけてしまうこともあります。

アドラー心理学の観点では、食べ物を残すのは娘の課題、となるのでしょうが、仮にそう考えて対等な姿勢で語りかけてもやはり残すと思います。そんな場合、そのままでいいのでしょうか?

岸見:お子さんが残さず全部食べた時に、声をかけていますか? そこで「すごいね」と言うとほめ言葉になってしまう(笑)。もし言うなら「うれしい」です。

また、「いつも必ず残しているわけではない」という気づきも大事です。何回か残すと、それだけに着目し、「いつも残している」と思うようになってしまいます。

Open Image Modal

岸見:率直に言って、今のままではお子さんは食事をずっと残し続けることになると思います。「食べなかったら親がかまってくれる」と思うからです。ではどうするか?

1つ提案すると、1人ひとりプレートに料理を用意するのではなく、大皿に盛り付けることにしてはどうでしょう? 親も子も、自分が好きな分だけ取って食べる。そうすると食べ残しは気にならなくなります。食べないと困るのは子どもだけなので、やがて食べ残しは減ると思います。

──でも、そうなると子どもは自分の好きなものだけ食べるようになってしまいませんか?

岸見:「それは自分にとって好ましいことではない」といずれ気づくでしょう。

きちんとカロリー計算された食事だけを出して、ファストフードなどは絶対食べてはダメ、というような家庭に育った子は、親を困らせよう、かまってもらおうと思ったらあえて暴飲暴食をするようになります。強制しても問題は解決しません。

今日言う「おはよう」は、宇宙でただ1回きりの「おはよう」

青野:岸見先生、ありがとうございました。今日はこの「ありがとう」という言葉に注目したいなと思いました。

チームの中でも貢献を引き出すのは、「すごいね」という上からの言葉ではなくて、「ありがとう」という感謝の言葉ですよね。他者に貢献の喜びを感じてもらいつつ、対等な関係であり続けることが大事なのかなと思いました。

岸見:そうですね。「ありがとう」という言葉が日常のいろいろな場面で出てくると、会社も家庭もかなり変わってきます。

青野:サイボウズという会社をアドラー心理学の観点から見ると、どのように見えますか?

Open Image Modal

青野 慶久(あおの よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。2011年から事業のクラウド化を進める。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がある

岸見:アドラー心理学の観点からというのは少し難しいですが(笑)、正直、こんな会社で働きたいなと思いました。

ウチでは子どもの保育園の送り迎えを、ほぼ毎日、私がやっていたんです。私は30代の頃、研究職で比較的時間に自由がきき、一方で妻はフルタイムで小学校の先生として働いていたので、ほとんど議論の余地なくそうなったんですが(笑)。

ただ、やはり大変な時はありましたし、周りにも同じように大変な人がたくさんいました。あの時サイボウズのような会社があれば、もっといろいろな状況の人がいろいろな形で仕事に打ち込めたのではないかと思いますね。

青野:一般的に、日本の大企業では、フルタイムで勤務できなくなると居場所がなくなりますからね。最近は「複業採用」というのも始めているんです。

サイボウズはもともと副業自由なんですが、それにプラスして、他の会社なりで働いている人が、サイボウズでも副業として働きませんかと。

岸見:私も常勤でカウンセラーの仕事に就いてから、副業で翻訳の仕事をしていたことがあるのです。その本を上司に献本したら怒られましてね。「こんなことをして、本業をおろそかにしていたんじゃないか?!」と。

その本はアドラー心理学の本で、仕事と無縁ではないし、休みの日にやっていたから仕事をおろそかにしていたなんていうことは全くないのに。

青野:おかしいですねえ。

岸見:私はもう呆然としまして。「では休みの日にゴルフをするのはいいのですか?」とたずねたら、もちろんOKだと。

青野:ははは。

岸見:今でもまだまだ副業を受け入れる余地のない会社は多いですよね。そういう中で進んだ取り組みをされているのに驚きました。

また、サイボウズさんは、人と人の出会いをすごく大事にしている企業だなとも思いました。仕事に行くのがルーチンになっていなくて、毎日初めて経験することがあると思える会社なのかなと。

今日だって、僕の人生が少しでも違っていたらみなさんに会えなかったし、それはみなさんも同じです。人と出会えるのはある意味、奇跡。

今日言う「おはよう」は、宇宙でただ1回きりの「おはよう」なんです。お話ししていて、そういうことをみなさんも意識していらっしゃるのではないかと感じました。

青野:そう言っていただけるとうれしいです。今日は貴重なお話をありがとうございました。

岸見:こちらこそありがとうございました。

文:荒濱 一/写真:すしぱく(PAKUTASO)/編集:小原 弓佳

サイボウズ式」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。

本記事は、2017年4月28日のサイボウズ式掲載記事「ほめられないと伸びない人」って一番困るのです──『嫌われる勇気』岸見一郎先生に聞くより転載しました。

【関連記事】