50代のオジサンでも必要とされるためには

いつでも現場に戻れること、泥臭い仕事もやり続けることこそが、生き抜く術なのかなと思っています。

50代のおじさんへの風当たりが強い。日経ビジネスでは、「どうした50代! 君たちはゆでガエルだ」という特集が組まれ、「環境の変化に気づかず、危機意識が薄い…50代に未来はあるか」と手厳しい。

あるいは、鴻海がシャープを買収したことで社長になった戴氏は、「あまり仕事をしないで、遊んで給料をもらっている人は修理しないといけない」(引用:産経WEST)と述べている。

これも中高年の管理職への警告でしょう。

50代と言っても現場でバリバリに働いて、プロとして尊敬を集めている方も居るし、マネージャーや経営者として組織を切り盛りしている方もいるでしょう。

問題は、何となく年功序列で昇進して中間管理職として過ごしてきたオジサン。

かつての日本の大企業のように組織が長く存続すれば、「使えないオジサン」と陰口をたたかれながらも雇用は維持され、人生としては逃げ切ることも可能でしょう。

ところが、最近は企業が生き残るためには、不採算の事業を切り売りすることは当たり前。以前でしたら、不採算部門の人員は他の部門で吸収しようとしたでしょうが、今では事業とともに人も切り売りされる時代です。

事実上、終身雇用が難しくなっている時に、50代で突然仕事を探さなければならなくなる。

転職できたとしても、元の会社よりも小さなところに移るケースが多いでしょう。そこでなかなか活躍することができない。こうした50代の問題は、雑誌に取り上げられるほどですから、色々な企業・組織で起こっているのでしょうね。

ところで大学の研究室は人材の再生工場のような面もあります。大企業をリストラなどで辞めざるを得なくなった方を研究開発プロジェクトの中で採用し、大学での研究を踏み台にして、再び企業で活躍して頂く。

大学の研究室はちっぽけな組織ですので、大企業とは全く違います。そうした大企業出身のオジサンがうまくいく場合も、いかない場合もあります。

うまくいかない典型的なケースは、「なぜこんなことを自分がしなければいけないのか」となる場合。

中小企業もそうでしょうが、小さな組織では、誰もが多くの分野をカバーしなければいけません。また、大企業でしたら間接部門の人がやってくれる仕事も自分でやらなければいけないことも多いのです。それができない。プライドもあるのでしょう。

「こんな仕事は自分にふさわしくない。この組織はダメだ。」という発想になると、いくら他の能力があっても仕事になりません。

細かい事務仕事をやろうとしなかったり、途中で事務仕事を投げ出したり、いわば仕事の入り口で躓いてしまうオジサンも相当数おられます。特に大企業で地位や実績のあった人ほど。小さな組織に移ったならば、小さい組織の仕事のやり方に自分を合わせる必要があるのです。

とはいえ、現場で必要とされるパソコンやITのスキルは若い人には到底かなわない。

熟練したスキルや素晴らしいリーダーシップがあれば良いのでしょうが、そんな人は少数ですし、そもそもそんな人は「使えないオジサン」などとは言われません。

問題は、大企業で現場から10年以上も離れ、何となく中間管理職をやっていた方。50代以上のオジサンの転職で成功例と思える方は、プライドを取り敢えず捨て、数十年前、自分が担当として仕事をしていた時のことを思い出し、大昔の経験やスキルを磨きなおすことで、もう一度現場で必要とされるようになりました。

50代の方が現場で働いていたのは20年以上前だとしても、案外、若い時に必死で身に付けたスキルは蘇るものです。

私の研究室にいた方でも、企業から大学に移って数十年ぶりに現場の仕事をやり、技術を磨きなす。そして、何よりも「自分は技術ができるのだ」という自信を取り戻し、再び産業界に戻って活躍されている方もいます。

私自身も40代で「使えない」と言われてしまう世代です。現在の50代が直面する厳しい現実はまさに明日は我が身。いつでも現場に戻れること、泥臭い仕事もやり続けることこそが、生き抜く術なのかなと思っています。

逆に過去の実績にすがり続けていたり、自分を良く見せることばかり考えていたり、地位のある人との関係ばかりを求めているオジサンは、一時的にポジションが得られても、すぐに仕事ができないことがバレて、長くはもちません。結局、行き場がなくなっているように感じます。

(2016年8月25日 「竹内研究室の日記」より転載)