ウォールストリート・ジャーナル、「デジタル型編集局」へ組織改造

ウォールストリート・ジャーナルの編集長・ベーカー氏は同紙の1面と編集局自体を全面的に改革すると明らかにした。
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ウォールストリート・ジャーナルの編集長、ジェラルド・ベーカーさんは27日の社内メモで、同紙の1面の改革と、編集局の全面的な組織改革に乗り出すことを明らかにしたという。

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ポリティコが同日、伝えている

ベーカーさんは、同紙のデジタル移行の号令のもと、すでに昨年半ばに、海外支局の閉鎖など編集局の大がかりなリストラも断行。

その資源を様々なデジタル施策に振り向けている。

今回の1面改革の目的も、「紙面の制作」から「すべてのプラットフォームへの発信」への転換にあるという。

「デジタル型編集局」への組織改造だ。

紙面を起点にしたニュース制作からの脱却とデジタル移行と言えば、昨年2月、ニューヨーク・タイムズが打ち出した「1面編集会議の廃止」の例がある。

ジャーナルが今回掲げる目標は、紙からデジタルへ、パソコンからモバイルへ、グローバル展開、そして組織内の横の連携。

まさに、タイムズなどのメディア企業が取り組む、喫緊の課題だ。

●「紙の1面」からデジタルへ

組織改革は進んでいるが、なおデジタル時代以前の業務もいくつか残っており、非常に多くの日々の労力が伝統的な紙面制作によって拘束されている。

今こそ、編集組織全体を、現代のニュース発信のモデルへとアップデートする時だ。

ベーカーさんは、社内メモの中で、今回の組織改革の狙いをこう説明している。

そして、具体的な目標として、このような項目を掲げる。

・デジタルの読者とプラットフォームに向けた、ニュースと分析のスピードと質の改善、ビジュアルや動画、その他の新たなスタイルのニュースの加速、紙の制作工程と組織の束縛からのデジタルニュースの解放

・パソコン用サイトからモバイルへ、デジタルコンテンツへの注力と改良

・優れた独自(エンタープライズ)ジャーナリズムの完全デジタル化―さらに、それらを全てのプラットフォームに最適化させる集約的なハイレベルの編集機能

・編集局の組織の整理―ニュース取材の役割と、それらすべてのプラットフォームにアウトプットする役割との、定義の明確化

●組織の明確化と1面改革

組織の役割の明確化を担うのは、2人の副編集長だ。

元中国支局長のレベッカ・ブルメンスタインさんは、取材現場を担当し、各支局長、各部エディターを束ねる。

一方、社会部出身のマット・マーレイさんは、各プラットフォームへのニュースのアウトプットを担当するという。

そしてベーカーさんは、マーレイさんが担当する1面改革についてこう述べている。

1面は数十年にわたって、私たちの最良のジャーナリズムを体現するものだった。しかしその名が示す通り、これは紙の制作物だ。この数年の間、いくつもの重要で、記憶に残るデジタルの取り組みがあったが、今の業務運営と組織のあり方は、デジタルニュースの必要性にどんどんと適合しないものになってきている。ウォールストリート・ジャーナルのすべてのプラットフォームに発信するためには、1面における一般ニュースと独自(エンタープライズ)ニュースの役割を、絶え間なく改善していく必要がある。そのための最善策として、一般ニュースと独自ニュースの編集チームを分けることにする。

ここで言う独自(エンタープライズ)ニュースとは、連載企画や調査報道、データジャーナリズムなど、リリースや会見によらない独自取材のジャーナリズムを指す。

ネットに分散化するニュースコンテンツの中で、競争力を持つのはなんと言っても独自コンテンツだ。

そこで1面改革と組織改革、独自ニュースの強化を連動させていくのだという。

現在の1面エディターのアレックス・マーチンさんは、1面の一般ニュース担当エディターに。

さらに新た加わる独自ニュース担当の1面エディターとして、ワシントン支局長代理のマシュー・ローズさんを起用するという。

独自ニュースのチームを分離することで、特にグラフィックスや動画など、デジタル向けにコンテンツの最適化を行い、競争力の源泉にしたいようだ。

●リストラと収入減

今回の組織改革メモは、昨年から続くジャーナルのデジタル移行の取り組みの一環だ。

その一つが昨年6月に明らかにされた大幅なリストラ。

我々のメディア環境は目もくらむようなペースで変わり続けている。新たなメディアが急増し、ビジネスモデルは電光石火のスピードで破壊され、解体され、再構築されていく。伝統的な報道機関にとっては、この環境変化の中で、進化し、適合していくだけではもはや十分ではない。自ら生まれ変わる必要があるのだ。

メモはさらに、こう続けている。

我々はインドネシア語版のサイトを閉鎖し、さらに欧州、アジアのいくつかの支局は規模を縮小する。プラハとヘルシンキの支局は閉鎖。トラフィックや購読者が比較的少ないコンテンツについても、大幅に削減する。主力以外のブログの数も絞り込む。ニューヨークでは、スモールビジネスのグルーブと経済チームをワシントンの経済チームに統合する。

ニューヨーク・タイムズによると、ジャーナルは広告、購読の不振からこの数年間、会計年度末(6月)に向けてリストラを繰り返しており、昨年の前半だけで100人近い人員削減を行ったようだ。

ニューズ・コーポレーションの決算で、ジャーナルを含む「ニュース・情報サービス」を見ると、2015会計年度の通年で、売り上げは57億3100万ドル(6937億円)。

前年度比で4億2200万ドル(7%)減。利払い・税・償却前利益(EBITDA)は6億300万ドルで、前年度比6200万ドル(9%)減。うち広告は10%減だった。

2016会計年度の第1四半期(7~9月)では、売り上げが12億9000万ドル(1562億円)。

前年同期比で1億6100万ドル(11%)減。広告の減収は13%。利払い・税・償却前利益(EBITDA)は8億3000万ドルで2億2000万ドル(21%)減。

厳しい数字が並ぶ。

●メンバー制やスナップチャット

リストラで得た資源で、新たな収入に向けた施策も展開している。

昨年9月には、専門家向けの有料会員制サービスWSJプロ」をスタートさせた。

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これは、年間購読料2000ドル程度で、専門的分野に関するデータや分析、さらに限定イベントへの参加などを提供するというサービスだ。

まずは「WEJプロ・中央銀行」でスタートさせている。

メディアアナリスト、ケン・ドクターさんのインタビューの中で、ダウ・ジョーンズCEOのウィル・ルイスさんは、このサービスをB2C(ビジネスから消費者)とB2B(ビジネスからビジネス)の中間のB2P(ビジネスから専門家)という新たなカテゴリーと位置づけている。

同様の有料会員制サービスは、政治サイト、ポリティコの「ポリティコ・プロ」や、ブルームバーグの「ブルームバーグ・ガバメント」のほか、専門性よりもエンゲージメントに重きをおいたガーディアンの「ガーディアン・メンバーズ」などが知られている。

モバイル施策も打ち出している。

昨年8月には新アプリ「ワッツ・ニュース」をリリースした

購読者向けサービスだが、ジャーナル本体のアプリとは別に、10本前後の重要ニュースのみを表示。グラフィック重視のデザインで、モバイル視聴を意識したつくりになっている。

さらに年明け1月6日には、若者層向けの施策も打ち出した。

米国のスマートフォンを持つ若者の6割が利用しているという動画チャットアプリ「スナップチャット」のニュース配信サービス「ディスカバー」への参加だ

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CNNや英デイリー・メールなど17社が参加するサービスだが、米国の一般紙としては、初めての配信となる。

スナップチャットは月間のアクティブユーザーがすでに1億人を超え、2億に迫っているとも言われる

動画や画像中心のコンテンツのため、5人のチームを編成。月曜から金曜まで、毎日更新しているという。

●課金の見直し

ディジデイによると、ジャーナルはさらに、課金の仕組みの見直しにも着手しているようだ。

いわゆる「ポーラス(多孔)課金戦略」の見直しだ。

課金サイトであっても、新規の購読者獲得のためには、より幅広い見込み読者にリーチする必要がある。

ニューヨーク・タイムズのように、月10本までは無料で閲読できるという「メーター制」がその一つ。

もう一つが、グーグルの検索結果に表示されたリンクや、フェイスブックに投稿されたリンクからアクセスしてきた場合には、課金の壁を解除するというのが「ポーラス」だ。

これによって、課金と、検索エンジンやソーシャルメディアからのトラフィックを両立させ、見込み読者へもリーチし、エンゲージメントも確保できる。

もっともこの戦略は、一見の読者や、課金の「穴」を意識的に活用するユーザーを、購読契約に呼び込む決め手に欠ける、とも指摘されてきた。

そこでジャーナルは、グーグル検索の「ポーラス」を試験的にふさぎ、その効果を見極めているのだという。

課金の見直しでは、「メーター制」の代表例と見られてきたフィナンシャル・タイムズが日経による買収前の昨年3月、その「メーター制」を廃止し、話題になった。

月8本まで無料だったものを、当初1カ月は1ポンド(173円)、2カ月目からは通常の購読料金を課金する仕組みに変更したのだ。

ニューヨーカーの昨年9月のインタビュー記事で、CEOのジョン・リディングさんは、「メーター制」廃止の狙いが、ソーシャルメディアの普及などにより、記事の閲読スタイルが各プラットフォームに分散していることへの対応だった、と述べている。

我々はこう考えた:従来の紙の世界の閲読習慣、エンゲージメントを、デジタルの世界で再構築するにはどうしたらいいか? もしメーター制を続けていくと、その名の通り、読者を月8本―あるいは、10本でも3本でも―の上限に縛り付け、メーター制のモデルそのものが、(上限がきたら終わりという)読者の閲読習慣になってしまう。本数の割り当てをする限りは、(購読契約でしっかり読むという)習慣を読者が身につけていかないのだ。

だから、我々はそれをやめることにした。

それによって、ほぼ毎週、1000人以上の新規購読契約を獲得し、前年比の増加率は80%にのぼった、と述べている。

●グローバル戦略と組織連携

ベーカーさんのメモが掲げる目標としては、このほかにも、下記のような点がある。

・グローバルなニュースプロダクトに向けたさらなる前進

・紙の新聞も我々にとって、なお重要や製品だ。そのための社内資源の投下をより推し進める必要がある

・ジャーナリズムの最高水準の規範を維持しながら、成長のチャンスを生み出すために社内の全ての部署が連携を強化する

ベーカーさんは、昨年9月、「WSJプロ」の開始に合わせてやはり社内メモでその戦略方針を説明している。

紙の新聞に関しては同月から、それまで小型のタブロイド版だった欧州版とアジア版を、米国版と同じ大型のブロードシート版にリニューアルしている。

WSJプロなどの新規事業に加え、モバイルやデータジャーナリズムへの注力、編集局へのエンジニアの配置などを掲げ、人材の大幅拡充を打ち出している。

経営資源と業務フローの紙からデジタルへの移行、そのための組織の組み替え、モバイルへの注力、若者対策、グローバル展開、組織間連携―。

これらは、ニューヨーク・タイムズが、昨年10月に公開した2020年に向けた戦略ペーパー「未来への道」などで示す戦略課題と、ほぼ軌を一にしている。

何より、新聞社が抱える課題そのもの、ということだろう。

(2016年1月31日「新聞紙学的」より転載)

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