カープ優勝の瞬間、ある男に想いを馳せてみよう

ネットでは、野村氏を罵る動画が作られるなど、チームの成績を毎年上げている監督とは思えないレベルのバッシングだった。そんな野村氏が辞めてからカープは...

広島カープの25年ぶりの優勝が秒読み段階に入った。

私が大のカープファンであることは前の記事で書いたが、優勝の瞬間、ファンはまず何をするべきか?お好み焼を食べながら友人とビールで乾杯か。広島の市街地に繰り出してドンちゃん騒ぎか。

いや、まず、私たちはある男に想いを馳せなければいけない。

その男の名前は野村謙二郎。

25年前のカープ優勝時の主力メンバーで、2010年からカープの監督を務めた。就任時の会見で「目標は優勝」と、当たり前のことを言った時、私は「ちょっと背伸びし過ぎだろ」と思った。当時のカープは、11年連続で4位以下の超弱小チーム。ファンの多くは、まず3位以内に入って、プレイオフ進出が現実的目標だと思っていた。

野村氏は、機動力野球を重視し、チームの盗塁数を飛躍的に上げ、得点力向上につなげた。就任初年は5位に終わったが、2013年と14年は3位となり、優勝争いに名を連ねるチームにまで成長させた。「さあ、次の年で優勝だ」と思ったら、2014年、野村氏は「監督就任5年の節目に辞めることは決めていた」と突然の辞任発表。

3位という好成績を残して監督が辞任するのは、カープでは1988年以来のこと。その前に10年以上の低迷期間があったことを考えれば、異例中の異例だった。

しかし、私も多くのファンも、この異例中の異例の辞任に対して、抗議もしなければ、「辞めないで」コールをすることもなかった。心のどこかで「やっぱり」という気持ちがあった。それもそのはず。監督就任して最初の3年、野村氏は、ファンから恐ろしいレベルの野次と罵声を浴びせられ続けた。

打率1割代の選手を3番で使い続けたり、打率2割4分で守備では平均5試合に1回エラーする選手を毎試合スタメンで出し続けたり、中継ぎで打たれ続ける投手を大事な場面で起用し続け、試合をぶち壊したり。私も、「あれ?」と思うことがしばしばあった。

ネットでは、野村氏を罵る動画が作られるなど、チームの成績を毎年上げている監督とは思えないレベルのバッシングだった。

2014年10月、カープの地元での最終戦。勝てば2位になっていたが、負けて3位が確定。しかし、シーズン全体を通してみれば13年ぶりに勝率5割以上を維持し、野村氏の功績は称えられるべきものだった。

だが、試合後、野村氏が球場のファンにシーズン修了の挨拶を始めると、2位になれなかったことを悔しがったファンが、野村氏に「ボケ!」「辞めろ!」の野次を連発。その直後、野村時は辞任を発表した。

そして、野村氏に向けられていた矢は、昨年から指揮を執っている緒方監督にそのまま引き継がれた。昨年、黒田がメジャーから戻り、優勝候補の筆頭に挙げられたカープだが、4位に終わり、緒方監督に対するバッシングは当時の野村氏に対するもの以上に凄かった。今でも、ネットで「カープ、緒方監督」と検索すれば、たくさんのバッシングを見ることができる。

しかし、昨年の低迷は、野村氏によって開花した選手たちが、野村氏の電撃辞任によって不振に陥ったのが原因と見ることだってできる。一昨年に本塁打王になったエルドレッドは「野村監督のおかげで本塁打王になれた」というほど野村氏を慕っており、野村氏が抜けた昨年は本塁打数が半減した。

野村・緒方バッシングをし続けたファンたちは、今年の優勝をどう見ているのだろう?

快進撃の一つの要因は、リーグトップの盗塁数と得点力。野村氏が目指した足でかき回す野球がそのまま引き継がれ、田中と菊池の不動の1、2番コンビは、野村氏が監督時代に引っこ抜いた選手で、3番の丸は、野村氏の時代に開花している。(菊池も丸も、野村氏が抜けた昨年、大不振に陥った)

黒田が付けていた背番号15を誰にもあげずに、黒田がカープにいつでも戻ってこれるようにしたのも野村氏だ。上記で「中継ぎで打たれ続ける投手」と書いたが、これは、今年、すでに30セーブを挙げている抑えのエース、中崎のこと。中崎は2013年、何度も救援で失敗し、ファンからたくさんのブーイングを受けたが、野村氏は中崎を使い続けた。

今年の快進撃の立役者にまで成長した中崎は、野村氏に感謝の気持ちで一杯だろう。

一般のファンが、プロ野球チームの監督より野球を知っているわけがない。それでも、私たちファンは、応援するチームの低迷を監督のせいにしたがる。無責任に応援できるのもファンの特権かもしれない。

しかし、それが1人の優秀な監督の辞任につながるのだとしたら、それは「無責任」の域を超えている。野村氏は、先月、メジャーリーグのロイヤルズのアドバイザーに就任することが決まった。

日本の野球界は、また1人、優秀な人材を失ったのだ。野村氏が目指したカープ優勝が目の前になっての発表は、あまりに皮肉だった。

集団で指導者を罵る日本の習慣は、なにも野村氏に始まったことではない。少し前まで、日本の首相は毎年の様に代わっていたし、それが終わったかと思ったら、今度は、東京の知事が、4年で3回代わった。

社会の鬱憤を1人の指導者のせいにし、自分たちの声でその指導者を引きずり落としたと思えれば、気分は一時的にせいせいするかもしれない。

しかし、長期的にみたら、優秀な人材の流出など、色々な意味で社会にとってマイナスにもなりかねないということを、今年のカープの快進撃は私たちにほのめかしているのかもしれない。