【3.11】伊吹文明・衆議院議長「脱原発に舵を切った」 Facebookでも明言

伊吹文明・衆議院議長が脱原発について言及していることに、安倍首相の周辺から不快感がでているようだ。
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時事通信社

伊吹文明・衆議院議長が「将来の脱原発を見据えて議論を尽くしたい」などと脱原発に言及する発言を繰り返している。原発の再稼働を目指している安倍政権の周辺からは不快感が出ていると、47NEWSが報じている。今後、波紋を広げる可能性がある。

伊吹氏は3月10日、自身のFacebookで「最終目標として脱原発に舵を切った」とコメント。さらに、3月11日に行われた「東日本大震災三周年追悼式」の追悼の辞で「将来の脱原発を見据えて議論を尽くしたい」と述べた。

伊吹文明衆院議長は11日、東京都内で開かれた政府主催の東日本大震災3周年追悼式の式辞でエネルギー政策に関し「将来の脱原発を見据えて議論を尽くしたい」と述べた。議長就任に伴い自民党会派を離脱しているが、「脱原発は無責任」(安倍晋三首相)との党の主張と一線を画した形だ。首相周辺から不快感が出ており、波紋を広げそうだ。

(47NEWS「伊吹議長が脱原発に言及 首相周辺から不快感 - 47NEWS(よんななニュース)」より 2014/03/11 22:00)

伊吹氏は追悼式で、「電力は無尽蔵に使えるものとの前提に立ったライフスタイルを見直し、省エネルギーと省電力の暮らしに舵を切らねばならない」と強調。「将来の脱原発を見据えて議論を尽くして参りたい」と語った。

■Facebookでも脱原発発言

伊吹氏は3月10日にも、自身のFacebookページに「最終目標としては脱原発に舵を切った」とのコメントを投稿している。伊吹氏は混乱させずに現実を乗り切り、脱原発に至るまでの道筋が問題だとして、読者に対してライフスタイルを変化させることの必要性を説いている。

科学技術の進歩は素晴らしいもので、日々の暮らしを豊かにしてくれますが、それを享受する心の底に、自然への畏敬と感謝の気持ちを持ち、科学技術の恩恵を乱用しない謙虚さと自己抑制が必要でしょう。

核エネルギーはコストの安い電力を供給してくれますが、広島、長崎の悲劇を生み、3.11の自然の力の前に抑制の効かない人間の弱さをさらし出してしまいました。人間の知恵で自然をコントロールしているつもりの技術は、人間の心の弱さが出ると自然の報復を受けます。それ故に私たちは、最終目標としては脱原発に舵を切ったのです。しかし問題は、混乱させずに現実を乗り切り、そこに至るまでの道筋です。電力を必要とする輸出競争により私たちの生活は支えられています。相変らずエアコンを使い、深夜テレビを見て、24時間のコンビニを利用しています。そのために火力発電をフル稼働させねばならず、原油・LNG輸入増が原因である貿易赤字、経常収支黒字の著減は、日本の国力を衰弱させ、対外交渉力を削いでいます。

三年目の3.11を迎えるに際し、私たち一人ひとりのライフスタイルを見直し、反省し、省エネルギーと省電力の暮らしに舵を切らねばりません。

(「伊吹 文明氏 Facebook」より 2014/03/10 10:02)

■「追悼の辞」の内容は……

このFacebookのコメントは、伊吹氏が東日本大震災三周年追悼式で述べた追悼の辞の内容と重なっている部分が多い。以下、伊吹氏が述べた追悼の辞の全文を紹介する。

「天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、東日本大震災3周年の追悼式が行われるにあたり、謹んで追悼の言葉を申し述べます。

3年前の今日、東日本を襲った大地震と津波により、東日本の国土は破壊され多くの尊い命が失われました。犠牲となられた方々とご遺族のみなさまに改めてお悔やみを申し上げます。そして、被災された方々、また福島での原子力発電所の事故により避難を余儀なくされた方々のお気持ちを思うとき、月並みなお見舞いの言葉を申し上げることすら、憚られるのが率直な心境です。

多くの関係者のご努力により、復興に向けた歩みは着実に進んでいます。震災後、被災地の惨状に心を痛めた方々が、被災地を支援するボランティア活動に参加してくださり、多くの今日お見えの諸外国からの温かいご支援をいただいたことは、物心両面で復興の大きな助けとなりました。ご支援をいただいたみなさまに対し、深く感謝申し上げたいと存じます。

一方で、震災から3年が経過し、被災地以外では大震災以前とほぼ変わらぬ日々の暮らしが営まれています。しかし被災地では、仮設住宅等での不自由な生活を余儀なくされている方々もなお多く、震災前の生活を取り戻すことは容易ではありません。特に原子力発電所事故のあった福島県では、住み慣れたふるさとに戻ることができず、今なお、放射性物質による汚染に苦しんでいる方々が多くおられる現状を、私たちは忘れるべきではないでしょう。

そういった方々のことを思うと、電力を湯水のごとく使い、物質的に快適な生活を当然のように送っていた我々一人一人の責任を、全て福島の被災者の方々に負わせてしまったのではないかという気持ちだけは、持ち続けなければなりません。

思えば、私たちの祖先は、自然の恵みである太陽と水のおかげで作物を育て、生命をつないできました。それゆえ、自分たちではどうすることもできない自然への畏敬と、感謝という謙虚さが受け継がれてきたのが、日本人の心根、文化の根底にあったはずです。

科学技術の進歩により、私たちの暮らしは確かに豊かになりましたが、他方で、人間が自然を支配できるという「驕り」が生じたのではないでしょうか。そのことが核兵器による悲劇をうみ、福島の原発事故をうんだのだと思います。

3年目の「3.11」を迎えるに際し、私たち一人一人が電力は無尽蔵に使えるものとの前提に立ったライフスタイルを見直し、反省し、日本人として言行一致の姿勢で、省エネルギーと省電力の暮らしに舵を切らねばなりません。主権者たる国民より、選挙を通じて主権を委ねられている我々国会議員は、被災地の復興に全力で取り組むとともに、震災で得た教訓をもとに、エネルギー政策のあり方について、現実社会を混乱させることなく、将来の脱原発を見据えて議論を尽くして参りたいと存じます。

結びに、震災で亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りし、追悼の言葉といたします。

平成26年3月11日

衆議院議長 伊吹文明」

(政府インターネットテレビ「東日本大震災三周年追悼式(全編)」より 2014/03/11)

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