日本の総合化学ジャーナルタイトルの行く末は?

国際的になったといえども自国のメディアは必要。その理由は?

論文を書いた後に投稿するのが論文誌(ジャーナル)。御存知の通り、出版社・学会などの発行元、掲載分野や切り口によって世界中に数多のジャーナルタイトルが存在します。総合化学のトップジャーナルタイトルといえば、アメリカ化学会のJ. Am. Chem. Soc (ジャックス)やワイリーが出版するAngewandte Chemie(アンゲ)。この2つは歴史もあり権威も高いジャーナルとして有名です。

近年は、NPGグループのNature Chemistry(ネイチャーケミストリー)がインパクトファクター(IF:ジャーナルを評価する一指標)でいえば、前述2誌を圧倒する総合化学誌として台頭しています(IF: 25.325)。

さて、それでは日本の化学のジャーナルはどうでしょう。

総合化学誌としては日本化学会の出版するBull. Chem. Soc. Jpn.(ブルケム, BCSJ)と速報誌であるChem. Lett. (ケムレット, CL)。もちろん英文誌です。しかし、日本発の化学ジャーナルタイトルであるにも関わらず、国際的だけでなく日本国内からの評価も低いのです。長年の課題であり、これまでこの二誌の評価をあげようと日本化学会は多くの施策を行ってきましたが、ほとんど効果はみられませんでした。

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どうしたらよいのでしょうか。このままなくなってしまえばいいのでしょうか。それとも再度盛り上げるべきでしょうか。それ以外に他に方法があるのでしょうか。

最近、ふとしたことから日本化学会ジャーナル戦略委員会委員長の玉尾皓平先生とお話する際がありましたので、緊急の議題として一度ここで取り上げてみたくなりました。というわけで、今回の記事は、皆さんの本件に関するディスカッションも期待して「日本発のジャーナルの行く末」について一緒に考えていければと思います。

日本発化学ジャーナルの現状

さて、上述した2誌のインパクトファクターの推移をみてみましょう。BCSJは2013年にIF2.2台を取り戻したもののCL は1.23。正直言ってかなり瀕死の状況です。上述した国際的な総合科学のリーディングジャーナルと比較するまでもありません。例えば、中国化学会の化学総合速報誌Chinese Chemistry Letters が1.587であることを考えると、いかに日本の総合化学誌のインパクトが低いのかおわかりになるでしょう。

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そもそもなぜ評価を上げる必要があるのか?

個人的な意見としてはIFを上げることには余り興味がありません。ただ、読者のみなさんは論文の投稿先を選ぶ際に何を重視しますか?

殆どの研究者が、

「広く自分の論文が研究者に読まれること」

だと思います。IFは引用数ベースの指標なので、高IF=読まれているではないですが、それがデファクトスタンダードになっているのも事実です。日本の雑誌のIFが低い現状況では、低い→投稿しない→読まない→より低くなるという負のスパイラルに陥っているのはいうまでもありません。

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ではなぜ、日本の雑誌でないといけないのでしょうか。

公的にいうなら、

「国の税金を投入しているのに、結果はすべて海外のメディアに投稿し、海外の出版社や学会を潤している状況はいかがなものか?」

といえます。

国際的になったといえども自国のメディアは必要なのです。これはウェブサイトにとっても同様です。そのため、我々ケムステも国際版と中国語版をつくり日本発の化学の二次情報メディアとして動き始めています(関連記事:ケムステ国際版・中国語版始動!)。

そう、もっと素直にいえば、

「メディアは自国の結果を”ひいき”する」

のです。これは万国共通です。その影響で色々苦汁を飲まされた人は多いと思います。特に、競合研究者がいる場合は散々な状況に陥ることもあります。論文を抑えられて、他国の競合研究者の論文が先に出てしまったこと、エディターのちからは強いとはいえども、レフェリーがほとんどOKなのに、容赦なく却下されてしまったこと。その後、似たような論文がでてきたこと。そんな経験ありませんか?オリジナリティーの高い研究でも同様です。他国で盛んでない研究に対しては評価されず相手にされないことが多々あります。そんな時に自国の国際力の高い論文誌があればよいなと思ったことはないでしょうか?

それでも評価の高い論文誌に論文を投稿するのは、やはり「広く読まれること」を重視するから。また、そのIFや論文誌の名前が、業績に関係してくるから。そんな状況で皆で自国の論文誌を盛り上げようといって、現状の研究者に”押し付ける”ことは可能なのでしょうか。もちろんすべて損得ではないですが、ギブアンドテイクの関係どころか、ギブがないのにテイクだらけの状況では限界があります。

日本化学会の取り組み

上述したように、日本のジャーナル強化のため、日本化学会は様々な施策を行ってきました。ところが、当時のウェブサイトとシステム(現在のものではなく)、そして資金力でよい論文を集めようというのが無理がありました。最低限の「投資」をしなければいけません。これは、Angewandte Chemieを成功に導いたPeter Glitz編集長を専業として配置し(人材の投資)、行脚により世界の化学誌の1つの地位を勝ち取ったことや(関連記事:一流の化学雑誌をいかにしてつくるか?)、Nature Publishing Groupがいち早くウェブに全面移行し、多くの資金的な投資を行ったことが好例として挙げられます。

ここまでいうと日本のジャーナルの未来はないように思えますが、ようやく一昨年度よりその一端となる「投資」を始めることができているようです。

ご存知の人もいると思いますが、日本化学会のジャーナル編集委員会は平成25年度から5年間、科研費として「編集・出版体制と国際力発信強化」を取得し、合計1.5億円の資金を得たのです。これをフル活用して「投資」をようやく始めました。この施策にてBCSJとCLのIFを3以上にあげようというのが数値的な目標です。では具体的にどのような施策を行なっているのでしょうか。まず、日本化学会の施策をみてみましょう。

1. ジャーナル編集体制の強化

現在のBCSJの編集長(Editor-in-Chief)は京大化学研究所の時任宣博教授、CLは東京大学の塩谷光彦教授です。

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それら二誌のジャーナル戦略委員会委員長は前述した玉尾先生であり、それぞれの編集長の下に各分野の第一人者であるSenior EditorやAssociate Editorがいます。ここまでは普通です。最近新たに、編集企画マネージャーという編集と企画とマーケティングを兼務するポジションをつくっています。さらに、販促・配信・発送のプラットホームを確立するため、Thomson Reuterと提携、丸善による販促を行っています(後述)。今後は化学のわかる事務補佐を配置し、出版体制の強化を図っていくそうです(追記:既に奈良先端大で博士をとった方が採用され実務をはじめたそうです)。

2. ウェブサイトの刷新

ご存知と思いますが、1年半前にウェブサイトを刷新し、BCSJとCLの二誌の総合サイト「CSJ Journals」として生まれ変わりました。すでにほとんどが電子データで配信されている世界で、その顔であるウェブサイトが当時のままでしたら、99.99%広く読まれることは不可能でした。同時に日本化学会のウェブサイトもきれいになり、みためのみならず、CMSで構築されているため更新も頻繁になりました。ただし論文を閲覧するためには、アブストラクトのページから、J-Stageという学術サイトが開き、もう一度、[Full Text PDF]をクリックしなければ開きません。まさに二度手間です。この状況はどうにかしたいものです。

この状況を打開するために、2016年4月(予定)からAptypon Literatumというシステムを採用し、一本化を図っていくそうです。本システムは化学ですとアメリカ化学会が使用しています。

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3. メール配信サービス

日本化学会会員の方々は、メール通信以外に別のメールを受け取っていませんか?とくにForcus Collectionというメールが来ます。これはThomson Reutersのメール配信サービスを使った、注目論文お知らせメールのようです。該当論文の著者の過去論文を引用した研究者にお知らせメールを送信します。自分の興味のある分野の研究者の論文のため、論文をみてみようと思うようになりましたが、読者のみなさんはいかがでしょうか?その他にも掲載論文のアピール手段としてThomson Reutersと提携して以下のサービスを始めたそうです。

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両誌には、かなり評価の高い、広く引用されている論文も多々有ります。例えば、代表的なものですが金触媒の春田 正毅 教授の論文(Chem. Lett. 1987, 16, 405 DOI:10.1246/cl.1987.405)やメソポーラス材料の黒田 一幸教授の論文(Bull. Chem. Soc. Jpn, 1990, 63, 988 DOI:10.1246/bcsj.63.988)は、これら二誌に研究の第一報が掲載され引用数は1000を超えています。それ以外にもよい論文や総説は実はあるのです。知ることが大事だと思います。

4. 分野別・キーワード別カタログCSJ Journal Selects

最近2年半のBCSJ、CLのうち注目された論文(オープンアクセス)をピックアップし、20分野(キーワード)別にGraphical Abstractsと共にリストアップ、冊子体「CSJ Journal Selects」として配布しています。個人的な意見として企画自体は賛成ですが、冊子体で配布することに費用対効果はあるのかと若干疑問です。なにより、ウェブにもこれは公開されているのですが、なんとPDFファイルのみ。しかも論文のDOIのみならず、ハイパーリンクもついていない。これはかなり致命的です。ウェブベースで「注目の過去論文」として、ハイパーリンクを付し、定期的に配信したほうが明らかに訪問者も増えますし、効果的です。

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CSJ Journal Selects

さて、他にも細かいものはありますが、大きな取り組みとしてはこの4つです。さて、これで二誌のリーディングジャーナルへの道は開けるでしょうか?かなり難しいと思います。では、さらなる秘策を紹介しましょう。

ジャーナル競争力アップの「秘策」とその効果

その内容は

「新学術領域研究の領域代表者ににBCSJもしくはCLに総説の執筆をお願いする」

ということです。新学術領域研究とは科研費のひとつの枠で、これから発展が著しい研究分野に合計5年間研究費を投じ、所属研究者はその新学術領域の大枠の中で、研究を行います。自ずとその研究分野にあった研究テーマを立てるわけですから、その領域代表者が分野に関する総説を執筆すれば、所属している研究者がそれに関係する論文を執筆する際は、その総説を引用するはずです。極端にいえば、引用するようにお願いすればいいのです。すると総説の引用数が伸び、結果として、二誌のIFが上がるという仕組みです。

2年前、玉尾先生が日本化学会会長であった際の会談でこの話を聞いた時は、これはすばらしいアイデアだと思いました。

しかしながら、新学術領域が発足した際に、その総説が出版されていなければならないわけです。さらに問題として、領域代表者が執筆しなければはじまりません。事実、平成20年から平成24年度に、17件の化学の領域が立ち上がりましたが、掲載済(脱稿済)に至ったのはたったの3件。しかも、すでにその領域は折り返し点を回った、竣りが見えてきた辺りの執筆。これでは効果がありません。

ではどうしたらいいのか?

ここまで、日本化学会の施策について話してきましたが、よりよい改善策はありますでしょうか。それをぜひ議論してアイデアを出したいと思います。私の意見としては、例えば以下のとおり。

1. ウェブサイトの更新頻度をあげる:日本化学会は最も化学情報を有している団体ですから、化学の面白い話が多数あるはず。それを使って論文閲覧に誘導可能な新規コンテンツを立ち上げ、1日一つ、最低1週間に1つは記事を配信する。つまり、論文誌ウェブサイトのページビューと訪問者のウェブサイト滞在時間の向上を目指す。配信は化学がわかり翻訳が可能なサイエンスライターに依頼する(そんな人あまりいませんが….)。

2. 大学外の敏腕編集長を採用する:大学教員は研究で忙しく、ジャーナルの未来を考えても、動ける人はほとんどいません。実務で動ける敏腕編集長をおき、多くの権限を与える(敏腕編集長の人選が鍵になりますが…)。

3. 「秘策」の強化:化学で申請する新学術領域は総説の執筆をmustにする。進歩賞だけでなく日本化学会の学会賞や学術賞にも、業績に関するBSCJやCSJの投稿を義務付ける(不埒かもしれませんがこのぐらいの強引さも重要かも)。

4. 高引用論文の著者へインタビュー:1のコンテンツの1つとして、二誌で高引用されている論文の著者へ、研究に関するインタビューを掲載する。研究や研究者が知っていても、関連する論文が日本の化学ジャーナルに投稿されている事実を知らない研究者は多く、周知できる(なんなら当サイトで承ってもよいです)。

再度の意識改革を

皆さんは意見も努力もせず「日本化学会はなにやってるんだ!」「日本の化学雑誌なんていらないや!」「いろいろやっても無駄だよ。」

と無責任に言えますか? 私は言えません。我々にとってレジェンドともいえる化学者を中心とした第一線の化学者達が、少なからず時間を割いてジャーナル強化に向けて動いているからです。今回のこの記事は、日本化学会のジャーナル編集委員会の方々もみています。

よりよくする意見を、コメント欄でも、Twitterでも、各種SNSでもなんでもよいのでご意見をお願い致します。建設的な意見はここで紹介していきたいと思います。

また、最近は多くのジャーナルタイトルが乱立し、投稿先を選ぶのも大変。自分の中で最重要な論文はやはり今までどおりで構わないと思います。そこに選ばれなかった論文は日本の化学雑誌に投稿してはいかがでしょうか。そういう私も、最近全く投稿していないので、まずは来年2報を目標に、アカウントと論文を投稿したいと思います。

日本の化学ジャーナルをリーディングジャーナルへ押し上げませんか?まずは、効率的なアイデアと、なにかひとつ歩み寄る一人一人の小さな努力を期待します。

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