サイボウズ式:「教える人が教えるのをやめる」──外部を巻き込む、教師らしからぬ教師によるアクティブラーニングの実践とは?

「失敗のときに学びが一番大きいです。失敗する状況が一番大事だという僕の思いも、しっかり伝えたいと考えました」
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「子どもたちのために、なるべく多様な人材を招き入れる。自分で教えることにはこだわらない」

こう話す「教師らしからぬ教師」がいます。

山口県立萩商工高等学校の松嶋渉先生です。学校授業の枠組みを超え、教育に地域人材とITを組み合わせたアクティブラーニングで、高校生たちに実社会での働きかたを教えています。

同校の授業でメンターとして活動するサイボウズ・中村龍太が、これまでの取り組みとこれからの教育の姿を聞きました。

周りの先生からは反対も、まずはやってみようで突き進んだ

中村:松嶋先生が萩商工高等学校(以下、萩商工)で率いてこられたプロジェクトの中でも代表的なのが、2011年からの「萩LOVEハイスクール」ですね。

松嶋:ええ。萩LOVEハイスクールは、地元の「萩」を元気にしようという有志団体の「萩LOVE」に、萩商工の高校生が加わってスタートしたものです。

授業として外部の人材、例えば萩市観光協会やケーブルテレビ、萩焼や萩ガラスを作る地元のクリエイターを講師として招いて、萩の情報を発信するWebページを作成しています。みなさん熱心で熱かったですね。

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松嶋渉(まつしま・わたる)さん。山口県立萩商工高等学校、情報デザイン科長。2000年代初めからWebページ作成を教え始め、2008年に萩商工高等学校の情報デザイン科に赴任。授業ではSkypeやkintoneといったITツールを活用し、遠隔地や都心からメンターの授業を可能にしている

中村:学校外の人材を招いた授業は、めずらしいと思います。初めから順調に進んだのでしょうか?

松嶋:いやいや、初めは教員側に抵抗がありました。子どもたちが利用されるんじゃないかと、心配があったのです。学校はもともと閉鎖的な空間で、外部と何かをやる経験のない組織ですから。

中村:どうやって変わっていったんでしょうか。

松嶋:「萩LOVEはボランティアなんですよ」「志のある地域のボランティアの姿を子どもたちに見せるのはいいことじゃないか?」と説得しました。「まずはやってみましょう、ダメなら来年はやらないから」と。

先生たちの不安を消すために、1年目はほかの授業以上に労力をかけました。先生チームと萩LOVEとで毎回1時間以上打ち合わせをして、授業の準備をしていました。

生徒の学びが増えるなら、周りの力も借りる

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中村:そこまで時間や体力を使って、先生が得られる恩恵は何でしょうか?

松嶋:従来の授業で生徒に教えられる知識や技術は、先生個人の範囲を超えないんです。ほかの人の力を借りることで、その境界を超えていける

僕は自分で教えることにこだわっていません。結果的に生徒の学びになればいい、生徒の学びが増えてほしいと思うんですよね。人間を知るということも含めて。

中村:なんだか感動しますね......。生徒がうまく育ってくれればいいという考えですね。

松嶋:これはシンプルな方針なんですよ。子どもだって大人だって、おもしろくないことに時間を割くのはつらいではないですか。

働くこと、それをどれだけおもしろくするかが力のみせどころだと思っていて。自分1人でできないなら周りの力を借りようということなんです

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中村龍太。マイクロソフトを退職後、サイボウズ・ダンクソフト・農業と複数の職に就く「複業」を実践する。松嶋さんとは複業先であるダンクソフトで出会った。授業では生徒たちにアドバイスをするメンター役を担う

中村:先生は大変にはなりませんか?

松嶋:やることは増えますよ(笑)。たくさんの人とコミュニケーションが生まれますから、省エネはできません。

中村:マネジメントやすり合わせの労力が必要になってくるわけですね。なぜ、同じような取り組みが他の学校で増えないのでしょうか。チャンスはあって、それを生かせるかどうかの違い?

松嶋:もとから僕には、チャンスがあるなら外部の力を借りようという考えがあったのでしょうね。先生って教えるのが好きな人種なんですよ。自分が教えて生徒がわかることに喜びを感じる。

でも、総合実践やプロジェクトベースの授業になれば、それだけで子どもたちに社会性を持たせることは難しい。

中村:なるほど。

先生以外からのダメ出しが生徒を成長させる

松嶋:萩LOVEハイスクールでは、高校生が外部のプロのみなさんに対して、年間で3回プレゼンをします。クリエイターの方は自分の作品、例えば萩焼の器の写真などのクオリティにこだわるので、結構厳しいコメントをくれるんですね。それが子どもたちにとって、すごくよくて。

中村:プロの目で構図はこうした方が良いよとか?

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萩LOVEハイスクールは「萩LOVEと萩商工の高校生が協働でWebを作り上げていく熱血特別授業」として、高校生が萩市の魅力を取材し、ホームページの制作やサイトアップを担当している

松嶋:そうなんです。こういうのは先生が言っても実感が伴わないけれど、実際に社会に出ている人からの厳しいダメ出しは響く。失敗から学べるということです。高校生にもなれば、成功体験だけでなく失敗体験から学ぶことも重要かなと。

プレゼンも、年度始めの6月は下を向いて原稿を読むだけだったんです。でも11月の最終プレゼンでは、上を向いて自分の言葉で語れるようになるんです。

中村:確かに何度かプレゼンを聞きましたが、ものすごい勢いで上達してました。

ダメだったら直せばいい、優勝を目標に「無理ゲー」に挑む

松嶋:2015年、萩商工はデザイン選手権(以下、デザセン)へ参加しました。高校生の視点から社会の問題や課題を見つけ、世の中を良くするデザインを提案して競うものです。

これを萩でやってみたらどうなるんだろうと、以前から興味がありました。その年の生徒の様子を見て、デザセンを萩LOVEハイスクールのコンテンツにできると思ったんです。

中村:さらに大変になりそうですね。不安はありませんでしたか。

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松嶋:僕は一貫して、やってみてダメだったら修正すればいいじゃないというスタンスなんですよ。大変だからこそおもしろい。やってみなければわからないし、逆にやらずにわかることはやる必要がない。できるかどうかわからないところにワクワク感があるんです。

デザセンってレベルが高くて、倍率100倍です。しかも1校1チームしか参加できない。校内で作った13チームから1チームを選抜しますから、校内でも12チームは必ず負けることになる。

中村:厳しいなぁ!

松嶋:目標は優勝。要は「無理ゲー」です(笑)。でも、失敗のときに学びが一番大きいです。失敗する状況が一番大事だという僕の思いも、しっかり伝えたいと考えました。

最初、自分はデザセンをおもしろいと思ったが、生徒がついて来なかったんです。何のためにこれをやっているのか、何度も自分たちで問い、作りなおし、みんなならデザセンでよい取り組みができると伝え続けました。

結果はもちろん重要ですが、そのプロセスに価値がある。目標に優勝を掲げて、それに向けて努力することが目的です。切磋琢磨してそれぞれがレベルを上げて、目指すのはつまり全体での優勝だ、という。

中村:情報デザイン科の3年生全員がひとつのチームになったんですね。

高校生にロジカルシンキングを教えるには

松嶋:結果、1次審査は12チーム通りましたが、企画を練るときは難しかったです。問題解決の2つの大きな要素「マインドセット」と「ロジカルシンキング」をどう子どもたちに伝え、取り組んでいくかが葛藤でしたね。

メンタルコーチの方も協力してくれて、マインドセットはカバーできたんですが、ロジカルシンキングは難しくて、なかなかうまくいかない。

そこに龍太さんがメンターとして、サイボウズの問題解決メソッドを講義していただきました。それまでのデザセンのアイデアを分解していきました。

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問題解決メソッドとは、「問題」とは「理想と現実のギャップ(差)」を発見、ギャップを解消する課題を設定し、解決することで、理想に近づくことができる。サイボウズの全社員共通のフレームワーク

中村:問題解決メソッドがあると会話がしやすかったですよね。それまでは良し悪しでしか話ができなかった。特にリアルな場ではないkintoneのネット上でのコミュニケーションがスムーズになりました。

松嶋:問題解決メソッドのおかげで生徒がすっきりしました。どこにフォーカスして話せばいいかが明確になって、僕自身にとってもすごくよかった。

中村:デザセンは結果的に、1チーム入賞したんですよね。

松嶋:そうです、1247チーム中、初出場で。でも僕は結果よりもプロセスを重要視しているので、決勝でのやっつけられ方が爽快でしたね。ここが足りないと指摘されて、生徒もすごく成長したと思います。

最初のプレゼンはひどかったけど、外部の大人がいろんなアドバイスをくれるから、生徒も改善に次ぐ改善を経て思いがこもり、本気になってくる過程が見ることができました

人前で話すのが苦手で、ニコ生で放送されるのが嫌と言っていた生徒も、結果的に出場してプレゼンしましたからね。やってよかった。

中村:プロセスが良かったということですね。

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高校生が3人1チームで、問題・課題を見つけ解決方法を提案するデザセン。萩商工のチームは学生になじみが薄い政治をわかりやすくマンガで表現する『政治漫画アプリ「ポリコミ」』を提案し、初出場・初入賞を果たした(画像は全国高等学校デザイン選手権大会HPより)

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デザセンに初出場・初入賞を果たした赤木さん、鈴木さん、松浦さん(左から)。「問題解決について考え、提案するという経験を経て、自分の考えの伝え方を学ぶことができました」(鈴木)。メンターに対しては「困った時にアドバイスを下さる頼りになる存在です」(松浦)。後輩に萩LOVEやデザセンを勧めたいかを聞くと「絶対勧めます。実際体験しないと大変さやプレゼンが決まった時の嬉しさはわからないと思うので、ぜひ取り組んでほしいです」(赤木)

学生にはアウトプットの場がいる

松嶋:どういう体験をして何を学んだか。それをどれだけ持てるかが豊かな人生だと思うんです。実体験が一番重要で、自分が実感したことじゃないと次につながらないんですよね

中村:共感します。体を使っているじゃないですか。すると化学反応が違うんですよね。

松嶋:いまの文科省が子どもたちに身につけさせようとしているのは、思考力・判断力・表現力です。そのためにはアウトプットの場を少しでも持たせないと。

主体性、多様性、協働性の3つも、普通の高校の授業で教えるのは難しいですが、実際の仕事に落とし込んで教えることはできる。実社会に近い方が本当はおもしろいんです。

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チームワークの要素を書き出しながら、大切なことは「信頼」と話す松嶋さん

中村:なぜ文科省は、3つの力を持つことが望ましいと思っているのでしょう?

松嶋:社会で求められている能力を、学校へ持ってきているんですよね。経産省が「社会人基礎力」として提唱しているものです。一歩前に踏み出す力とか、考え抜く力、チームとして働く力など。横展開できる能力、チームとして生かせる能力ですよね。

中村:この3つって、今の日本社会の大人も身につけることが必要ですよね。

松嶋:それまで学校が社会とのつながり方を考えてなかったんですよ。学びとは一方通行で、立派な先生が教壇の上から教え授ける、みたいな。本当の主役は生徒なので、先生は黒子でいいんです。今までは先生が主役だった。授業で一番話しているのは先生ですからね。

社会とのつながり方を考えるようになったのは、少子高齢化が進んで日本社会の生産性を上げないといけないから。ようやく学校内にもそういうキーワードが出てきたということかな。

これからの教師には「教えるのをやめる」ことが必要

中村:これからの教師の理想像はどうでしょう。今、学校の先生は1人で授業受け持っていて大変だと思うんですが。

松嶋:2030年には、教師は完全に推進役になります。ですから、これからの授業は生徒が主役で、教師は黒子に徹する。「教える人が教えるのをやめる」というマインドチェンジが必要です

それから、学校の外部と触れ合って社会性を持ったほうがいいですね。ただシンプルに、勇気を持てということなんですよ。基本的に、先生はみんないいひとなんです。生徒のために変化することは結構できる。これからの生徒がどういう社会で生きていくか、そこを考えると勇気が持てるのかな。

中村:これからの生徒像を考え直すということでもある。これからの生徒たちをどういう生徒にしたいかですよね。

松嶋:双方向に変わらざるを得ないのかなと思いますね。

中村:外部人材とのチームをうまく回すために意識していることはありますか。

松嶋:基本的に信頼することです。すべてを管理しようとしても無理なので、信頼ベースで。うまくいかなくても次の改善を期待して、自分の理想を押し付けないようにしないと、外部の人材を入れる意味がないんです。その人の価値観を信頼してお任せする、そういう寛容性を持つことですね。

外部の人材を入れると変な人がいるかもしれないと心配する人がいますが、メンターには自分が直接会って、信頼ができる人を入れています。信頼ができない人はメンターに入れていません。

中村:続けていくためには信頼とゆるさが大事なんですね。

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松嶋:最初、萩LOVEハイスクールでもがっちり打ち合わせをしていたのは、先生の不安を取り除くためでした。コンセプトのデザインさえしっかりしていれば大丈夫。

中村:そうやって育った生徒たちに、地域へ残って貢献して欲しいと思いますか。せっかくの人材が地方から都会へ流れて、地方は人口減に喘ぐという潮流が大きいですけれども。

松嶋:いや、1度外に出た方がいいんです。人口よりも人生にフォーカスしたほうがいい。それで萩に帰ってきてくれたらベスト。

でも、住んでいなければ貢献していないということではない。貢献の仕方はいくらでもあるんですよ。

どこに行ってどう生きるかは自由でいいんです。子どもが力を持って生きていくことが大事で、大人が生き方を押し付けてはいけない。それを踏まえた上で、萩がどう魅力的になるかをみんなで考えるのは重要かなと思います。

中村:最後に今後の展望を教えてください。

松嶋:萩LOVEハイスクール2016はデザセンにもう1度チャレンジしたいとも思っているんですが、もっと萩にフォーカスして地域の人と協働してもよかったかなと感じているんです。次回は多様な人たちのチームを作っていけたらいいですね。

中村:僕からの提案として、サイボウズには問題解決メソッドの専門の社員がいますので、ぜひ1コマ授業のチャンスをください。

松嶋:ああ、次回ぜひお願いします!

文:河崎環/写真:尾木司

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本記事は、2016年2月26日のサイボウズ式掲載記事「これからの教育って、先生1人に任せ続けていいの?」より転載しました。