ネット選挙が当たり前になった時代のこれから

私たち有権者も、既存のあり方に固執することなく、次の時代に向けた政治、選挙のあり方をじっくりと考えていきたい。
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期日前投票の一般化

参議院議員選挙(以下、参院選)もすでに終盤に差し掛かるなか、候補者の演説も熱を帯びている。

投票日は7月10日ではあるものの、期日前投票も同時に行われており、すでに投票を終えた人たちも多いだろう。過去の衆院選では、大学構内に投票所を設置したことで20代の投票率が向上した事例もあり、大学などで期日前投票の投票所も各地で設置されるようになるなど、投票のハードルを下げる環境の改善が行われている。

期日前投票は2003年の改正公選法の施行で導入され、次第に認知も広がってきた。期日前投票が実現して最初の2004年参院選では、投票者数に対する比率 が12%ほどだった利用率も、前回の参院選では23.6%となっている。選挙を重ねるたびに、期日前投票における投票率も向上している。(参考:http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL02100104.do?gaid=GL02100102&tocd=00200236

選挙投票日以前に投票する有権者の割合が増えているということは、選挙投票日以前にどの政党、候補者に投票するのかを決めている、もしくは選挙がはじまってすぐに決断をしている有権者がいる、ということでもある。

明るい選挙推進委員会の調査によると、平成23年度の統一地方選挙において投票した有権者の約半数は選挙時に候補者が出揃った段階で誰に投票するかを決めているという。(参考:http://www.akaruisenkyo.or.jp/060project/066search/1273/

国政と地方選挙の違いはあるものの、投票の決め手をどこにするかは、投票の際に重要な要素となる。その重要な要素が、選挙が始まる前、もしくははじまってすぐに決まっているという現状は、それまでに議論が煮詰まるだけの材料を揃える必要がある、ということである。

日本は、アメリカのような長期戦の選挙ではないため、選挙という行為自体が身近に感じられづらいかもしれないが、かといって、政策課題を議論できないわけではないはずだ。否が応でも注目が集まる選挙期間ではなく、通常時における政策課題の議論をどれだけし尽くすことができるかが鍵となることは明確だろう。

「センキョ割」の一般化

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私も、ここ数回の選挙において期日前投票で投票してきた。投票時には投票済証(投票証明書)を投票所でもらうことができる。

投票向上や選挙への関心を向けるために、この投票済証(投票証明書)を活用した「センキョ割」を行う地域や自治体、商店街なども増えてきた。「センキョ割」は、投票を済ませた人が飲食店などで割引やサービスを受けることができる仕組みだ。これらの取り組みも、かつては投票日のみだったのが、いまでは期日前投票が当たり前になってきているなかで、選挙期間中に実施しているところも多い。

今回の期日前投票も、千葉では前回の2013年の参院選に比べて約1.4倍にまで利用者が増加したという。ネット選挙の実現によりネット上の情報発信とその量、また、誰に投票したという意思表示や、選挙期間中に自己の意思表示をすること、政策などへの問題意識を投稿する人も増えてきた。(参考:http://mainichi.jp/senkyo/articles/20160622/k00/00e/010/156000c

期日前投票という考えが広がり、投票率を押し上げようと自治体や地域の商店、学生の動きも相まって、投票日、期日前にかかわらず、投票を促す動きが出てきたといえるだろう。

また、商業施設など人が集まりやすい場所に共通投票所を設置する動きも増えてきた。6月19日施行の改正公選法により、同じ自治体に住む人であれば、誰でも投票できる共通投票所の設置が可能となった。今回の参院選では共通投票所は7ヵ所が設置された。数は少ないものの、今後、投票所を増やす取り組みは増えてくるようになるだろう。

投票日は一日だけでいいのか

選挙は、選挙期日(投票日)に投票所において投票することを原則(投票当日投票所投票主義)となっており、その考えに則った上で、期日前投票制度は選挙期日前であっても、選挙期日と同じ方法で投票を行うことができる制度だ。しかし、その制度が現代のライフスタイルにマッチしているか、という課題に向き合うべきだと考えている。

かつての一日だけの投票では、投票所に足を運ぶことが難しかったり、投票所の数の問題から行列になることを避けて投票に行かないという人たちもいた。日曜に投開票が行われることの多い各種選挙は、仕事や家族の都合で日曜に投票に行けない人、もしくは行きたくない人もいる。こうしたことからも、投票率アップにつなげるためには、投票日という一日だけの概念ではなく、「期日前」と名付けられた言葉の不自然さを払拭し、一定期間において投票する期間だと捉えるほうが一般的かもしれない。

今回でいえば「投票は7月10日ですよ、けど、事前にも投票できますよ」という伝え方よりも、「6月23日から7月10日まで自由に投票できますよ」という表現のほうが正しい。また、既存の制度においては選挙期間は同時に投票期間でもあり、7月10日は最終投票日、もしくは投票締切日、という名称のほうが正解だ。

言葉や名称によって概念が生まれ、新たな考え方や人の行動をデザインすることもできる。投票をその期間であればいつでも自由に行えることで、投票に対する向き合い方のハードルも下がってくるはずだ。現在においては、投票所が投票日と期日前投票が区分けされているため投票所が変わることがあるが、それすらも有権者にとってはわかりづらい。それらを解消し、言葉の意味として一元化・同一化することで、選挙期間、つまり投票期間であれば近くの市役所や公民館などで行える、というわかりやすい発信ができる。

こうした考え方は、投票へのハードルを下げたり投票率向上に向けた設計だけでなく、将来的にありうるかもしれない「ネット投票」にもつながってくる。すでに、ネット投票を実現しているエストニアでは、国民IDをもとに自宅のパソコン等から投票がでできる。特徴的なのは、投票の締切日時まで、なんどでも投票先を変更することができるのだ。つまり、最初はA候補に投票したけれどもその後にB候補に修正することができる。(エストニアの電子政府については『未来型国家エストニアの挑戦 電子政府がひらく世界』に詳しい)

投票が一回しかできないという考えではなく、何度でもやり直すことができるという前提にたち、その上で「投票締切がいついつまでですよ」と伝えるようになる。それらを踏まえて、選挙期間を通じて政策課題や議論が成熟させながら、より納得した投票を行うことができる。

もちろん、日本でそうした仕組みが導入できるかどうかはわからないが、時代にマッチした投票のあり方や、それらを踏まえた表現や名称にすることに意味はある。

ネット選挙解禁によって起きた変化

日本の選挙において、投票日以前に投票を済ます人が増えてくればくるほど、選挙期間だけでなく、普段から政策の議論を行い政治を考える場を作る必要性が高まってくる。各政党や候補者に対しても、選挙以前から活発な議論の場が期待されてくる。そこに、メディアがもつべき役割と存在意義がますます高まるばかりである。

2013年に実現したネット選挙の解禁は、公選法の抜本的解決になっていないという課題はあるものの、選挙期間においても、普段とかわらずにウェブサイトやソーシャルメディアを通じて情報発信やコミュニケーションが行える土壌ができたことは大きい。

もはや、どの政党や候補者も当たり前のようにソーシャルメディアを活用し、簡易的な動画中継サービスを通じて演説の様子を配信したり、リアルタイムでネット上の声を拾い上げ、その動向をチェックしたソーシャルリスニングをもとに演説の内容を修正したりするなど、政治の側が広報戦略に力を入れるようになってきている。

政治の側においては、広報チャネルの多様化、マルチメディア化に対応した戦略を求められており、政治の側がそれに着実に対応している時代の流れがある。そのための広報戦略が特に自民党は綿密に構築している様子が伺える。(このあたりは、西田亮介氏の『メディアと自民党』『マーケティング化する民主主義』などに詳しい)

また、総務省 インターネット選挙運動解禁に関する調査報告書においても、有権者がネット選挙運動の今後のに期待することとして、選挙期間中に限らない情報の発信を期待する声も大きい。(参考:http://www.soumu.go.jp/main_content/000293496.pdf

ネット選挙解禁によって通常時と変わらずネット上での情報発信が可能になった現在、より日常における政策議論や情報発信の重要性が増しているといえる。これはつまり、メディアの側がその現状をきちんと認識し、活動していかなければいけないことを示唆している。

ネット選挙時代のメディアの役割

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18歳選挙権が実現し、さらにさまざま政策議論において若者の政治の世界における影響力を高めようと、投票を促すための施策が増えている。しかし、「選挙へ行こう」とただスローガンを投げるだけでは意味がないことは誰もがわかっているところ。それよりも、具体的な政策の面において、分析や今後の展望を考えるための対話の場を作っていく必要がある。その役割として、メディアが果たすべき役割は大きい。

政局的な話題ではなく、事実報道だけでなくそこからさらに突っ込んだ議論やシミュレーションをするための情報提供の必要性が、ますます高まってきている。こうした政治の側の変化に対して、メディア側はあらゆる意味において後手にまわっている、といわざるをえない。

今回、参院選が始まる数日前に行われた、ネット事業者らによる「わっしょい!ネット選挙」主催のネット党首討論会に参加してきた。経済と憲法をテーマに各党2分のスピーチと挙手による質問、1時間弱という短い時間による対話、さらに司会者による諸問題などがあった。会場であるニコファーレの設備も有効活用しているとはいえず、ただ党首たちが話していくだけであれば、どこかの会議室でもできるレベルの会場の設えと言わざるをえない。

その後の選挙期間中においても、ドワンゴは各党首のネット第一声やマニフェスト特番、ネット政見放送、Twitter社はPeriscopeによる中継配信、ヤフー・ジャパンは「みんなの政治」で参議院選挙の特設サイトをつくるものの、そのどれもが意味ある情報発信やメディアになっているとは言いがたい。

もちろん、やらないよりはやったほうがいいかもしれないが、選挙直前や期間中にだけ、こうした大規模なイベントや企画は、全般的にみれば大勢に影響ない。一歩踏み込んだ議論や批評の場をセットし、そこから、選挙の争点などのアジェンダ・セッティングまで落とし込むべきではないだろうか。

対して、TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」では、各党の代表者をお呼びし、荻上氏らが各党のマニフェストや政党の考えに対して深く切り込んでいる。それぞれの政党の考えや論点の整理、各政党それぞれの考えを浮き彫りにするための議論が行われ、どれも聴き応えのあるものだった。こうした各党それぞれに時間を割いた上で、丁寧に切り込んでいくことで、より政策を理解できるようになる。

津田大介氏が運営している「ポリタス」も、参院選や都知事選に合わせてさまざま識者による考えを知ることができ、政策議論や政治のあり方を考えさせる内容になっている。原発問題や各種選挙時においてこうした情報を発信し、それらをメディアとしてきちんとアーカイブしてあることによる積み重ねに価値がでてくる。

また、この6月から7月にかけてはEUの英国離脱問題や舛添氏の辞任による都知事選が急きょ入り込んだことで政治の話題が分散し、参院選に深く切り込むことが難しくなってきた。日々、社会情勢が変化するなか、突発的なニュースが起きることで、選挙期間にもかかわらず、政策議論を推し進める時間やリソースが不足しがちだ。しかし、だからといって政治の話題に手を抜いていいとはいえないはずだ。

健全な民主主義を育むために

ネット選挙が2013年に解禁され、すでに3年。そして、今回の18歳選挙権。政治の世界が大きく変わるなか、メディアの側も政治との向き合い方、批評の仕方、報道のあり方も変えていかなければいけない。政治がメディアを使おうとするように、メディアが政治の側をきちんと使うための改革が求められているといえる。

投票率の向上や健全な民主主義を築くため、抜本的な公選法の改正に向けメディアの側から提案していく必要性もあるだろう。冒頭に述べた期日前投票の件もその一つにすぎない。18歳選挙の実現により、高校生や大学生でも投票が行えるようになったなかで、住民票の問題もしばしば話題に上る課題だ。住民票の問題は、選挙権の問題や日頃の住民税や住所確認など個人の身分証明のための公共的なサービスとも紐づく。引っ越しをしたせいで投票ができない、などという問題も起きてはならないはずである。他にも、供託金の問題も常に遡上にあがりながらもなかなか改善しない点である。

よく言われるように、公選法は増改築を繰り返した旅館のようであり、常連からしたら慣れたものであっても、若者やこれからの世代にとっては、使い勝手の悪いもので、時にはなぜそんなに非合理なまま放置しているのか、と揶揄されるほどだ。

もしも、「わっしょい!ネット選挙」が、そこで掲げているようにネット選挙時代の有権者や選挙候補者とともに盛り上げる、という目的が本当にあるのであれば、健全な民主主義を育む訴えをしていくことこそ、本質的な「ネット選挙時代の選挙を盛り上げる」ための施策ではないだろうか。

政治の問題をより身近に感じさせるためのメディアの役割、そのための常日頃からの情報発信や、各事業者が連携してメディアの側から政治の側に積極的にアプローチをし、選挙のあり様含めた公選法との向き合い方や、政策議論や政治に対する問題提起を行わなければいけない。

政治の世界にデザイン思考を

「次の時代の当たり前をつくる」− 時代が変化するにつれ、仕組みや制度も変化する。政治の世界の制度も変化を許容していきながら、時代に合った形が求められるはず。それが60年以上前の制度から抜本的に変わらず、増改築を繰り返したばかりに、条文それぞれに矛盾が生じていることも多々ある。

衆議院と参議院の違い、小選挙区や比例区、拘束名簿式などの当選のためのルールなど、二院制による違いをより明確にするための選挙区をどうデザインするかなど、議論するべきテーマは山ほどある。もちろん、議論によっては一院制というあり方もある。どういう政治のあり方であるべきか。未来に向けたルールメイキングと、それに向けた制度のアップデートをしていかなければいけない。

政治の世界は、私たちの税金で成り立っている。だからこそ、ユーザーである私たちにとって最適なデザインがされてなければいけない。選挙の方法、投票という行為、投票所などのインターフェイスなど、政治の世界におけるデザイン性を考えることが今後求められてくる。

誰のための政治か、なんのための政治か。政治の側だけでなく、そこに向き合うメディアの側も、そのあり様と振る舞いが求められてくる時代にあることを、今一度考える必要がある。

政治が私たち有権者との距離を近づけるためにも、メディアがその役割を自覚し、次の時代の当たり前を作るための提案をしていく必要性を訴えると同時に、私たち有権者も、既存のあり方に固執することなく、次の時代に向けた政治、選挙のあり方をじっくりと考えていきたい。