福井地方裁判所の裁判長に、心からのキスを!

「運転によって人格権が侵害される具体的な危険がある」と、大飯原発の再稼働を差し止める判決を出した福井地裁の樋口裁判長に、心からのキスを贈ります。
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「運転によって人格権が侵害される具体的な危険がある」と、大飯原発の再稼働を差し止める判決を出した福井地裁の樋口裁判長に、心からのキスを贈ります。

22日の朝刊はどの新聞も一面トップ。久しぶりに読む価値のあるトップ記事だった!

「大飯原発は地震の際の冷却機能や放射性物質の閉じ込め構造に欠陥がある。」

と、もはや常識ともなっている論拠だが、福島第一原発事故以降初めての司法による差し止め判決。これは素晴らしい一歩だ。

2012年の7月にこの大飯原発3・4号機が再稼働。これが事故後初の再稼働だっただけに反対運動も大きかったが2013年9月15日に定期検査に入った。

この日以来日本の原発はすべてが停止している。

今、鹿児島の川内原発再稼働に向かって国は急いでいるが、ここは火山帯の上であることで噴火のリスクに議論が集まっている。

どう考えても再稼働に道がつくはずがない。と感じているけど、国側は意地でも動かそうとしてくるのだろう。

そこで、今回の判決の中で大きいのは、半径250キロ圏内の住民の人格権にまで踏み込んでいることだ。

「多数の人の生存に関わる権利と、電気代の高低の問題を並べて論じるような議論に加わること自体、法的に許されない」

この指摘こそ、これからの原発論議の焦点にしていかなければいけないと思う。

再稼働の承認の可否を決める権利は原発立地自治体だけじゃなく、被害想定地元の自治体にも認められるべきだ。と滋賀県知事の嘉田由紀子さんらが奮闘して来たけど、それすら認められていない中で、250キロ圏の住民の生存権に言及したことはとても大きなことだ。

この「250キロ圏」の根拠は、福島第一原発事故で住民避難が検討されたエリアだから。

と言うことになると、本当はどこまでが安全なのかという重大な問題にも発展する。

この数日、大きな波紋を呼んだ「美味しんぼ・福島の真実」の中でも、国がいう「安全」が現実とあまりにもかけ離れていることによるたくさんの問題が描かれた。

賛否両論の寄せられたビッグコミックスピリッツ最新号はとっても読み応えのある論争の場になっており、これまでまともに向き合われてこなかった放射線と健康被害についての深い指摘もいくつかあった。

この中で深く心に残ったのは広島、長崎の原爆投下後の医療現場に立って来た医師、肥田俊太郎さんの言及。

彼は、福一の事故後、日本全国で鼻血や下痢の症状を訴える人を見て来たと言い、「アメリカやイギリスまで福島原発事故による放射線は拡散したのだから、日本全国に被害が及んでいることは十分考えられる。」と。

そしてその中で1972年にカナダのアブラム・ペトカウという学者が発表した「ペトカウ理論」について書いています。

「高線量の放射線を短時間放射するよりも、低線量で時間をかけてゆっくりと放射した方が細胞を破壊する率が確実に上がる。」

この事実をペトカウは実験で証明したが、低線量による内部被曝を隠したいアメリカが押さえ込んだため一般の人には知られずに終わった、と言うのだ。肥田医師はどんな微量の被曝でも影響を受ける可能性もあり、個人差があるので、絶対安全な基準などはないと断言しています。「放射線に無縁である事が鉄則だが、少なくともある程度の放射線が計測される地域からは、放射線の影響を受けやすい子供達を強制疎開するべき。」とも。

「今からでも遅くないからやるべきです。」

この一言に胸が詰まります。福島に住んでいる人達に本当の支援の手を差し伸べるためには、国や県の安全神話の見直しを冷静に要求して行くことではないでしょうか? あまり効果が期待できないばかりか、作業者の健康被害が心配される除染に、巨額のお金を投じるよりも、地域や学校やスーパーマーケットなどで食品の放射線量を測る機械を配置したり、農産物への放射線吸着を減らす研究、生鮮物の残留放射線量を簡易に測れる装置の配備、県外に移住の希望者への支援、帰還できない地域を新しいエネルギー創造の基地にして行くなどのビジョンを話し合って行くこと、など民間ではもう待ちきれずに始めていることでもあるでしょうが、こうしたことに前向きに取り組める福島を作って行くことだと思います。(「美味しんぼ」に作者が「福島の真実」で丹念に書いて来たのもこのことだったのでは?)

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そして福島第一原発による被災だけではなく、私達は全国の原発事故による被曝の危険に常にされされていることを頭に入れておく必要があると思います。何らかのことで電源喪失するリスクは大変高いですから。福島でのことは、福島の人達だけの問題ではなく、日本全体の問題だということを、改めて強く感じるいい機会にして行きたい。