ふたば未来学園

6年が経った。もう一度、「福島を忘れていないか」と自らに問いかけたい。

明日で3・11から6年を迎える。

先日、ふたば未来学園高校の演劇を見てきた。これまでレベルの高い高校演劇の作品は何度か見てきたが、今回ほど涙した作品はなかった。震災と原発事故以降の高校生の心境を描いた「数直線」という作品は、彼らの実体験に基づいている。高校生ならではの弾けた会話や躍動感の合間に、県外に避難した時のイジメの体験、県外から入学してきた高校生との断絶、震災による友人との別れなど、高校生たちが言葉にするには辛すぎるシーンが入ってくる。

私が閣僚として毎週のように福島県を訪問していた当時、福島県の浜通りに新しい学校を設立する計画が持ち上がった。国立でとの声もあったが、福島県の意向で県立の中高一貫校となり、国が全面的にバックアップすることになった。募集開始は2015年度の高校一年生から。多くの住人が避難した浜通りに設立されるため、当初は希望者が集まらないのではないかと懸念された。

現実に、当時の浜通りにあったほとんどの高校は、現地に残った学校も避難先に移った学校も生徒が集まらず、休校を余儀なくされる状況にあった。しかし、復興のシンボルとしての期待感と先進的な教育の導入を掲げた結果、募集人数を大きく上回る応募があり、定員を増やしてスタートすることになった。現在、一年生と二年生が双葉郡広野町で学んでいる。

設立の経緯からして、彼らにとって、震災と原発事故を演じるかどうかは、宿命的な課題なのだ。途中、震災をテーマにするなら演劇部を辞めたいという一年生が出てくる。二年生の部長は説得する言葉を発しないまま、そのシーンは終わる。実際には、その一年生は、次の公演まで、次の公演までと言いながら、東京公演まで続けてきたということだった。

彼らは、普通の高校生ではありえない過酷な経験をしてきている。見るものの胸を打つのは、つらい経験を伝える責任を若い彼らが全うしようとしているからだろう。同じ高校2年生の娘を持つだけに、その姿が実に切なく感じられ、率直に凄いことだと思った。彼らの中から、間違いなく福島の未来を担う人材が誕生するだろう。

政治家として関わったシーンがいくつもフラッシュバックしてきた。最初の避難先から、原発事故の影響でさらに避難を余儀なくされた高校生もいた。的確に避難先を示すことができなかったのは、政治の責任だ。

あの時、官邸や東電本店で私は何をしていただろう。「偉い人」が黒塗りの車に乗って避難所を訪れた際、不自由な生活を送る避難者がSPによって移動を制限される。閣僚の時、避難所の実情を知り、被災者の方々の話を聞こうと何度も避難所を訪れた。なぜ、私は「避難している人たちに迷惑をかけるな」という一言を言えなかったのだろう。多くの観客が涙していたのは、それぞれの中に残っている3・11以降の記憶が呼び起こされたからだろう。

ラストシーンでは、高校生たちが数直線の上に並ぶ。あの3・11の時点に立つ高校生もいれば、「今」の時点に立ち未来を語る高校生もいる。彼らが語る思いは様々だが、共通しているのは、小学生だった彼らが、あの時から原発事故と向き合い続け、過酷な経験を乗り越えて成長してきたことだ。6年が経った。もう一度、「福島を忘れていないか」と自らに問いかけたい。