10年後も続く都市キャンペーンのつくり方

2004年にアムステルダム市が開始した都市キャンペーンは、まさに市民・観光客といった地域・都市に関わる人たちの気持ちのデザインに成功しています。
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「街づくりをしよう!」、「地域活性化のために」「地方創生へ」そんな言葉がここ数年で至る所で聞こえてくるようになりました。

しかし、その大部分が観光や地域の目玉となる建築物を建てようといったハード面が先行して語られることが多く、地域住民や観光客の気持ちといったソフト面に関しては後回しにされがちです。

もちろん、ハード面での都市開発やまちづくりも非常に重要ですが、その都市や地域への愛着や誇り、関わりたいという気持ちであるソフト面が、都市や地域の雰囲気やイメージを作っていくと思います。

10年以上続く都市キャンペーン「I amsterdam」

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2004年にヨーロッパの都市アムステルダム市が開始した都市キャンペーン「I amsterdam」は、まさに市民・観光客といった地域・都市に関わる人たちの気持ちのデザインに成功し、10年以上経った今でも地域に根付いています。

都市キャンペーンとして、アムステルダムが成功した理由は何だったのでしょうか?今回の記事では、実際にアムステルダムに赴き、同キャンペーンを企画・実施したコミュニケーション・エージェンシー「ケッセルスクラマー」にインタビューをさせて頂いた内容をご紹介します。

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-キャンペーンを行うことになった背景にはどのような課題がありましたか?-

アムステルダムは世界の都市の中で、「住みたい都市ランキング」や「訪れたい都市ランキング」、「魅力的な都市ランキング」において徐々にランキングを下げていました。

危機感をもったアムステルダムは、2003年から観光や移住に関することだけでなく、政治的施策やその他あらゆる分野のプロジェクトを展開するにあたって他都市とのポジションを差別化していくために、4年ごとの長期的なマーケティング施策を実行すべくアムステルダム・パートナーズを設立しました。

そして、アムステルダム・パートナーズはコミュニケーションの領域から課題を解決するために、弊社を含む3社に指名コンペを持ちかけました。

コンペにあたって、私たちが都市キャンペーンとして参考にしたのは、多くの人がご存知の「I ♡ NY」です。その上で、「I amsterdam」というコンセプトを思いつきました。しかし、驚いたことに、コンペにおいて3社のうち弊社を含む2社が「I amsterdam」というコンセプトで提案してしまいました。(笑)

けれども、私たちはすでに「I amsterdam」の商標登録や「iamsterdam.com」のドメイン取得もしており、最終的に同案件を勝ち取りました。

もちろんそれだけが理由で選ばれた訳ではありません。アムステルダムの認知度やイメージを向上させるために必要なアイコンを考えたときに、まず壁にぶつかりました。

-都市のアイコンを考えるときにぶつかった壁とはなんだったのですか?-

気づいたのですが、アムステルダムには他の都市と比較して勝てるものがありませんでした。ハード面である建築物を比較したときに、アムステルダムは他の有名な都市に比べて突出したアイコンとなるものがありませんでした。一つ一つ他の都市と比較しながら見て行きましょう。

例えば、下の写真はアムステルダムの有名なカフェシアターなのですが、、、

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シドニーには勝てません。

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アムステルダムで有名な橋を見ても、 、、

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サンフランシスコには勝てません。

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アムステルダムで有名な時計台を見ても、、、

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ロンドンには勝てません。

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もちろんアムステルダムにはホスピタリティ溢れる誇り高き場所もありますが。(笑)

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そこで、他の都市と比較したときに際立つ建築物(ランドマーク)がなければそれを建築するのではなく、アムステルダムに住む人、来る人をアイコン(都市イメージ)としたコンセプトにする必要があるのではないかと考えました。その結果、「I amsterdam」というキャンペーンフレーズに決定したという背景にはありました。

そして、「I amsterdam」という言葉から分かるように、アムステルダムに住む人、来る人、関わる全ての人がアムステルダムを表現する存在であるというメッセージを含んだキャッチコピーとして都市キャンペーンを展開していくことになりました。

-キャンペーンはどのように展開されましたか?また市民の反応はどうでしたか?-

都市キャンペーンを開始した1年目の市民の反応は、正直非常に否定的でした。「またいつものように市がお金の無駄遣いをしている」と感じる市民が多く、さらに「自分たちを広告にするのは止めてくれ」と思う市民もたくさんいました。

しかし時間をかけてキャンペーンを展開することで、「I amsterdam」を非常に気に入ってくれるようになりました。さて、同キャンペーンがどう展開されていったのかのお話をします。

まず1年目は「写真集」の作成と「エキシビジョン(展示会)」を開催しました。

写真集に関しては、20人の写真家がそれぞれ考える「アムステルダムの人」の写真を撮影し、写真集をつくりました。そして、アムステルダム市長が各都市を訪問するときに現地で配布し、それと同時に写真展も各都市にて開催するというプロモーション戦略を考え実行しました。結果、アムステルダム市外での評判を高める取り組みとなりました。

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また、市民や企業が「I amsterdam」のロゴを無料で使えるようにしました。もちろん、無料で使えるようにしていても簡単には使ってもらえません。そこで、まずは「どうやってこのロゴを使うことが出来るのか」こちらから提案してあげることが重要であることに気づきました。そのときのポイントが、「I amsterdam」のロゴをいわゆるラベルデザインとして使えるようにしたことです。

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上の写真を見て頂くとわかりますが、「I amsterdam」のロゴを入れるだけで違和感なくポスターになるのです。そして、市内の交通パスや観光協会のお土産品、公共施設にて展開し始めました。すると、興味深いことに徐々に市民や企業、市民団体が「I amsterdam」のロゴを使い始めました。

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-キャンペーンはどのように広がっていきましたか?-

他都市での写真展に加え、併せてメディアにも露出するような仕掛けを用意しました。例えば、サンフランシスコ市長とのイベント参加時に「I amsterdam」のロゴの入ったバルーンを用意することで、新聞の一面にロゴが掲載されました。

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さらに、当時のオバマ大統領やプーチン大統領が参加したイベントの風景をポスターで作成したり、世界中からアスリートが参加する国際マラソンレースにて「I amsterdam」の立体ロゴを移動させて中継映像の中に露出することで、世界的な都市として再認識される取り組みを実施しました。加えて、Google mapで検索すると「I amsterdam」の立体ロゴが表示されるようにもなりました。

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ここからはアムステルダム市内での盛り上がりが加速していきます。公務員ストライキのときには公務員が「I ambtenaar (私は公務員だ)」のTシャツを着用。「公務員である前に、私はアムステルダムの一員でもある」という主張を始めました。

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また、あるアムステルダムのホームレスたちは「I amsterdam, too」というTシャツを着て、「ホームレスであっても、私もアムステルダムの一員だ」という表現を始めました。

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さらに、ゲイ・パレードの日、彼らもアムステルダム市民の一員であるというメッセージを伝える取り組みを広場前の立体ロゴで展開。ヨーロッパを賑わすニュースになりました。

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このように市民の中で「I amsterdam」、アムステルダムの一員であることに誇りや愛着を持ち、アムステルダムが好きになる、アムステルダムに関わりたくなる気持ちが作られていきました。結果、観光、移住、政治といった幅広い分野でアムステルダムの取り組みが進めやすい雰囲気がつくられていきました。

「I amsterdam」をマーケティングの視点を持って紐解く

今回のインタビューでは、「I amsterdam」のロゴを無料で配布すると市民が勝手に使ってくれた、そして勝手にそれが拡散されたと感じた方もいらっしゃるかもしれません。

素晴らしいロゴを作れば世の中に広がるだろう。そう思いロゴデザインに多額を費やし、それがどういったシーンで使われ、世の中に浸透していくのか、そのコミュニケーションデザインが二の次になることが多々あります。

今回の「I amsterdam」のロゴも、「Webサイト等で無料配布してるよ!」と告知したところで反応してもらえなかっただろうと思います。だからこそ、市内のメトロカードやポスター、自動車等にロゴを掲載し、市民のクリエイティビティを啓発する種まきを始めました。

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結果、市民の間でロゴの認知度が向上し、徐々に親しみを覚え、公務員、ホームレス、企業といった自分たちの立場にあったムーブメントとして広がっていったと考えられます。

また、同キャンペーンは市民が無料でロゴを使用できるという点で「くまもん」と同じ著作権フリーの事例なのではないか、と考えるかもしれません。しかし「くまもん」と「I amsterdam」は使いたい心理的欲求が異なる著作権フリーの事例だと言えます。

くまもんの場合は「くまもん自体が可愛いいから使いたい」や「くまもんが人気だから使いたい」、「くまもんをお土産のパッケージにすると売れる」というくまもん主語の欲求から市民が利用し始めました。そして、くまモンをきっかけとして熊本県民が地元に愛着や誇りを持つきっかけをつくりました。

一方、「I amsterdam」の場合はロゴに焦点がいくものの、「I amsterdam」の背景にいるアムステルダムの市民や都市景観が主役となるコミュニケーション設計に落ちています。その結果、市民自身や都市景観がアムステルダムを体現するデザインとなりました。そして、アムステルダムに対する愛着や誇りがつくられるきっかけが生まれました。

しかしそれでも、市民がいきなりロゴを使い始めるとは言いがたいです。

そこで、同時にケッセルスクラマーは、「ソトの人たち」に認めてもらうことが都市の誇りや愛着を高めること繋がることに気づき、下記図のように市内でのコミュニケーションデザインに加え、市外へのPR活動を行ったと考えられます。

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写真集やエキシビション、著名人や政治家とのコラボ、世界的イベントでの露出といったPR活動により、ソトの人たちがアムステルダムの取り組みを認め始めました。また、アムステルダムに来たことが分かるシンボリックなお土産としてポスターやマグカップも作られ、観光客にも親しまれるようになりました。そしてそういったソトの空気が中に入ってくることで、徐々に市民の人たちも「I amsterdam」のロゴを気に入りだし、町中で使い始めたと考えられます。

つまり、都市・地域内でのコミュニケーションデザインと都市外での戦略的PRが合わさることでその都市への愛着や誇りが育まれ、結果として、その愛着や誇りが都市のイメージとしてソトににじみ出ていきました。

今回、取材にアムステルダムに訪れたときに一番驚いたのは、10年以上経った今でも「I amsterdam」のロゴが町中で散見されたことです。そこまで「I amsterdam」のロゴが市民にとって当たり前の存在になっていました。

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自分の地域・都市には本当に何もないのか?

ケッセルスクラマーのカミエルさんが言う「アムステルダムには他の都市と比較して勝てるものがありませんでした」という言葉は、多くの地域・都市の人が痛感することだと思います。「自分の地域には何もないから」と、どの地域でもそう思ってしまう人がたくさんいます。

けれども、その地域・都市を構成する市民に焦点を当て、その地域を深堀し、編集し直すと、新しい地域の価値を市民とともに伝えていくことができるのではないかと思います。今回のアムステルダムの事例はまさに、市民に焦点を当て、その地域を表現していくことでアムステルダムという都市を作ってきたまちづくりの事例だといえます。それは、下の写真のようにアムステルダム市内の工事現場でも垣間見ることができました。

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都市・地域は誰のためにあるのでしょうか?そこには、世界共通の「答え」があると思います。今回のインタビュー内容が、少しでも多くの地域で活躍する方々の参考になり、その地域独自の取り組みとして根付いていければこれほど嬉しいことはありません。

謝辞:今回取材の時間を割いてくださったケッセルスクラマーのカミエルさんに心から感謝するとともに、今回オランダアムステルダムの取り組みをご紹介頂き、さらにご相談に乗ってくださったプロジェクトエディターの紫牟田伸子さんにも感謝の気持ちをここで伝えたいと思います。