BPOが指摘したNHKの内部調査の甘さは"権力とのなれあい"のせい?

BPOからの「放送を守りたい」という危機感と怒りが伝わって来る。

BPOの放送倫理検証委員会がNHK「クローズアップ現代」の”やらせ問題”を審査した結果に公表した「意見」。

4月28日に出されたNHK内の調査報告書の「甘さ」を指摘する内容になっている、

ということは以前の原稿で指摘した。

平たくいうなら、NHKが自分で調査して、作為的な演出や不十分な点があったことを認めつつも「”やらせ”はなかった」と強弁し、「これで勘弁してほしい」と世間や監督官庁などに頭を下げて「一件落着」のようにしていたことに対して、

BPOが「それは甘すぎる! 会社がそんな認識だったら再び”やらせ”が起きる!!」と叱責したのが今回の「意見」だ。

BPOは”やらせ”かどうかについて直接言及はしていないが、「重大な放送倫理違反」があったと表現し、BPOとして最大級に深刻な事例だという認識を示している。

さらに”やらせ”かどうかに関するNHKのガイドラインと一般の視聴者の「乖離」を指摘した。

これも平たくいうならば、

こんなひどい放送が”やらせ”じゃないと言える現在のNHKのガイドラインはザル法じゃないか!と怒っているに等しい。

そう。BPOの文章はひどく怒っている。

”やらせ”をやった記者に。

その”やらせ”に疑問を持ちながらも、「自分の仕事じゃないし・・・」と縦割り主義に遠慮して大きな声をあげて「おかしい!」と言わなかったディレクターやカメラマン、音声マン、編集マンらに対して。

さらにその記者が敏腕記者だと信じて、まったく疑いの目を向けずチェックできなかったプロデューサーやデスク、チーフ・プロデューサー、エグゼクティヴ・プロデューサーさらに編集責任者、部長や局長らに対して。

「これはテレビ制作の仕事を少しやった人間なら、絶対におかしいと気づくはずだろう?」と怒っている。

今回の「クロ現」の審査そのものにBPOの放送倫理検証委員の一人で、映画監督でテレビディレクターの是枝裕和さんがかかわったのかどうか私は知らない。知らないけれども、今回の「クロ現」は是枝さんのように、テレビの、しかもドキュメンタリーの取材をしたことがそれなりにある人間だったら、違和感を抱いたはずの映像ばかりなのだ。

だからきっと、是枝さんはNHKの現状に対して、怒ったことだろうと思う。

で、是枝さんも他のBPOの委員たちも「救いがない」と一番、呆れたに違いないことは、NHKが籾井勝人会長の指示の下で内部で調査した結果の「調査報告書」が”大甘”だったことだと思う。

あの番組について「やらせはなかった」と言い切ったNHKの調査報告書。

それを公表することに同意した理事たちや籾井会長に対して、私も制作者のはしくれとして怒りを覚える。

内部調査をしてみたら、一部「過剰な演出」等がみつかったが「関係者を処分して今後は気をつけます」として視聴者や監督官庁の総務省、さらに与党・自民党などに示して決着をはかったような調査報告書。

でもBPOが改めて調査してみたら全然、なっていない。

会社がこんな感じたから、”やらせ”取材を実行した記者も、見抜かなかった他のスタッフや上司たちも同罪だ、といわんばかりの強い内容がBPOの「意見」からは読み取れる。

BPOの「意見」は最後の方で、総務省や自民党による政治的圧力を公然と批判し、放送の自律を求めている。

当委員会は、この機会に、政府およびその関係者に対し、放送の自由と自律を守りつつ放送番組の適正を図るために、番組内容に関しては国や政治家が干渉するのではなく、放送事業者の自己規律やBPOを通じた自主的な検証に委ねる本来の姿に立ち戻るよう強く求めるものである。

また、放送に携わる者自身か干渉や圧力に対する毅然とした姿勢と矜持を堅持できなければ、放送の自由も自律も侵食され、やがては失われる。これは歴史の教訓でもある。放送に携わる者は、そのことを常に意識して行動すべきであることをあらためて指摘しておきたい。

出典:BPO放送倫理検証委員会 NHK”出家詐欺”報道に関する意見

さらにNHKの調査報告書が出たタイミングの不自然さについても書いている。

2015年4月28日、総務大臣はNHKに対し、『クロ現』について文書による厳重注意をした。番組内容を問題として行われた総務省の文書での厳重注意は2009 年以来であり、総務大臣名では2007年以来である。NHKかが調査報告書を公表し た当日、わずか数時間後に出された点でも異例であった。

出典:BPO放送倫理検証委員会 NHK”出家詐欺”報道に関する意見

「わずか数時間後に出された点でも異例」

この表現にBPOの委員たちの「思い」が込められている。

つまり、4月28日にNHKが公表した「調査報告書」なるものは、総務省や自民党有力議員らと「すりあわせ」をしながら、まとめられた疑いがあるのである。そのことはBPOは今回の「意見」でにじませた。

会話を想像すると、こんなやりとりかもしれない。

「うちの今回の調査報告書はこんな感じの表現で・・・」

「ま、いんじゃない。とにかく反省の言葉を並べて・・・。そっちが調査報告書を出した後にうちは厳重注意を出すよ」

それでなければ総務省によるNHKへの厳重注意が、NHKがまとめた「調査報告書」の直後になるという「異例」のタイミングになるはずがない。

BPOの「意見」は、そこまでも踏み込んで「異例」という言葉を使っている。

総務省の厳重注意とタイミングを合わせたNHKの調査報告書、つまり、総務省や与党がある意味、是認したものといえる調査報告書は、BPOのその後の調査や審査で実際には「甘い」内容であることが判明した。

しょせん、政治家や役人たちには放送倫理が何たるかが実感としてわかっていないのだ。

権力にまかせると、結局は「なあなあ」のいい加減な仕事しかしないという典型例だろう。

それを先取りして穏便にしようと手を回す局の内部の官僚のような人たちも同様だ。

「餅は餅屋でー」。

「放送倫理のことは放送倫理の専門家集団であるBPOでー」。

言外にこうしたBPO側の”矜持”がみえる。

政治や公権力が介入することは放送倫理をますますダメにして放送そのものをダメにしてしまう。

放送倫理は放送局の自律でー。

そのことを身をもって示したBPOの歴史的な「意見」だったと感じる。

是枝さんの、それぞれの委員たちの、放送を守りたいという危機感と怒りが伝わって来る。