2014年ノーベル賞自然科学系3賞の結果から思うこと

自然科学系の3賞のうち、今年は物理学賞について3名の日本人(より正確に言うなら、2名の日本人と、1名のアメリカ国籍を有する日本出身の方)が受賞され

本日はノーベル文学賞の発表があって、残念ながら村上春樹ではありませんでした。ものすごく好きという訳ではないのですが、彼は自分でも翻訳を手がけているので、自分の作品が翻訳されて世界中で読まれることを最初から想定した文章を書いているという点において、ノーベル賞を取れるのかどうかが興味深いと思えるので。

さて、自然科学系の3賞のうち、今年は物理学賞について3名の日本人(より正確に言うなら、2名の日本人と、1名のアメリカ国籍を有する日本出身の方)が受賞され、これで19名となってオランダより多くなったはずですが、人口を考えれば、ドイツの健闘が著しいですね(図は下記のサイトより引用)。

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Here's A Beautiful Visualization Of Nobel Prizes By Country Since 1901

LEDを利用した青色発光ダイオードは、確かに街中にあふれているので、たまにはそういう「わかりやすい」ノーベル物理学賞も必要だったのかもしれません。

ここ10年くらいの生理学医学賞と化学賞は、どっちがどっちなのか、というところもありますが、今年の化学賞が「超高解像度の蛍光顕微鏡技術の開発」に対して授与されたのは、2008年に下村脩先生がオワンクラゲから緑色蛍光タンパク質を発見して、それが世界中の研究室で分子や細胞の標識に用いられるようになったことと類似の方向性のように思います。下村先生が発見したのは、1つの分子でしたが、その価値は、マーティン・チャルフィーおよびロジャー・チェンによる遺伝子操作技術と合わせて広い応用面があったことによって高まったものでした。1993年のキャリー・マリスも、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)という、これまた分子生物学の研究室であれば、どこのラボでも日常的に行う技術の開発です。

分子の構造決定に用いられるX線回折法は、例えば1962年のジョン・ケンドリューによるヘモグロビンの構造決定にも用いられましたが、1964年のドロシー・ホジキンがペニシリン、ビタミンB12、インシュリン等の構造決定を行ったことで受賞対象になりました。比較的新しいところでは、2003年のロデリック・マキノンがカリウムチャネルの構造決定によりノーベル化学賞を授与されました。同様に、高分解能NMR技術の開発により、1991年にリヒャエル・エルンストが、なぜか田中耕一さんと同じ2002年にクルト・ヴュートリッヒが(再度?)NMR技術で授賞していますね。

つまり、有用な、汎用性の高い技術開発は受賞対象になる確率が高いと思います。

今年の生理学医学賞は「脳内の位置把握に関わる細胞の発見」に対して、ジョン・オキーフ博士、メイ=ブリット・モーゼル博士およびエドワルド・モーゼル博士に 与えられました。昨年、2013年は小胞輸送、2012年はリプログラミング(初期化)、2011年は自然免疫と、神経系での授賞は2004年のリチャード・アクセルとリンダ・バック以来、10年ぶりということになります。

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オキーフ博士が1970年代に提唱し始めたのは海馬の中に「場所細胞 place cells」が存在するということでした。二次元空間の特定の位置をラットが通過するときに、海馬の中の特定の細胞が発火するという発見は、当時、斬新なものとして受け止められたことと思います。

「記憶における海馬の重要性」という意味であれば、オキーフ博士とともに、有名な患者HMについての報告を行ったカナダのブレンダ・ミルナ−博士 (右の画像は、Wikipediaから拝借。TEDxMcGill2011のときのもの)が共同受賞となる、という選択もありえたのではないかと思います。

委員会はそうではなくて、モーゼル夫妻を共同受賞者にした訳ですが、彼らは海馬と繋がっている嗅内野という部分に着目し、場所を認知してナビゲーションする細胞が、六角というか三角というか、そういう格子状に並んでいるらしいことを突き止め、そのような細胞にgrid cellsという名前を付けたのでした。

ちなみに、オキーフ博士は2012年に仙台を訪問されていました。「脳と心のシンポジウム」という国際シンポジウムで講演され(残念ながら所用により聞き損ねましたが)、その後、松島などを訪問されたようです。(松島遊覧船でカモメにはしゃぐオキーフ先生の画像は東北大学電気通信研究所の坂本一寛さんのFacebookから借用させて頂きました)

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場所の認知とその記憶、そしてその想起は、まだ二次元から三次元に理解を広げる必要があると思いますが、個人的には四次元に繋がる「時間の認知・記憶・想起」が面白いと、ずっと思っていました。すでにイムノグロブリン遺伝子の組換えによりノーベル生理学医学賞を授賞されている利根川進博士は、理化学研究所・脳科学総合研究センターのセンター長でもありますが、マサチューセッツ工科大学(MIT)にも研究室を持っておられ、海馬の機能についての研究を展開されていますが、直近でScience誌に発表された論文 では、時間の記憶に関わる特殊な細胞が嗅内野にあるのではと考え、この細胞群を「島細胞 island cells」と命名しておられます。ちなみに、この論文の筆頭著者は北村貴司さん です。

時間の認知・記憶にはいろいろな単位があります。東北大学の虫明元教授らは、運動の制御という観点から秒単位の時間を測る細胞が大脳皮質の運動野の一部に存在しているという内容をNat Neurosci誌に発表 されました。私自身はもう少し長い単位の時間の認知・記憶に興味を持っています。例えば、カケスは4時間前に隠した餌と、124時間(つまり5日以上前)に隠した餌を区別して覚えているということが報告され、鳥も過去についてのエピソード記憶を持つらしいと考えられています(Clayton & Dickinson, Nature, 1998 )。では、未来についての時間感覚はどうなのでしょう? 子どもが小さいうちは、「明日」くらいしかわからないのに、だんだんと「一週間」や「一ヶ月」「一年」という長さが理解できるようになり、もっと抽象的な「将来」まで人間は考えられるようになりますが、動物ではどうなのでしょうか?

もちろん、同じような興味を抱く研究者は他にもいます。大阪大学の北澤茂教授は、文部科学省の支援による新学術領域「こころの時間学」 というプロジェクトを立ちあげ、認知科学だけでなく、心理学や言語学、哲学の分野の研究者まで巻き込んだチームで「時間」の認知のされ方について解き明かそうとチャレンジされています。今後の展開がとても楽しみです。

(2014年10月10日「大隅典子の仙台通信」より転載)

日本人のノーベル賞受賞者
湯川秀樹さん(1949年・物理学賞)(01 of17)
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中間子の存在の予想で受賞。\n\n自宅の庭でくつろぐ湯川秀樹京大名誉教授とスミ夫人(京都市左京区の自宅、撮影日:1977年01月22日) (credit:時事通信社)
朝永振一郎さん(1965年・物理学賞)(02 of17)
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量子電気力学分野での基礎的研究でノーベル物理学賞授賞。受賞式後、記者会見で金メダルを見せる(右から)朝永振一郎博士、領子夫人、藤岡由夫埼玉大学長(東京・港区のスウェーデン大使館、撮影日:1965年12月10日) (credit:時事通信社)
川端康成さん(1968年・文学賞)(03 of17)
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『伊豆の踊子』『雪国』など、日本人の心情の本質を描いた繊細な表現による叙述の卓越さが認められ、受賞。\n\nノーベル賞受賞の喜びに顔をほころばす川端康成氏(神奈川・鎌倉市の自宅、撮影日:1968年10月17日) (credit:時事通信社)
江崎玲於奈さん(1973年・物理学賞)(04 of17)
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半導体におけるトンネル効果の実験的発見\n\n1973年ノーベル物理学賞受賞 (駐日スウェーデン大使館で行われたノーベル賞受賞祝賀会に出席。東京・六本木のスウェーデン大使館、撮影日:2008年11月26日) (credit:時事通信社)
佐藤栄作元首相(1974年・平和賞)(05 of17)
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非核三原則の提唱で受賞。\n\n三木武夫首相(右)にノーベル平和賞のメダルと賞状を披露する佐藤栄作元首相(東京・首相官邸、撮影日:1974年12月27日) (credit:時事通信社)
福井謙一さん(1981年・化学賞)(06 of17)
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化学反応過程の理論的研究\n\nノーベル化学賞受賞の喜びを語る福井謙一京大教授(左)と友栄夫人(京都市左京区の自宅で、撮影日:1981年10月19日) (credit:時事通信社)
利根川進さん(1987年・医学・生理学賞)(07 of17)
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多様な抗体を生成する遺伝的原理の解明\n\nノーベル医学・生理学賞の受賞が決まり、マサチューセッツ工科大学での祝賀会で真由美夫人(右)と乾杯する利根川進教授(アメリカ、撮影日:1987年10月12日) (credit:時事通信社)
大江健三郎さん(1994年・文学賞)(08 of17)
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『個人的な体験』『万延元年のフットボール』など、詩的な言語を用いて現実と神話の混交する世界を創造し、窮地にある現代人の姿を、見る者を当惑させるような絵図に描いた功績。\n\n1994年度ノーベル文学賞受賞 (駐日スウェーデン大使館で行われたノーベル賞受賞祝賀会に出席。東京・六本木のスウェーデン大使館、撮影日:2008年11月26日) (credit:時事通信社)
白川英樹さん(2000年・化学賞)(09 of17)
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導電性高分子の発見と発展\n\n講演する白川英樹博士・筑波大名誉教授(東京都世田谷区の東京都市大学、撮影日:2013年12月18日) (credit:時事通信社)
野依良治さん(2001年・化学賞)(10 of17)
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キラル触媒による不斉反応の研究で、2001年に化学賞を受賞。\n\n分子模型を前に、研究について記念講演を行うノーベル化学賞受賞の野依良治名古屋大学大学院教授(名古屋市西区のウェスティンナゴヤキャッスル、撮影日:2001年12月26日) (credit:時事通信社)
田中耕一さん(2002年・化学賞)(11 of17)
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生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発\n\n島津製作所フェロー 2002年ノーベル化学賞受賞者 (京都市中京区の島津製作所本社、撮影日:2010年10月06日) (credit:時事通信社)
小柴昌俊さん(2002年・物理学賞)(12 of17)
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天体物理学、特に宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献で受賞。\n\n講演会で参加者の質問に答えるノーベル物理学賞受賞の小柴昌俊東京大学名誉教授(東京・文京区の東大、撮影日:2007年02月17日) (credit:時事通信社)
益川敏英さん(2008年・物理学賞)(13 of17)
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小林・益川理論とCP対称性の破れの起源の発見による素粒子物理学への貢献\n\nヒッグス粒子とみられる新粒子発見の発表を受け、感想を語るノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さん(名古屋市千種区の名古屋大、撮影日:2012年07月04日) (credit:時事通信社)
小林誠さん(2008年・物理学賞)(14 of17)
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小林・益川理論とCP対称性の破れの起源の発見による素粒子物理学への貢献\n\nヒッグス粒子提唱者のノーベル物理学賞決定を受け、記者会見する高エネルギー加速器研究機構の小林誠特別栄誉教授(茨城県つくば市の同機構、撮影日:2013年10月08日) (credit:時事通信社)
下村脩さん(2008年・化学賞)(15 of17)
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緑色蛍光タンパク質 (GFP) の発見と生命科学への貢献。\n\nノーベル賞授賞式への出発前に、妻明美さん(左)と言葉を交わす化学賞の下村脩・元米ウッズホール海洋生物学研究所上席研究員(スウェーデン・ストックホルム市内のホテル、撮影日:2008年12月10日) (credit:時事通信社)
鈴木章さんと根岸英一さん(2010年・化学賞)(16 of17)
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クロスカップリングの開発。\n\n北海道大学触媒化学研究センターの特別招聘(しょうへい)教授の称号記を授与され、握手するノーベル化学賞を受賞した同大学名誉教授の鈴木章さん(左)と米パデュー大学特別教授の根岸英一さん(北海道札幌市、撮影日:2010年12月23日) (credit:時事通信社)
山中伸弥さん(2012年・医学・生理学賞)(17 of17)
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iPS細胞の作製\n\n京都大学教授、医学者 2012年度ノーベル医学・生理学賞受賞 2012年度文化勲章受章 (春の園遊会で。東京・元赤坂の赤坂御苑、撮影日:2013年04月18日) (credit:時事通信社)