なぜ恩返しという言葉にくらべて、恩送りという言葉はかくもマイナーなのだろう。
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なぜ恩返しという言葉にくらべて、恩送りという言葉はかくもマイナーなのだろう。恩返しには特定の対象者がいるけれど、恩送りの場合、典型的には匿名の寄付や献血のように対象は特定されない。自分の子どもなど次の世代に恩を送っていく場合もあるが、恩返しと違うのは、感謝されることが少ないという点だ。

未来のために善きなにかを遺そうとするような行動にも、恩送り型と見返りを求める評判型があるそうだ。評判型というのは、簡単に言えば「いい人」「崇高な人」等々に見られて自尊心を満たしたい、いい人たちに信認されたい、といった欲求に根ざすものだ。

北海道大学大学院の竹澤正哲准教授らの発表によると、恩送り型と評判型の行動では、脳が活発に働いている部位が違うことがわかった。評判型の行動を積極的に行なっている人の脳は、後頭葉にある背側楔前部(はいそくけつぜんぶ)が活性化している。ここは論理的な推論や損得の推測に関わっている部位だそうである。

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それに対して恩送り型の行動をとっている際の脳は、前島皮質と呼ばれる部位が活性化しているそうだ。目を惹かれたのは、この前頭皮質が他者への感情的な共感に関わっている部位でもあること。

私たちが取り組むマインドフルネスの実践では、それを通して共感力を育むことへの効果性が、さまざまなリサーチによって示されている。すると、前頭皮質が鍛えられて共感を伴う生き方、働き方をしているうちに、必然的に恩送り型の行動が芽生えて広がってくるのではないか、と考えられるのだ。

そこで、共感によって無償の行為(恩送り型の行動)が広がることは、私たちの社会にどんな影響をもたらすかということについて、システム図を描きながら仮説を立ててみた。

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無償の行為は誰のものであるかはわからないけれど、どこかの誰かがそれをしていることは伝わる。児童養護施設に黙ってお金を置いていく〝タイガーマスク〟がそうであるように、そのような行為は人が生来もっている善性を刺激するのではないだろうか。

それは程度の差こそあれ、さまざまなかたちで恩送りへのフォロワーを作っていくと思う。

これを少し長いスパンでみれば、恩送りフォロワーの増加が人々の新たな関係性につながっていくはずだ。いつかそこに、そうした価値観をもたない人々に対する数的優位性が働くところまで行けば、社会的な価値観の転換につながるようなインパクトをもたらすだろう。

ただし、ここまでくると抵抗も強まり、ほんとうに社会を変えていくための行動は現実の壁に突き当たる。そして利害対立、さまざまな摩擦の火種が点火するかもしれない。

そのときこそ、主義主張を異にする相手にも共感が寄せられるかが問われる。これはとても高いハードルに思えるけど、そこを乗り越えて恩送り型の行動をつづける人が増えれば、いつかこの循環は、強化ループから平衡ループに変わるときが来る・・・というのが、ここで描いた私の仮説だ。

恩送りを価値観に据えれば、目先の利害に対するとらえ方は大きく変わる。旬なテーマで言うなら、オリンピックのメイン会場をどうするかといったことについても。また、原発をどうするかについても。

恩送りをガチでやりつづける人々が数的優位性をもつところに近づくほど、変容への痛みと摩擦は激しくなるだろう。

しかしどこかのタイミングで、次第に新しい社会構造が稼動しはじめる。そしてほんとうに少しずつではあるけれど、痛みと摩擦が和らぎ始める。

私は、そんな社会を夢みている。

もう一つ、社会に対する会社というサブシステムの図を作ってみた。

共感力の高いリーダーは、恩送りの発想をビジネスに取り入れようとするだろう。それは必然的に、短期思考から中長期思考への転換を促す。このビジネススタイルは米国ではコンシャスビジネスと呼ばれ注目を集めているが、さしずめ日本では良心の経営とでも呼んでおこう。

ここで大切なポイントは、良心にもとづく経営が働く人々の健全性に寄与する可能性がある、ということだ。

まっとうな価値観を見出し、論じるだけでも、脳にポジティブな影響が及ぶことが報告されている(UCLAの研究者らによる調査)。ダニエル・ピンクの世界的ベストセラーDrive(邦題『モチベーション3.0』では、Purpose(大儀、自己を超越した大きな目的)を見出せることが、働く動機の重要な要素の一つであることが科学的に解き明かされている。

だとすると、働く人々の健全性がリーダーの共感を組織の共感へと広げていく力にもなるのではないか。

これも簡単には行かず、社会のメインシステムと同じような複雑さを伴うのだろうけど、ここでは簡略化してみた。

いずれにしても会社というサブシステムは(そこにも相当な複雑性があるとはいえ)、会社が属する社会ほどに複雑ではない。だから会社のほうが共感による良心の経営の強化ループをまわしつづけることが、社会の厳しい強化ループ(恩送りが増えて社会が変容しはじめるほどに痛みと摩擦も広がる)を、次第に緩和させていく(望ましい平衡ループに変化させていく)力になる。

一人ひとりのマインドフルネスをマインドフルカンパニーにつなげていくことの意味が、ここにあるのだと信じたい。

それはとても長い道のりで、ほんとうはもっと複雑で、ここに描いていない魑魅魍魎としたサブシステムが動いている世界を、受け入れなければならないのだけれど。

それでも恩送り型のマインドフルカンパニーが経済界において数的優位性をもつようになれば、社会というメインシステムに対する大きなインパクトになるはずだ。

(一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート理事 吉田 典生)

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