ポピュリズムの嵐の中、民主主義をどう守るか

いま、先進各国に「ポピュリズム」の嵐が吹き荒れています。
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いま、先進各国に「ポピュリズム」の嵐が吹き荒れています。

ポピュリズムは、理性的に判断する知的な市民よりも、情緒や感情によって態度を決める大衆を重視します。"エリート(あるいはエスタブリッシュメント)"を"大衆"と対立する集団と位置付け、大衆の権利こそ尊重されるべきと主張します。

英国では、かつてキャメロン首相に「変人、狂人、隠れ人種差別主義者の政党」と言われた右翼ポピュリズム政党「英国独立党」が、EU脱退と移民の権利制限を訴え、2014年欧州議会選挙で大躍進。二大政党の得票率を上回り、英国に割り当てられた最大議席を獲得しました。

フランスでも、ユーロ圏離脱と移民排斥を主張する極右政党「国民戦線(FN)」が第三極の地位を固め、党首のマリーヌ・ル・ペン氏は今年の大統領選で台風の目になると予想されています。

スペインでは2014年に結党したばかりの左派政党「ポデモス」が、反緊縮やベーシックインカムによる貧困削減などを訴え躍進。インターネットを基盤とした選挙活動などで、支持率は一時与党を抜いてトップとなり、総選挙では第三党に躍り出ました。結党から20日間で10万人以上の党員を集めたポデモスは、現在もスペインの政党で二番目に多くの党員数を擁しています。

ギリシャでは、2015年1月の総選挙で「急進左派連合(SYRIZA)」が反緊縮と雇用創出を公約に掲げ、第一党に躍進、党首のチプラス氏が首相に就任しました。その後、EUとの交渉難航の中、チプラス首相は一度辞任しますが、9月の総選挙で再び勝利、首相に返り咲きました。

この他にも欧州では、オランダやスイス、デンマークなどの小国、ポーランドやハンガリーなどの東欧諸国でも、ポピュリズム政党が与党の座を占めたり、閣外協力を通じたりして、政策に影響を及ぼしています。

19世紀前半に活躍したフランスの政治思想家アレクシ・ド・トクヴィルは、当時、成功裡に機能していた米国の民主制について自身の著書『アメリカの民主政治』の中で、「世論による専制政治」や「多数派による暴政」へと悪しき変容を遂げる危険性を指摘すると同時に、そうした悪化の歯止めとなるバランサーとして"宗教"が重要な役割を果たしていると言及しました。

しかし現代の米国において、宗教が大衆の暴走を食い止めるバランサーとして機能を果たすことは、残念ながらなかったようです。

トランプ氏は、来月1日(スーパー・チューズデー)に指名候補を選ぶ13州でも支持率首位となっており、指名獲得の公算が強まっています。

今回の予備選の結果を受け、大統領経験者を父と兄に持つ、元フロリダ州知事ジェブ・ブッシュ氏が選挙運動の中止を発表。当初は保守本流の有力候補と目されていたブッシュ氏ですが、「名門・ブッシュ家」の看板が反・エスタブリッシュメント、反・既成政治家の風が吹き荒れる今回の選挙では仇となり撤退を余儀なくされました。

一方、ネバダ州で行われた民主党党員集会では、前国務長官ヒラリー・クリントン氏が、猛追する上院議員バーニー・サンダース候補を振り切って勝利。しかし、両者の得票率の差は5%程度と僅かで、サンダース氏は全国支持率でもクリントン氏を追い上げており、今後も激戦は続くと見られています。

過激な右翼と革命的左翼-両極端のポピュリスト候補が、二大政党の米大統領候補として選出され、そのどちらかが超大国アメリカのトップとなって世界の経済や安全保障の要を握る。そんな悪夢のようなシナリオが現実となる可能性が、残念ながら日を追うごとに高まっています。

ポピュリズムとは、一般大衆の利益や権利、あるいは不安や恐怖を利用して大衆の支持を獲得し、既得権益層(エスタブリッシュメント)やエリートで構成される体制や知識人などからイニシアティブを奪還しようとする政治手法や政治的運動を意味します。日本語では大衆迎合主義とも訳され、衆愚政治と同義で使用されることもあります。

ポピュリズムは、託した民意が反映されない既存の民主政治に対する疑念と落胆から生まれ、エリートやエスタブリッシュメントに虐げられていると感じるサイレントマジョリティーの不満や怒りによって拡大します。

一見すると、ポピュリズムが台頭し席巻することによって民主主義が危機に陥れられるように思えますが、実際には民主主義が機能不全を起こし危機に陥っているからこそ、ポピュリズムが台頭し席巻してしまうわけです。

どんなにポピュリズムを憂いても、ポピュリストに投票する有権者を批判しても、民意に応えられていない現行の民主政治を改革しない限り、ポピュリズムの跋扈が収まることはないでしょう。

急速なグローバル化の中で深刻化する格差の拡大や移民・難民問題、頻発化するテロなどに対し、民主政治が現実的で具体的な解決策を提示しない限り、ポピュリズムはドミノ倒しのように世界各地の民主国家を混乱に陥れて行き、それは同時にロシアや中国といった大国の覇権掌握を助長することとなるでしょう。

こうしたポピュリズムの嵐に、日本も早晩巻き込まれるのは必至であると、私は思います。

欧米で焦点となっている移民・難民問題や極端な格差是正、高い失業率といった争点はないものの、1000兆円を超える膨大な財政赤字を抱えながら未曽有の少子高齢化時代に突入する日本において、高齢層と若年層の世代間における利害対立は、今後、社会を二分する大きな争点となって行くことでしょう。

にもかかわらず、嵐の前の静けさとでも言うのでしょうか。今の日本政治の緊張感の無さ、緩みっぱなしのその体たらくには、不信や落胆を通り越して絶望を禁じ得ません。

「一億総活躍社会」などという、現実感や具体性の欠片も感じられない寝ぼけたスローガンを、政権与党がいつまでも掲げていられるほど民主主義は甘くない。海の向うから吹くポピュリズムの風は、そう警鐘を鳴らしてくれているのではないでしょうか。