「ブラック企業」問題を解決に導く処方箋とは?

既に旧聞に属するが、自民党の雇用問題調査会が4月19日にまとめた提言案で取り上げられ、話題となったブラック企業の社名公表は結果として見送られる事となった。
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既に旧聞に属するが、自民党の雇用問題調査会が4月19日にまとめた提言案で取り上げられ、話題となったブラック企業の社名公表は結果として見送られる事となった。私は当初からそもそもブラック企業の定義が曖昧である事や、監督官庁を含む役所の実態、それを世の中に広めていくマスコミの状況から社名公表は非現実的と考えていた。従って、この自民党の決定に特に驚く事はなかった。この辺りの詳細は4月13日に公表した「ブラック企業」叩きの滑稽に取りまとめているのでこちらを参照願いたい。

尚、余談となるがこのエントリーの翌月5月に、ニュースの深層「広がる波紋...ユニクロ世界同一賃金をどう評価するか」への出演を依頼され、収録の為に都心にあるキー局のスタジオを訪問した。担当の若いディレクターが眠そうなので理由を尋ねたら昨夜は徹夜との説明であった。収録の前夜は大体徹夜するとの事だ。ついでに、細々した世話を焼いてくれた、担当ディレクターより更に若いADに勤務状況を聞いた所、週に2~3回は徹夜するという事であった。勤務状況を聞く限りは立派な「ブラック企業」なのは明らかである。

しかしながら、彼らの職場には仕事に対する厳しさは感じられたが、トコトン明るく「ブラック」の真逆の印象であった。「納得して仕事をしている」、「仕事を楽しんでいる」、「仕事を通じて経験を積み、その事に彼ら自身がある種の手応えを感じている」といった事が見て取れた。残業時間の長さ、サービス残業の多さ、収入の低さ、といった定量的なデータだけでは「ブラック企業」と決め付けてはいけない事を実感として体験した訳である。

同じ職場であっても、ある従業員にとっては楽しくてどうしようもない場所の場合もあるだろう。そうであれば、サービス残業も苦にならない。好きな事をやらせて貰っている訳だから。一方、別の従業員にとってはそこにいる事が苦痛かもしれない。そうであれば、残業は当然辛い話である。しかも、残業代が貰えれば兎も角、貰えないとなれば苦痛は何倍にもなる。この様に、従業員によっても感じ方、苦痛の大きさが異なる点が「ブラック企業」問題を複雑にしていると思う。

断っておくが、私は何も「ブラック企業」の存在を取るに足らない問題と軽視している訳ではない。寧ろ、偶々間違って迷い込んでしまった若者を不幸にし、将来を奪ってしまう可能性の高い忌まわしい存在と思っている。それ故に、「ブラック企業」を社名公表で晒し者にして溜飲を下げたとしても、それは飽く迄一時的なものに過ぎず、矢張り地味であっても、日本に存在する背景をきちんと理解し、どうすれば減らす事が出来るのか? 不幸にして若者が就職してしまったらどう対処すべきか? を検討し、結果を着実に実行していくべきと考えているのである。

参議院選後、政府は「ブラック企業」にどう対応するのか?

政府のこの問題への対応に、参議院選挙の結果が大きなインパクトを与える事は確実である。自民党が大勝すれば衆参の捻れが解消され、事実上自民党による独裁体制が少なくともこれから3年間は続く事になるからである。私の回りでは報道2001の調査結果を推す声が大きいが、これに従えば自民党の歴史的大勝となる。結果、衆参の捻れは解消され国会は一元化される。一方、国会では自民党の独裁色が強まり提携する公明党に対し一定の配慮はするであろうが、その他の野党主張は余程優れたものでなければ無視すると予測する。

その結果、「ブラック企業」問題は二つの軸を中心に展開する事になる。軸の第一は「成長戦略」である。選挙対策として自民党は色々な主張をしているが、彼らは戦後の長い期間政権を担ってきた経験があり、「経済の主役は飽く迄民間企業」、「政治に出来る事は極めて限定的である」事を実は熟知している。従って、「成長戦略」により、質の高い雇用を創出し「ブラック企業」問題の解決策にしようとすると思う。問題は、「正規雇用」の割合が高い製造業が国内の設備投資に向け舵を切るか否かである。円安等により多少業績が改善したからと言って、構造的な「円高」、アジア諸国に比べ高い「人件費」と「法人税率」、危惧される将来の電力不足や電力料金の値上げ、意味不明で多過ぎる「規制」等、これに対するマイナス材料は枚挙に暇がない。

今一つの軸は、自民党の党是ともいえる、先ず、「自助」ありきで、次いで「共助」そして「公助」という考え方である。国民はこれまで以上に、生活保護受給は最後のセイフティーネットであり、先ずは国民一人一人が自立する事、具体的には勤め先に対し有用な人材になる事を強く求められると予想する。「正社員」の「身分」に胡坐をかく事なく、「学べ」、「働け」という事で、決して間違ってはいないが、何か「ブラック企業」経営者の朝礼のスピーチと似ている気もする。結論をいうと、国民が余程政府に対し意見を言い続けなければ、「ブラック企業」問題は解決に向かうどころか、更に拡大し、重篤化するのではと危惧するのである。そして、政府に余り期待出来ない以上、国民が自らを自衛するしかないのでは? とも考える。

何故「ブラック企業」は日本に存在するのか?

不幸にして若者が職を得た先が「ブラック企業」というのは、残念だが今後も大いにあり得る話である。そして、最悪の展開は各個人が職場で管理職から自尊心を徹底的に叩き潰され、本来国民を救済すべき政府も「自助」を全面に押し出すから、悪いのは企業ではなく、仕事が出来ない自分と自己否定の陥穽にはまってしまう事である。こうなると、本来退職を決断すべき所をその会社にしがみついてしまう。退職しない事を幸いに中間管理職の職場での罵倒やサービス残業の強制は継続し、最後には精神に異常を来してしまう。そして、一定の割合で自死に至る訳である。こういう悲劇回避の為には、先ず、何故「ブラック企業」は日本に存在するのか? をしっかり理解した上で、自分の勤め先がその「ブラック企業」である事に早めに気付く事が重要である。

人口が1億人を超える国や経済連合体で、日本同様の一人当たりのGDP5万ドル前後を達成しているのはアメリカとEUのみである。下記は公表されているGDP数値と人口から筆者が計算した結果である。比較対象のため、中国、インドも入れておく。

アメリカは人口3億人でGDPは15兆ドル。一人当たりのGDPは5万ドル。

日本は人口1.2億人でGDPは5.8兆ドル。一人当たりのGDPはアメリカ同様約5万ドル。

EUはドイツ、フランス、イギリス、イタリア、スペインで人口3億人。GDPは12兆ドル。一人当たり4万ドル。

中国はGDP世界第二位といっても、人口13億人でGDPは7.3兆ドル。一人当たり6000ドル弱で日本の十分の一程度。

インドは12億人でGDPは1.7兆ドル。一人当たり約1500ドル弱。

一人当たりのGDPが高い先進国では当然人件費も同様に高い。一方、ユニクロ「世界同一賃金」が示すのは日本型雇用システムの終焉で説明した通り、中国や中国に雁行するアジアの新興産業国が廉価な人件費を武器に新たな生産基地として台頭している。この結果、先進国労働者の賃金は新興産業国の廉価な人件費に鞘寄せされ、絶えざる賃下げ圧力に晒され続ける事となってしまった。これこそが中身は異なれ、先進国が苦悩する雇用問題の背景である。そして、日本における「ブラック企業」の存在は先進国に共通する雇用問題の一つという事になる。

アメリカが移民法を改正する意味

米上院は先月移民法改正法案を通過させた。米国に現在居住する約1100万人の不法移民に市民の道を開く法案であると同時に、特殊技能職向けの外国人就労ビザH1Bの定員枠を現在の6万5000人から約11万人へ拡大する内容を盛り込んだものである。失業問題を解決するためには「雇用」の創出が欠かせない。そして、「雇用」の創出に成功するか否かはひとえに「経済成長」が達成出来るか否かに懸っている。アメリカは「経済成長」のエンジンとして「IT」を選択し、世界各国から優秀なエンジニアを集める事で駆動力を高めようとしているのではないか?

これには勿論副作用が伴う。Economic Policy Instituteはアメリカ人の理工系大学卒業者の半分しかITセクターで職を得る事が叶わなかった。更に、「ITセクター全体の賃金は1990年代から横ばい」と指摘している。これをどう理解するか? は意見の分かれる所であろう。「バブル」を的確に制御する事で繁栄の恒常化に成功したという好意的な見方はあながち的外れとは思えない。

一方、労働者寄りに立てば、ITセクターに勤務するエンジニアは繁栄の果実の分け前にありつけていない、という事になる。それにしても、世界各国からITエンジニアを受け入れ、「国籍」に関係なく「同一職種」「同一賃金」で処遇するという言葉には既視感が伴う。何の事はない、ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井社長が、新聞インタビューに答える形で明言した「世界同一賃金」の「形を変えた」導入そのものではないのか? 仮にそうであれば、アメリカの移民法改正はアメリカ労働市場の「ユニクロ化」という事になる。当然の結果として、アメリカ現役世代の賃金に強烈な「デフレ圧力」がかかる事になる。

苦悩するEU

アメリカに比べればEU諸国は現役世代の雇用を守る以外何もやって来なかった。日米同様域内の製造業は廉価な労働力を求め新興産業国への移転を加速するから、結果として国内製造業の空洞化は避けられない。BBC Newsが連日の様にEU諸国の失業問題を取り上げる背景がここにある。不思議な事に雇用状況がここまで重篤化しても一向に「現役世代」と「若年層」間の利害調整をして「全体最適」に舵を切る積りはなさそうだ。結果として、若者世代に皺寄せが集中し大変な事になっている。最近、ドイツのメルケル首相が繰り返しこのテーマを取り上げているが、問題解決のためにEUに残された時間は極めて限られたものと考える。

日本の低い失業率の背景

日本の失業率は4%台を堅調に維持しており、欧米先進国の垂涎の的である事は間違いない。しかしながら、これには「ワーキングプア」の背景となっている「非正規雇用」の増大という副作用が伴っている事も看過出来ない事実である。先週、総務省統計局から平成24年就業構造基本調査が発表された。予想通り、「非正規雇用」の割合が4割近くまで増加している。この傾向が続けば「雇用」の過半数が「非正規雇用」という時代もそんなに遠くない将来と予想される。

一方、正社員の割合の高い製造業は海外移転により雇用を減らし、非正規雇用率の高い飲食業などの「サービス業」、「小売り」、「高齢者介護」などが製造業の海外移転により生じた余剰人員を吸収した構図は相変わらずである。「雇用」を「雇用の質」を落とす事で確保した訳である。そして、こういった業界では例え「正規社員」であっても、賃金が実質サービス残業の強制などにより、同じ業務を熟す「非正規雇用」の時給に鞘寄せされてしまう。「ブラック企業」というのは「正社員」が「要素価格均等化圧力」の被害者になってしまう企業の別名なのである。

「ブラック企業」問題の解決は可能なのか?

ここまで読まれた方は「ブラック企業」問題の解決が決して一筋縄ではいかない事を理解されたと思う。これを解決するためには「要素価格均等化圧力」を無力化するしかない。今少し具体的に言えば、国の効果的な支援の下に、「企業」、「個人」各々のレイヤーで「オンリーワン」を目指すという事だと思う。この具体論については、次回詳細に説明する積りなので暫しお待ち戴きたい。