サテライトオフィスから有機農産物? 移住者が新しい変化を生む神山町が描く未来とは

グリーンバレーの歩みから生まれたサテライトオフィス、これから神山町がどのように未来を描くのかという点について、大南さんの講演からまとめたいと思います。
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ITベンチャー企業など10社がサテライトオフィスを設置したことで注目される徳島県神山町。過疎化が進んだ地域になぜこのような変化が起こったのか興味を持った私は、卒業研究にかこつけて現地に2週間滞在をしてフィールドワークをしてきました。そこで、最初にお話を聞いたのが移住支援や空き家の再生を行う、現地のNPO法人グリーンバレー理事長の大南信也さんの講演です。

前編では、20年以上に及ぶグリーンバレーの活動の歩みから地域づくりにおいて重要な視点をまとめました。後編では、グリーンバレーの歩みから生まれたサテライトオフィス、これから神山町がどのように未来を描くのかという点について、大南さんの講演からまとめたいと思います。

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(神山町の風景。思っていたよりも田舎でした)

■空き家と入ってくる人のマッチングで、理想の商店街が?

大南さん:移住希望者の個人情報を得たことによって、町の将来に必要と思われる働き手を逆指名しようと考えた私たちは、1995年の道の駅・神山温泉がある商店街の地図を取り出してきます。当時38のお店が商売をしていたわけです。ところが、だんだん時代に合わなくなって、徳島市内に量販店・スーパーも出来たことによって、買い物客は流出し、商店街はだんだんとさびれていきました。

そして、2008年のワーク・イン・レジデンス(地域に雇用がないのであれば、仕事を持った人に移住してもらうという考え方)を始める前には、道の駅が出来たり、神山温泉がリニューアルされたりしたにも関わらず、お店の数が38から6件まで減ってきていました。じゃあ、ここにワーク・イン・レジデンスで呼び込んできた人を埋めていこうとします。

そうしていくと新たな可能性に気がつきます。ワーク・イン・レジデンスを商店街に継続的に適用していけば、住民の人たちが作りたい商店街を、ほとんどコストをかけずに、空き家・空き店舗と入ってくる人たちのマッチングだけで、理想の商店街が生まれるんじゃないかなということです。

そこで、「オフィス・イン神山」というプロジェクトを始めます。何かと言ったら、空き家改修の事業です。ここで何を作ろうと思ったかというと、クリエイターが循環する場です。今まで神山にはアーティストが循環する場はあった。ところが、アーティストとビジネスは距離が遠いわけです。だから、もう少しビジネスよりの人たち、例えば映像作家、カメラマン、デザイナーみたいな人たちがビジネスの場として循環する場を作ろうとしました。

実は今神山で起こっているサテライトオフィスの動きは、この空き家改修のプロセスの中で生まれていきます。神山には色々なところから視察に来られる方の中には、「神山はシリコンバレーかどこかで、サテライトオフィスというアイデアを見つけて、神山に作ろうとしたんでしょ?」と言う人が多いです。いや、そうではりません。サテライトオフィスという言葉も知りませんでした。じゃあ、何が起こったのか?アベノミクスならぬ「ヒトノミクス」です。

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(講演するグリーンバレー理事長の大南信也さん)

■色々な人の思いやアイデアから生まれたサテライトオフィス

大南さん:2010年、当時ニューヨークに在住をしていた2人の建築家が日本に帰国することになります。その時に、神山では「オフィス・イン神山」のプロジェクトが始まっていましたが、私たちはこれまで建築家と繋がっていなかったわけです。じゃあ、この2人が帰国するということで、「神山で一緒にプロジェクトをしよう」と声をかけました。

そして、1個目の空き家改修がほぼ終わったときに、(この空き家はイギリス人のデザイナー・トム・ヴィンセントさんのオフィスとなった)建築家の同期で、神山に初めてサテライトオフィスを置いたSansan株式会社の寺田社長が神山の話を聞きます。寺田社長は慶応義塾大学を出た後、三井物産に就職をしてシリコンバレーの配属になりました。シリコンバレーでの寺田さんの仕事は現地にある100社くらいのITベンチャー企業の調査業務です。

その時にシリコンバレーで新しい働き方、テレワークの実態をつぶさに見てくるわけです。日本という国だったら社員全員を東京に集めて仕事をするということが一般的だけれど、シリコンバレーではテレワーク、在宅勤務だったり、モバイルワーカーだったり、サテライトオフィス勤務だったりと。それと共に、シリコンバレーで働いている人と東京で働いている人を見比べたら、シリコンバレーの人たちの方が元気で楽しそうに働いていた。

そして、日本に帰国して2007年の5月いっぱいで三井物産を退社し、6月にSansan(当時は三三)という名刺管理の会社を立ち上げます。作ったときの会社のミッションが「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」という言葉でした。その一方で、大学の同期だった建築家から、「自然がいっぱい」、「住民もオープンな人たちが多い」、「光ファイバー網が整備されている」という神山の話を聞くわけです。

寺田さんは、「シリコンバレーで探し続けてきた場所に違いない」ということで、2010年の9月26日に神山にやってきます。その20日後には、神山にSansanの社員3名が働き始めました。これが神山におけるサテライトオフィスのスタートです。だから、サテライトオフィスというアイデアを実現したのではなく、建築家、クリエイター、起業家など色々な人たちの思いやアイデアをグリーンバレーが一緒になって実現をしてきたら、結果的にサテライトオフィスが神山に入ってきたんですね。

このような状況が、NHKの「クローズアップ現代」に以下のような画像で流れるわけです。神山温泉の横の小川のせせらぎで、サテライトオフィスで働く社員がパソコンを操作する風景です。この映像が神山を変えてしまったといっても過言ではありません。(※実際の映像はここをご参照ください)この付近は、2007年くらいにwifiの電波を飛ばしてありました。だから、やらせではなくて現実の姿がNHKに流れたことで、東京で働くIT企業に衝撃を与えるわけです。

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(参考写真※実際に紹介された映像とは違います。提供:Sansan株式会社)

■若者にとって魅力的な職場の誕生

大南さん:では現実にサテライトオフィスはどうなっているか?Sansan株式会社は「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」ということで、色々なチャレンジをしています。子供や奥さんが滞在を出来る仕組みを作ったり、新入社員の研修も神山で行っています。また、営業社員の滞在、本社のエンジニアが神山への移住、徳島県での雇用というケースも生まれています。

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(Sansanのサテライトオフィス。一人ひとりが広いスペースで仕事が出来るようになっています)

大南さん:また、「えんがわ」というサテライトオフィスも出来ました。この会社はテレビの番組情報を放送局に配信する事業で、外は古民家だけれど内部は20台くらいのテレビのモニターが並んでいます。このオフィスが出来たことによって若者にとって魅力的な職場が神山に誕生しました。ここでは約20名の雇用を生んでいます。

現在は、新たにアーカイブ塔も作っています。何をするのかというとスーパーハイビジョンの映像保存事業です。4K8Kという話を最近よく聞くと思います。東京オリンピックも8Kで放送されることが決まりましたが、今では日本で東京にしか今扱う場はありません。日本で2か所目が神山になろうとしています。ここでは50名のエンジニアの雇用が予定されています。

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(テレビ情報の配信や4K8Kの映像を扱う株式会社えんがわのオフィス。住民の方がお話にきたり、差し入れを持ってきてくれたりと交流の場にもなっているそうです)

■ここにしかない商店街が神山に

大南さん:えんがわオフィスの斜め前には、去年の12月に「カフェオニヴァ」というフレンチビストロが出来上がりました。もともと、酒屋さんだった建物がワーク・イン・レジデンスによる飲食店の誘致によって出来たお店です。この通りは、神山で一番栄えていた場所でしたが、お客さんが町内の人ばかりだったので過疎化の影響をもろに受けました。

そうして、段々と店が閉じていったことで、この通りでコーヒーを飲んだり、食事をしたりする場所がほぼ無い状況となってしまいます。なので、地域の人たちからは、「グリーンバレーさん、飲食店を誘致してよ」という話が持ち上がりました。それから、2年間かけて最適者が現れるのを待ち、神山から在宅でアップルの社員をしていた女性が、今年の8月にビストロに改築し、友達がオーナーシェフとして現在利用されています。

このビストロでは、毎月最終の火曜日に、「みんなでごはん」というイベントを行っています。このイベントは、常連さんも初めての人も、地元の人もシェフも、その日にたまたま集まった人たちと、同じテーブルを囲んで食事を楽しむ時間です。このイベントの何が大事かというたら、このイベント自体が「異業種交流」の場所になっていることです。お互いにアイデアをぶつけあうことで、新しい変化が生まれる可能性が出てきます。町にはこのような人間の情報が得られるハブ機能が必要です。

商店街には、「カフェ」や「えんがわオフィス」の他にも、映像作家、グーグルに籍を置いている男の子の移住、「神山塾」(職業訓練)を卒業した子がオーダーメイドの靴屋さんをオープン、芸術家の女性がオフィスを開設するといった動きも生まれています。人の流れが途絶えていた商店街に、オフィスやクリエイターを集積することによって、こうした人の流れを少しずつ起こしていきます。

人の流れが起こっていくなかで、今度はここで働く人たち、あるいは周辺に住んでいる住民の人たちから、次はどのような商店街が必要かという話が生まれ、それをワーク・イン・レジデンスで埋めていくということになります。そうすれば、ここにしかない商店街が神山に生まれていきます

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(フレンチビストロ・カフェオニヴァの写真。おしゃれです...!)

■見えてきた「オーガニックフード」という流れ

大南さん:「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」というコワーキングのスペースも出来ました。元縫製工場だった建物で、徳島県・神山町・グリーンバレーが約300万円ずつお金を出資し、改修工事を施して作りました。サテライトオフィスで働く人がいたり、企業の合宿で使われたりするケースが多いです。ヤフーさんの合宿でも使いました。

ところが、車が無かったら不便な立地で、宿泊所であるオープンキャンプ場までも2.5キロくらいかかるので、「もう少し近くに宿泊所があればいいのにね」という話が持ち上がります。そこで、コンプレックスに隣接する築90年の古民家を、体験宿泊施設として総務省の助成金をいただき、来年の3月にゲストハウスが出来上がることが決まりました。このゲストハウスで出される食事は、有機農産物中心のメニューにしようという話になっています。

神山には、「サテライトオフィス・ビストロ効果」みたいなのが出てきたように思います。例えば、フレンチビストロで出されるパンは、有機栽培の小麦を使って焼いたものです。また、ここで出されるコーヒー、野菜も有機栽培のものが納められています。さらに、これらは全て移住者の動きです。これから、一つの流れが見えてきています。「オーガニックフード」です。

グリーンバレーが持っているのは「移住の入り口」です。今後ワーク・イン・レジデンスで何をやればいいのか?それは、「有機農業者」をここに集めてくることです。あと3店舗くらい、ビストロやレストランが神山に出来れば、四国一のオーガニックフードの町になっていると思います。このような神山の次の形が見えてきました。

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(ゲストハウスになる予定の古民家。有機農産物中心の料理が出される予定だそうです)

■そこに何があるかではなく、どんな人が集まるか

大南さん:最後にまとめをします。今まで神山に何が起こってきたか?芸術と文化による地域再生。1999年に現代アートを持ち込んだ地域づくりを始めます、最初は地域の人たちは「こんなことをしても何もならへん」と冷めた目で見ます。ところが、何もならないと思われていたことでも、5年・10年・15年と続けてきたら、一つの価値を生み、神山の魅力を向上させていきます。

そして、魅力が向上し始めたら、これに付随して必ず起こることがあります。そこには、人の集結が始まるということです。それと共に、旧住民と新住民の間で知恵と経験の融合によって新しいものが生まれ始めます。これらの歩みによって分かった、地域づくりにおいて一番ポイント。それは「そこに何があるかではなく、どんな人が集まるか」ということです。集まった人たちから新しい変化が生まれていくのは、神山をみていると腑に落ちてくるのではないかと思います。

一方、「創造的過疎」(多様な働き方を実現するようなビジネスとして場の価値を高めて、持続可能な地域を目指すこと)による地域再生。未来はぼんやりとしています。まだ起こっていないことだからです。特に、過疎という問題はぼんやり、曖昧となってしまう可能性が高いです。何故かといったら、過疎っていう問題を考えるときに、ほとんどの人たちが感情で捉えたり、情緒的に捉えたりしようとします。「過疎って辛いよね」、「可愛そうだよね」「どうにもならないよね」みたいな言葉です。

それを避けるためには、過疎の数値化が必要です。数値化することによって、もう少しくっきりとした未来を描くことが出来る。ここから現在に向かって逆算をして、色々な政策をうっていくことによって、結果的に創造的過疎を実現することが出来ると考えています。そして、この創造的過疎の一番重要なポイントは、「過疎化の現状を受け入れる」ということです。過疎を止めようという考え方は捨てるということです。

最後になりますが、皆さんにも好きな町があると思います。ところが、好きな場所を好きなままにしていても、何も変化はありません。じゃあ、どうすればいいか?「好きな場所」を「素敵な場所」に変えましょう。これは難しいかと言ったら、案外簡単です。何故かというと、「すき」に何を加えたら「すてき」になるか?「手を加える」ということです。手を加えるということは、皆さんが行動を起こすことです。良い方向に行動を起こすことが出来れば、絶対に世の中は良い方向にいきます。そういうところを信じて、日本全体が素敵になったらいいなということで、私の話しは終わりにしたいと思います。

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ここまで、前編と後編に渡ってグリーンバレーの20年以上の歩みと、神山町で起こった変化を大南さんの講演を中心にお伝えしてきました。しかし、移住者の方々の動きやグリーンバレーの活動も含めて伝えきれていない部分も多くあると思います。より詳しく神山町について知りたいという方は、日経BP社より出ている『神山プロジェクト 未来の働き方を実験する』という本をぜひ読んでみてください。

(2014年10月28日、「Wanderer」の記事を編集して転載しました)