「産前・産後の女性のこと、僕は知らなさすぎた」。サブカル男子が父に、その実況レポートのリアルさ。

正直言って、現在育児中の女性などにとっては「おい、しっかりしてくれよ!」と、モヤモヤする部分もあるかもしれない。でも…。
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男性目線で書かれた育児エッセイで、ここまでのリアルさがかつてあっただろうか。

cakesでの人気連載に大幅加筆してまとめられた『こうしておれは父になる(のか)』(イースト・プレス)を書いたのは「本人」さん。

音楽好きのアラフォーサブカル男子。会社員として働きつつ、ブログとTwitterでライブやフェス、恋愛、私生活、その全てを面白おかしく実況レポートし続けてきた、生粋の「インターネットの住人」だ。

「育児」とは程遠いように見えた彼の初著作は、妊娠判明から子どもが1歳になるまでを綴ったもの。度々、波乱も訪れる。

子どもが生まれた後も「父性が芽生えない」と思い悩む本人さん。育児と仕事の両立の辛さから、ノールックで車道に自転車で飛び出す本人さん。

現在育児中の女性などにとっては、もしかしたら「おい、しっかりしてくれよ!」と、モヤモヤする部分もあるかもしれない。

ただ、昨今の殺伐としたインターネットのように、それを断罪したところで果たして何か生み出せるのだろうか、とも思う。まずは、どうしてそうなるのか、お互いを理解するところから始めなくては。

包み隠さず明かされた経験談は、これから「父」になる男性や、パートナーと分かり合えないと悩む女性が「想像力」を掴むための手がかりになるかもしれない。「立派なもんじゃないのですが」と謙遜しながら、本人さんはインタビューでそう語った。

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顔出しはNGな本人さん
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

 本人さんは、2017年9月、当時交際2カ月だった恋人に突然、妊娠を告げられる。

「率直に言えばビビっている。そのスピード感や、生活の変化、パートナーのホルモンバランスの乱れ、ビフォーイベントが多かったこと、アフターイベントはさらに多そうなこと。そして何より自分の、人間としての性能の変わらなさにも「マジかよ」と言ってしまう。たくさんの先輩諸氏がFacebook上で父親業を営んでいるのはまるで彼岸の景色、沸き立つ不安は日々すごい。」(「イントロ」より

――「おれたちの敷居を下げる育児エッセイが必要だ」というコンセプトがいいですね。どうして必要だと思われたのでしょうか?

ある種の使命感がありました。この産前産後の夫婦のクライシスぶりはどうにか伝えていかないとダメでしょうと。自分の至らなさも含めて「炎上」覚悟で、怯まずに行かんとな、という気持ちでした。

――クライシスぶりといいますと…?

妻は元々パワフルな人なんですよ。そういう人ですら、メンタルも身体もめちゃくちゃになってしまう。産後に切れてカーっとなって、途中から「自分でもなぜ怒ってるのかわからない」と言い出したこともありましたね。つわりや、産前・産後の女性のこと、男として生まれてきて、僕は知らなさすぎた。ここ数年は、「未知との遭遇」祭り。とんでもない不可解に巻き込まれているな、と思っていたんですが、ググっても分からないことばかり。「好きだったインターネットに裏切られた」っていう気分で、これは詳しく自分が書き残さないといけないなと思いました。

――「好きだったインターネットに裏切られた」ですか。

最初にそう思ったのは、妊娠中の妻への手土産でシャインマスカットを買って行くかどうか迷ったとき。「待てよ、妊婦は食べていいの?」と思って、「シャインマスカット、妊婦」で検索したら、「シャインマスカットは妊婦でも食べて平気?気になって調べてみました!」「調べたけどよくわかりませんでした!いかがでしたか?」的な、不確かな情報の下に広告が入っているような、2017年の地獄のインターネットを見せつけられました。

子どもが生まれてからも「早朝、起きる、なぜ」「にんじん、いつから、離乳食」とかも検索しまくりましたけど、結果はほとんど同じ。それもあって、本当に自分が書かなきゃダメだなっていう使命感に駆られましたね。

――でも、Twitterの育児アカウントには、母親の愚痴や嘆きが溢れているじゃないですか?本人さんほどのネットユーザーなら知っていたのでは?

それが、情報収集して覚悟していたつもりだったんですけど、「正直ウチらめっちゃうまく行ってるし、妻は俺のことめちゃ好きだから大丈夫じゃないかな?」って思ってたんです。でも、現場は違いましたね…。

 

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最近、Twitterで「第二子リリース予定」を発表した本人さん
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

 

子供の誕生から約半月。6月に入り、私は勤務先に事前申請していた育児休業をスタートさせた。約1ヶ月と短いが、さまざまな理由から夫婦ふたりだけの育児体制で挑むので、育児に専念できるのはありがたい。っていうか育「休」ですよ。お休みっす!日本では男性の取得率が約5%と低く、かつどこの会社でもすんなり取れるわけではないらしい育休だぜ!超休むんでよろしく!
(中略)
会社を休んでひたすら子供を眺めて家のこともでき、なんやったら遊べるんじゃね?くらいに思っていた待望の育休タイムが、そんな予想外の対応で面白いぐらいに消費されていく。
(中略)
いやいや、ふたりがかりでこれってことはワンオペだったらと思うとゾッとする。(「育休はおやすみじゃない」より

――新生児期の子育ての大変さや、本人さんが育休を取得された経験も書かれていましたね。「これは義務付けて差し支えないやつや」とも。

我々のような都心に住んでいて実家が地方にあって頼れない夫婦なんてザラですからね。実体験から本当に強く「育休は義務化していい」と思いました。

自分の勤務先は、ラフな格好だったり、家族を優先することだったりを良しとする業界なんですよね。でも他の会社では「嫁に全部任せておけばいいんだよ」とか「子ども生まれたお祝いで飲みに行こう」とか平気で言っちゃう上司がまだまだいるそうです。産後の大変な状況が想像もつかないような人の意識を変えるには、上からルールとしてベタッと貼っていかないと立ち行かない気がしますね。

ただ、出版前最後に原稿を妻に見てもらった時に「育休中は社会との距離を感じた」と書いた部分については「私は産前産後ずっとそうだった」と苦言を呈されましたね…。

 

 

妻は8月以降、それまでもほとんど取れていなかった4時間以上のまとまった睡眠を、いよいよ取ることができなくなっていた。
(中略)
そして夫にも変化が。夏の終りから仕事の負担が少しずつ増えてきた。(中略)「現場荒れてるけどもう帰宅してあいつを風呂に入れなきゃ」など、育児と仕事を持ち上げる天秤がガタついて義務感に苛まれるみたいな、バイブスの至らない日も少なくなかった。(「育児で夫婦関係はめちゃくちゃになる」より

――育児・家事分担のことなどで、産後に分かり合えずに揉めるエピソードも書かれていましたね。

例えば、自分の分担としてゴミを収集所に持っていくことが仕事だと思っていたんですが、妻からしたら「その空いたゴミ箱にゴミ袋をセットするところまでが仕事だと思ってくれよな!」みたいなこととか。今まで30年以上、妻と子とのユニットになるまで、あまり人と深く長く接することもなく来てしまった人生で「まさか、そうだったのか」と初めて思ったことも多かったんです。

でも、自分も仕事で厳しい状況で余裕がないのに、こっちが気にしてないところに対する基準が厳しい妻に、家事も育児も何をしてもダメ出しされて責められているような気分でその頃はワーとなりましたね。

結局、家事育児タスクを妻がエクセルに書き出して、それを元に、分担を見直すことになりましたね。それも自分の至らなさを見せつけられて辛かった…。

 

 

生んだ人、生んでない人。育休中の人と仕事してる人。それぞれ立場が違うので男女が完全に平等になることは本当に難しいなと感じます。「イクメン」も実際やってみると本当にすごく難しいなって。ただ、必要なのは想像力。想像力を養っていくっていうのがすごく重要だなって感じましたね。

――「想像力」の手がかりにこの本がなりそうですね。

出産や育児は男女の違いもあれば、同じ女性・男性でも立場や状況や考え方がぜんぜん違うので、参考になるかはわかりません。でも一つの事実として自分たちがこうでしたよっていう体験をありのままに書きました。男性読者だけにぶん投げていくつもりが、意外にも女性に「男ってこうだったのか」と読んでもらえているみたいで、やってよかったという実感がありますね。

元々、自分が書いていたライブレポートと近い作業で、体感した衝撃を書かずにはおれないんです。情報は氾濫して不確かになっていますが、これは一つの体験ということで、いかがでしたか?と。インターネットユーザーとして一矢報いたい気持ちでした。