レイプでも「被害届なんて出せない」と警察官が一蹴。見過ごされる性的少数者の性被害

性被害を受けたのに、警察や相談機関の窓口で差別的な対応を受けることも。性的指向や性自認(SOGI)の視点を盛り込んだ法律や制度が求められています。

「トランスジェンダーのことはよく分からないし、そんな複雑なケースは想定されてない。被害届なんて出せないよ」

レイプに遭い、相談した警察署で、浅沼智也さんは男性警察官が放った言葉に涙をこらえきれなくなった。

「トランスジェンダーの自分は、レイプされても相談する場所はなく受け入れてもらえない。死んだ方がいいかなと思いました」

警察や相談機関の現場で、性的少数者の性暴力被害が見過ごされ、差別的対応を受けることさえある。

(※この記事には、性暴力の描写が含まれます)

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浅沼智也さん
Machi Kunizaki/Huffpost Japan

浅沼さんは2018年、インターネットで知り合った男から、ホテル内で性暴力を受けた。男と初めて会った日だった。

浅沼さんは女性として生まれ、性自認は男性のトランスジェンダー。恋愛対象は男性だ。

「望んでいない」と拒んでも、男は「(性行為を)しないんだったら殺すぞ」と浅沼さんを脅した。抵抗すると、手首を押さえつけられた。

「お前は女なんだから、大人しく言うことを聞いていればいいんだよ」

首を絞められ、「殺されるかもしれない」と恐怖を覚えて動けなくなった。

 

「他をあたってもらえますか」

浅沼さんは、性暴力を受けてからしばらく、被害にあったことを誰にも言えなかったという。

「男として生きてるのに、男と性行為をした。そのことを誰かに話したときに、責められるのが怖かった。自分さえ黙っていればこれ以上心の傷が深くならない、と思いました

それでも、自分が声を上げないことでトランスジェンダーの当事者たちが同じような被害に遭うのは嫌だと思い、浅沼さんは民間の性暴力の相談機関に電話をかけた。

窓口の担当者は、「男の人はちょっと…。うちではトランスジェンダーの人は扱っていませんので、他をあたってもらえますか」と拒んだ。

「トランスジェンダーの被害者は受け入れてもらえないんだ、というのがショックで。自分の存在を否定された気がしました」(浅沼さん)

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Tomohiro Ohsumi

警察の対応にも傷ついた。

トランスジェンダーであること、性的指向のこと、性別適合手術の治療状況のこと…。

警察署を転々とさせられ、そのたびに複数の警察官に囲まれて、自らのセクシュアリティーなどについて同じ説明を繰り返した。

「ホテル内であったことなんて立証できない。トランスジェンダーのことはよく分からないし、そんな複雑なケースは想定されてない。被害届なんて出せないよ

ある男性警察官の一言に、こらえていた涙が抑えきれなくなった。被害届も、出せなかった。

 

警察官から「性的指向をやゆ」

性的少数者の性被害は、これまで見過ごされてきた。性的少数者が被害に遭うケースが想定されず、浅沼さんのように捜査機関や相談支援の現場で差別的な対応を受ける人もいる。

「LGBT法連合会」は、当事者や支援者から寄せられた「性的指向や性自認などによる差別・偏見」の困難リストを公開している

<同性の元パートナーからストーカー行為を受け、警察に相談したところ、性的指向を理由にやゆされたり、事件と関係ないのに性体験について質問されたりした

<トランスジェンダーが性暴力の被害に遭い、支援窓口を探したが情報が少なく見つけることが困難だった。知人に紹介してもらい、性暴力被害を扱う支援団体に電話をしたが、トランスジェンダーは取り扱っていないと言われた

<公的機関や支援機関に相談した時、担当者から性的指向や性自認に基づくハラスメントを受けた

性被害を訴えるだけでもハードルが高いにも関わらず、相談したことで二次被害に苦しむ当事者たちがいる。

 

“SOGI”の視点がない

同会の事務局長・神谷悠一さんは、次のように指摘する。

刑法などの法律やあらゆる制度に性的指向・性自認(SOGI)の視点が入っていなく、性的少数者の性被害に関する全国的な統計や、相談員の研修といった取り組みが担保されていません。そのため、個々の警察官や相談員の良識に頼っているのが現状です」

2017年の刑法改正で、従来の強姦罪が「強制性交等罪」に改められた。これにより、女性に限られていた性暴力被害者の対象が拡大し、性別を問わず適用されるようになった。

さらに、参議院の付帯決議には「被害の相談、捜査、公判のあらゆる過程で男性や性的少数者に対し偏見に基づく不当な扱いをしないことを関係機関に徹底させること」と盛り込まれた。

性的少数者の性被害への取り組みは、前進しているようにも見える。

ただ、神谷さんは「付帯決議に直接的な効力があるわけではありません。性的少数者への不当な扱いを禁止することを法律そのものに盛り込まない限り、全国の警察や相談機関での対応を一律に改善することは困難だろう」とみる。

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参議院の付帯決議。性被害の相談や捜査などで、性的少数者らに対し不当な扱いをしないよう徹底させることを盛り込んでいる
Machi Kunizaki/Huffpost Japan

約4割が「性被害受けた」と回答

どれほどの当事者が性被害を受けているのか。

宝塚大の日高庸晴教授(社会疫学)の調査で、回答した性的少数者のうち約4割が、レイプやセクハラなどの性被害に遭ったことが明らかになった。

調査はライフネット生命保険の委託を受け、2019年9月〜12月にインターネット上で実施した。ゲイやレズビアン、トランスジェンダーなど性的少数者計1万769人から回答があった。このうち、性暴力の被害の経験があると回答したのは4106人(38.1%)だった。

性被害の内容別(複数回答)では、

「性器や胸、尻など体に触られた」(22.4%)

「性的な言動でからかわれた」(17.3%)

「無理やりキスされた」(11.5%)

の順で多かった。

この他、「肛門への挿入行為」(6.6%)、「口腔性交を強要された」(5.6%)、「膣への挿入行為」(2.7%)といった被害もあった。

 

「男性器の挿入」要件、見直し求める動き

いまの法律が、性的少数者らの性被害の実態に見合っていないとして、刑法改正を求める動きもある。

強制性交等罪は、膣や肛門、口腔への「男性器の挿入」が犯罪の成立要件となっている。そのため、器具や指、凶器といった男性器以外の物を使った場合は、この罪は適用されない。

性的少数者の性被害の支援体制づくりや政策提言などに取り組む「Broken Rainbow-japan」は2020年9月、法務省に対し要望書を提出

要望書の中で、

・男性器以外の身体の一部や器具、異物を「性的に侵襲される・させられる」ことを強制されることを、強制性交等罪に加える

・強制性交等罪を強制的な「性的挿入・侵襲行為」の罪として名称を改める

ことなどを求めた。

 

法務省の検討会でも議論に

性犯罪に関する刑法改正を議論する法務省の検討会でも、犯罪と認められる対象行為の拡大が大きな論点の一つになっている。

検討会では、

「被害者側に起きることからすると、同意なく身体に挿入されること自体がレイプ」として、男性器や指、そのほかの物といった挿入されるものを問わずに「いずれも強制性交等罪とすべき」といった対象拡大に肯定的な意見が上がっている。

一方で、「男性器の挿入行為が最も起こりがちな性的被害であること、処女膜裂傷や妊娠の危険などの重大な被害を伴う可能性があること」などを理由に、「(男性器に限定することは)不合理ではない」として慎重な声もある。

(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)