気候変動は、実際どれくらい「ヤバい」のか?専門家に聞いた。【SDGs】

今のままでは気候変動を止めることはできないーー。そう記された国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」による最新の報告書。その内容について詳しく解説してもらいました。
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「世界の温室効果ガス排出量は、2025年をピークに減らしていかなければ、+1.5℃の目標を達成しない」

国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が出した最新の報告書では、今のままでは、気候危機を止めることはできないという強い危機感が示された。

2030年に向けて各国ともCO2の削減目標を掲げているが、そのすべてが完璧に達成されたとしても、パリ協定で共通目標となっている「+1.5℃」の世界線には到達できない。それどころか今世紀中に3.2℃上昇してしまうというのだ。

ただ、私たちは“危機”という言葉にもはや慣れてしまってはいないだろうか?実際、気候変動はどのくらい“ヤバい”のか?

IPCCのレポートに関わった森田香菜子さん(国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 主任研究員)と江守正多さん(東京大学教授/国立環境研究所 上級主席研究員)に話を聞いた。

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(左)江守正多さん(右)森田香菜子さん
提供写真

IPCC最新の報告書には何が書いてある?

<ポイント>

・世界の温室効果ガス排出量を、2025年までに減少に転じさせ、2030年までに4割削減する必要がある

・現在使用中および現在計画されている化石燃料インフラから排出される分だけで、1.5℃を上回ってしまう

・この数年間が危機回避のために残された最後の時間

以下で、詳しく解説する。

 

■世界の温室効果ガス排出量を、2025年までに減少に転じさせ、2030年までに4割削減する必要がある

「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が出した最新の報告書によると、世界の温室効果ガス排出量は減るどころか、増え続けている。

2010年〜2019年の温室効果ガス排出量の年間平均値は、人類史上最高となった。

今のままでは、パリ協定で合意した産業革命前からの世界の平均気温の上昇幅を「1.5℃」以内に抑える目標はおろか、「2.0℃」さえ難しい状況にある。

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パリ協定とは?
Huffpost Japan
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世界の温室効果ガス排出量は減るどころか、増え続けている。
IPCC第6次報告書 第3作業部会 報告書 政策決定者向け要約 解説資料より

報告書によると、1.5℃目標を達成するためには、世界の温室効果ガス排出量を2030年までに43%削減する必要がある。そのためには「世界の温室効果ガス排出量は、2025年をピークに減らしていかなければならない」といい、世界が気候危機を回避するためにはこの数年間が勝負だと指摘している。

これはどういうことだろうか?森田さんは「社会システムを大きく変えなければ間に合わないというメッセージだ」と解説する。

「全てのセクターで大規模な排出削減をしなくてはならない、つまりスピード感を再確認する必要があります。

各国が排出削減目標を掲げたり、排出量の削減や回避につながる気候変動関連の法律や政策の導入が進められたりしていますが、それでも世界の温室効果ガス排出量は増え続けています。

すぐに使える対策や政策オプションは揃ってきていて、それらを活用し、社会システムの変革を含めて、早期に大幅な排出削減を実現する方法を真剣に議論する必要があります。時間は残されていません」(森田さん)

1.5度以上の温暖化が進めば、猛暑や熱波、干ばつ、洪水などの頻度と強度の大幅な増加、そしてサンゴ礁をはじめとする生態系の劣化、動植物種の絶滅の加速、海面水位の上昇、食糧生産への影響など、深刻な影響が予測されている。

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イメージ
Getty Images

■現在使用中および現在計画されている化石燃料インフラから排出される分だけで、1.5℃を上回ってしまう

IPCCが2月に出した報告書は、適応策(起きる気候変動に対して人間や社会のあり方を調整していくこと)について書かれたものだったが、適応策だけではもう限界であることが示されていた。

例えば、深刻化する豪雨や洪水に対して、災害に強いまちづくりをすることは適応策の一例だが、長期的に見れば一時的な対症療法にしかならない。気候危機のスピードを考えると、起きることに対応していくだけでは、私たちがこの地球で生きていくことは難しい。

4月の最新の報告書では、適応策が限界に達している中で必要とされる「緩和策(温室効果ガスを削減すること)」についての具体的な内容が書かれている。

つまり「+1.5℃」の達成可能性を守るため、2025年までに排出量を減少に転じさせるという困難な目標に向かって、各国の政策決定者がとるべき行動指針が示されているのだ。

例えば下の図では、CO2を減らす施策ごとに、コストと対策効果を考慮したポテンシャル(削減に貢献可能な大きさ)が示されている。

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CO2を減らす施策ごとに、コストと対策効果を考慮したポテンシャル(削減に貢献可能な大きさ)が示されている。
IPCC第6次報告書 第3作業部会 報告書 政策決定者向け要約 解説資料より

国際的なアセスメント(評価)なので、日本にそのまま当てはめられるものではないが、エネルギーで言えば「太陽光発電」が最もポテンシャルがあり、次いで「風力発電」となっている。

報告書で特にはっきりと強調されているのが、「化石燃料の大幅削減」の必要性だ。

現在使用中および現在計画されている化石燃料インフラだけで、すでに1.5℃目標の排出量を上回ってしまうという。森田さんは「いかにギリギリなところにいるかがわかる」と指摘する。

「平均的な稼働率で動かしたら、今あるものだけで目標の排出量を上回ってしまいます。1.5℃の目標を達成するためには、今後新たに火力発電所を立てないだけでは不十分ということです」

 

■この数年間が危機回避のために残された最後の時間

また、最新の報告書では「公正な移行」について触れられていることもポイントだ。

「公正な移行」とは、脱炭素社会に向けて社会が大きく転換する中で、いかなる人々、労働者、場所、部門、国、地域も取り残されないようにすること。

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公正な移行とは?
Yuki Takada/ハフポスト日本版

「公正な移行」を考えることは、気候変動対策を加速することに繋がるとしている。

「例えば、化石燃料に依存した産業で働いていた方々が、再生可能エネルギー分野など脱炭素に貢献する分野で新たに働けるように考えることも大事ですが、特に途上国においてこの“公正な移行”が重要な観点となっています。

気候変動対策は、先進国も途上国もみんなで一緒にやっていかなければいけないですが、途上国は経済的にも厳しい生活を送っている方々も多く、発展のために既存の化石燃料を使う必要があるという主張も強いです。

また先進国によるこれまでの排出が現在の気候変動の原因に大きく影響していることから、先進国と途上国の間でも溝があります。気候変動を食い止めるには、途上国の社会システムの変革のための国際協力も必要です。

だからこそ、日本は『できない』と言っていられない。日本国内の脱炭素社会を実現していくことだけでなく、途上国の脱炭素に向けた取り組みや社会システムの変革への協力など、日本は気候変動分野でどう国際的にリードしていけばいいかを考えていかなければいけないと思います」

 

近い将来、本当に気候危機を食い止める手段はなくなるかもしれない

毎年、叫ばれ続けているこの「危機」を、私たちはどう受け止めればいいのだろうか?

江守さんは、「このままでは、いつか気候危機を止める手段がなくなるかもしれない」と警告する。

「地球環境は、『もう後がない』と10年くらい言われ続けています。この間、『将来、大気からCO2を大量に吸収するならば』など、危機的な状況を回避するための条件を付け加えながら、『まだ間に合う』と、選択肢と可能性が提示されてきました。でも自然は待ってくれません。積み上げられる条件はどんどん厳しくなっていきます。このままの状況が続けば、気候危機を止めるためのオプション(選択肢)はどんどん減っていくと思います。いつか、本当に気候変動を止める手段がなくなるかもしれません」(江守さん)

もうすでに今の選択肢は厳しいものになってきているという。

「最新の報告書でも、2025年をピークに排出量を減らすことが絶対条件とされていますが、世界の排出量を減らすと言うことは、これから経済成長していく途上国が、ほぼゼロカーボンで発展しなくてはいけないということを意味します。

途上国では、これから人口が増え、車が増え、発電所が増え、工場が増える。そういう国が火力発電所を一切作らずに、太陽光や風力発電などで経済成長しなくてはいけないのです。今の先進国はこれまで大量のCO2を排出して発展してきました。途上国にそんなことが求められるでしょうか?でも、そういうところまできています」(江守さん)

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火力発電所のイメージ写真
Getty Images

森田さんは、とにかく世界中の国やステークホルダーが「同じ方向に向かうことが大事」と語る。

「全ての国が化石燃料から脱却しないといけない中で、化石燃料に対する資金の流れは、気候対策への資金の流れよりも、依然として大きいということも最新の報告書で指摘されています。

多くの国で、気候変動対策を進める一方で、国が化石燃料に補助金を出すなど、チグハグな政策では、早期の大幅な排出削減は実現できません。政策や方針に一貫性を持たせ、脱炭素に向けて国を含むステークホルダーが同じ方向に向かわなければいけません」

 

変化のカギは「ファイナンス(金融、資金)」の力

気候変動対策を進める上では、「ファイナンス(金融、資金)の力も大きなドライブになる」と森田さんはいう。

「社会を変えていくためには、お金の動きもとても重要です。民間や金融機関が、グリーンな方向にお金を向けるようになるためには、国際社会や政府が脱炭素に向けてもっと明確な方針を示すことが必要です」

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Business professional tries to rein in inflated dollar symbol.
Alfieri via Getty Images

一方で、「まだ希望も持っている」と話す。

「ファイナンスについて言えば、投資をする人たち、金融関係の人たちというのは、国際動向をよく見ています。気候変動と金融だけでなく、生物多様性と金融の議論も、ここ数年で一気に前へと進みました。日本も、ファイナンス面で世界からかなり厳しい目で見られています。そういう外からのプレッシャーは前に進むための力になります」

今年11月にはエジプトでCOP27が開催される。今回のIPCCの最新の報告書は、どのような影響を及ぼすのか。

「もちろん最新の報告書の内容は、COP27にも響いてくる内容だと思います。ただ、特にファイナンス面では、もうCOPの域を超えた話になっています。

つまり、気候変動は単なる環境問題の話ではなく、経済や金融に関する話であり、安全保障に関する話であり、気候変動枠組条約を超えた範囲に話が及び、主要7カ国(G7)といったレベルでも議論されています」

また、ロシアによるウクライナ侵攻は、改めてエネルギー問題や安全保障の問題を浮き彫りにした。世界の危機的な状況が続く今だからこそ、気候変動対策を進める必要性を指摘する。

「コロナもそうですが、世界的な危機は常にあります。危機に直面しているからこそ、例えば、今は特にエネルギー自給率の改善の観点からも、再生可能エネルギーの普及の議論を進めるなど、歩みを緩めずもっと真剣に議論を進めていかなければなりません」

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<プロフィール>

森田香菜子さん

森林総合研究所 生物多様性・気候変動研究拠点 主任研究員

IPCC第6次評価報告書の主執筆者

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森田香菜子さん
ご本人提供

江守正多さん

東京大学 未来ビジョン研究センター教授、国立環境研究所 地球システム領域 上級主任研究員

IPCC第5次、6次評価報告書の主執筆者

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江守正多さん
ご本人提供