年3000回「針を刺す」子どもたち 1型糖尿病を「治る病気」にするために

患者・家族らでつくる団体が、再生医療研究への支援を呼びかけている。

生涯、注射を打ち続けないと生きることができない……あなたはそんな人生を想像できるだろうか。現在のところ根治法がない1型糖尿病の子どもたちは、年間3000回にも及ぶ「針を刺す」日々を送っているのだという。

この出口のない苦しみから子どもたちを解放し、普通の生活を取り戻すことを目指して、患者・家族らでつくる日本IDDMネットワーク(本部・佐賀市)は、iPS細胞から膵臓をつくる最先端の再生医療研究への支援をクラウドファンディング「A-port」で呼びかけている

 

根本治療は移植のみ インスリンが手放せない日常

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1型糖尿病患者らとの意見交換、交流会に参加する東京大学医科学研究所の山口智之特任准教授(右)=日本IDDMネットワーク提供

1型糖尿病は、自己免疫の暴走によってインスリンをつくる膵島(膵臓内にある細胞群)β細胞が破壊され、血糖値を調節できなくなる難病だ。血糖値を下げる働きを持つインスリンが分泌されず、高血糖状態が続くと様々な合併症を引き起こす危険がある。

そのため、患者は1日に何度も針を刺して血糖値を測り、インスリンを4~5回も注射し血糖値をコントロールしなければならない。国内の糖尿病患者約1000万人のうち、1型の患者は10万~14万人と推定されている。

なぜ発症するのか、原因はわかっていない上、根本的な治療法としては膵臓、膵島移植しかないのが現状だ。周囲の理解と協力のもと、本人がインスリン注射などで血糖値を正しく管理できれば、健康な人と同じ生活をすることはできる。1型糖尿病と闘いながらプロで活躍するスポーツ選手もいるほどだ。

だが、小児期に発症するのはほぼ1型で、子どもたちは将来に続く長い人生を日々の痛みと不安を抱えながら生きていかなくてはならない。

4歳で発症した小学校2年生の女の子はこんなメッセージを寄せている。

「1日に何回もけっとうはかったりちゅうしゃをしなきゃいけないのがめんどくさいです。たまにいたいときがあるからいやです。いつもお母さんに聞いたインスリンのりょうをけいさんしてからじゃないと食べれないのでびょう気がなおったら、なんにも気にしないですぐに食べたいです」

 

患者と家族を支援し、病気根絶のための研究もサポート

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インスリンを注射する1型糖尿病の子ども=日本IDDMネットワーク提供

「泣き叫び逃げ回る子を抑えつけ針を刺すのは本当につらい。最初のうちは現実を受け入れられない親が少なくありません」

長男が1型糖尿病で、自身も患者である日本IDDMネットワーク職員、笹原加奈子さんはこう話す。

「発症原因もわからないので、どうしても親は自分を責めてしまいます。代われるものなら自分が代わってやりたい……といった思いに苦しみながら、状況を受け入れるのに1年から3年ぐらいかかるケースが多い。それだけに、この病気が治る方法があるかもしれないと想像するだけで涙がでてきます」

日本IDDMネットワークの「IDDM」とは、「インスリン依存状態」を示す英語の略語。同ネットワークはインスリンを常に補充しないと生活できない1型糖尿病患者を中心にその家族らとで1995年に設立された。

患者や家族への情報提供や交流、支援活動のほか、“1型糖尿病の根絶(=治療+根治+予防)”というゴールを目指し、2005年からは先進的な医学研究への資金助成にも取り組み、これまで4億円余を提供してきた。

 

動物の体内でヒトの膵臓をつくる研究

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iPS細胞を使った実験に取り組む東京大学医科学研究所の胚操作室

今回支援を呼びかけているのは東京大学医科学研究所の山口智之特任准教授らが進める、iPS細胞を使って他の動物の体内にヒトの膵臓を作り出す研究だ。研究が成功すれば、膵臓、膵島移植のドナー不足や移植後の拒絶問題なども含めて一挙に解決する可能性が高く、関係者の期待は大きい。

山口特任准教授は2017年に世界で初めてマウスのiPS細胞からラットの体内に膵臓をつくりだし、大きな注目を集めた。

「胚盤胞補完法(はいばんほうほかんほう)」と呼ぶ手法で、「受精卵由来の細胞」と「iPS細胞由来の細胞」から成り立つキメラ動物のラットを生みだし、その体内でマウスのiPS細胞由来の膵臓を生成することに成功。さらにその膵臓から膵島を取り出し糖尿病のマウスに移植すると、その後マウスは免疫抑制剤なしで血糖値を正常に保つことができた。

この仕組みを人間に応用した場合のイメージ図がこちらだ。

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日本IDDMネットワーク提供

日本では2019年、ヒトのiPS細胞を使って動物の体内で臓器をつくる実験がようやく認められた。ヒトへの応用へ向けて新たな段階に取り組み始めた矢先に今回の新型コロナウイルス禍が起きてしまった。緊急事態宣言で大学への立ち入りも制限された。実験はリモートではできないため、6月に再開されるまで研究は約2カ月ストップしてしまった。

山口特任准教授によれば、世界では欧米の研究者が中国と協力して同様の研究を進めているという。「研究中断は残念だったが、遅れを取り戻し5年後の2025年のゴールを目指したい」と語る。

マウスからヒトへの応用について、「壁は高いが、培ってきた技術で乗り越えられる手応えもある」と話す。これまで日本IDDMネットワークが主催する交流会やフォーラムに参加し、患者や家族の切実な思いを聞く機会も多かっただけに、研究の成功によって「日々不安を抱えて暮らしている患者さんに、普通の生活を取り戻してほしい」と願っている。

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山口智之特任准教授(右)=日本IDDMネットワーク提供

不治の病を治る病気に。子どもたちに未来を届けたい

笹原さんは「自分は無理かもしれないが、子どもの世代には1型糖尿病が『治る』病気になってほしい。ヒトの膵臓を動物内でつくれるようになれば、他の病気への治療や応用も可能になるでしょう。社会貢献の一つとして、多くの皆さんに協力を考えてもらえれば」と話している。

 

支援の受け付けは7月27日まで

今回のクラウドファンディングには、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長や1型糖尿病患者である阪神タイガースの岩田稔投手が応援メッセージを寄せるなど注目を集め、当初目標の500万円を6月中に達成した。

現在はネクストゴールとして800万円を目指しさらなる支援を呼びかけている。詳細はこちら

(朝日新聞社デジタル・イノベーション本部 山内浩司)