医療による成長戦略を進めるために(2)

現行の皆保険制度は、今から50年以上前の高度経済成長の時代に、日本がまだ若く、病気になる人が少なかった時代にできたものだからだ。今では、その前提条件が成立しない。
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前回、我が国の医療の成長とグローバル化のためには、日本版NIH構想を契機として、国内外の英知を集め、戦略的かつオープンな研究投資先を決定する仕組みを作る必要があると書いた。

もう一つ忘れてならないことは、抜本的な国内医療制度改革が必要なことである。しかし、アベノミクスでは、このことがあまり議論されていない。

我が国の皆保険は既に破綻している。私たちの推計では、全国で大阪市の人口と同じくらい(約300万人)の保険未加入者がいる。

今後、医療イノベーションを進めると、さらに新薬や新技術が出現するだろう。それらが健康保険で賄われるようになるたびに、医療費は増大していき、現行の制度はますます維持できなくなる。

そもそも保険は、払った保険料に応じて給付が決まるのが原則だ。しかし、日本では、この原則は完全に崩れてしまった。

それもそのはずである。現行の皆保険制度は、今から50年以上前の高度経済成長の時代に、日本がまだ若く、病気になる人が少なかった時代にできたものだからだ。今では、その前提条件が成立しない。

現行の制度では、健康で医療費もかからない社会の活力である若い世代の負担が大くなっている。にもかかわらず、彼らには保険料への見返りは殆どない。その多くは高齢者の医療費の補填に流用されているからだ。

皆保険が事実上破綻している今、国内医療制度改革の議論は待ったなしだ。

残念なことに、民主党政権下での「税と社会保障の一体改革」など医療を含めた社会保障の議論は、ともすると既存の制度を維持するための財源論に終始することが多かった。

しかし、世界保健機関(WHO)も定めているように、保健医療制度の主な目的は、医療費の抑制や皆保険制度の維持ではない。

本来の目的は、国民の健康を増進することであり、医療費の公平な負担(世代間や世代内での)を守ることである。「国民の健康を守り増進すること」は、米国NIHの最大のミッションでもある。

国民の健康を増進することが目的であれば、医療イノベーションの方向性も、例えば、抗がん剤開発からがん予防ワクチン開発のように、診断と予防が重視されるようになるだろう。

そして、若い世代の負担を軽減し社会的弱者を手厚く保護するためには、医療費の支払いの仕組みも大きく変わらざるを得ない。

さらには、大胆な規制緩和も必要だ。医療の「見える化」(保健アウトカムの公表による無駄なサービスのカット・予防サービスの保険償還・成果に基づく支払いなど)と「自由化」(混合診療の解禁など)であり、これらは民間主導のイノベーションを促進する大きな力となる。日本には民間の強い力がある。医療セクターだけが例外であるはずが無い。

こうした改革こそが、世界が注目する医療制度のイノベーションだ。

世界で最も権威ある医学雑誌の一つである英国「ランセット」誌のリチャード・ホートン編集長は、2年前に私たちと日本の医療制度に関する特集号の準備をする過程で次のように言った。

「日本は世界の医療の鏡だ。日本の医療制度は日本国民のみならず、世界の人々の健康のバロメーターであるという点でも、きわめて重要である。日本は大変なソフトパワーを持っており、世界における確固たる地位を確保する努力と国内での政策を改善する力の発揮へ向けて動いている。」

閉塞感に覆われた国内状況だが、我が国の保健医療に対する世界の信頼と期待はいまだに高いのである。

戦略的研究支援と国内規制緩和がセットになって初めて、我が国の医療イノベーションによる成長戦略が動き始める。