民主主義共同体とシビック・スペース

2017年9月15日、ワシントン宣言が採択された。

人権や開かれた社会を擁護する旗頭であるはずの民主主義への信奉が世界各地で陰りを見せるなか、2017年9月15日、米国ワシントンDCにて、民主主義共同体(Community of Democracies:CoD)の第9回閣僚級会合が開かれた。筆者はこれに日本における市民社会フォーカルポイント(*1)として参加した。

民主主義共同体(以下、CoD)は、2000年に第1回閣僚級会合が開かれ、現在は世界100カ国以上が加盟している政府間機関で、日本は加盟国であるばかりでなく、30カ国から成る運営理事会の一員として機関をリードする立場にある(*2)。

今回の閣僚級会合には、岡村特命全権大使(平和と安定に関する国際協力担当)が参加し、民主主義を支援する日本政府の姿勢等について発言した。

会合では、議長国を務める米国よりティラーソン国務長官が開会の挨拶を述べ、新たに任命されたギャレット事務総長が2年前の閣僚級会合からの歩みを辿るとともに、民主主義の擁護が一層喫緊の課題となっていることを強調した。

一日の最後に、第1回閣僚級会合で採択され、CoDの基礎となっているワルシャワ宣言(*3)の精神を尊重することを確認し、以下の5つのポイントから成る「ワシントン宣言」(*4)を採択した。

「ワシントン宣言」概要

1. 世界各地で民主主義を支える機関や価値の後退が起こっていることと、市民が自由に活動できる領域(シビック・スペース)や法の支配が脅威にさらされていることを危惧する。

2. このような時代状況に鑑み、加盟国は、民主主義への移行に苦心している国々に対し、ガバナンス構築等の面で支援するなど、民主主義の普及のためにリーダーシップを発揮することが求められる。

3. 持続可能な開発目標(SDGs)との関係において、SDGsの目標16(平和と公正をすべての人に)の達成状況を測るために開発された補助指標を加盟国が自発的に活用することを奨励する(*5)。

4. 加盟各国において、説明責任・透明性が確保された行政機関を確立すること、オープンで公正な公共調達を促進すること、法の支配を徹底するために司法と立法の間でのチェック機能を働かせることを推進することを奨励する。

5. シビック・スペースと報道の自由を擁護し、これらに制約を加えるような立法措置や政策に反対することなど、加盟国が国際社会のなかで共同体の精神に則った模範的立場を示すことが求められる。

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閣僚級会合で開会の挨拶を述べるティラーソン米国務長官
今田克司

シビック・スペースの危機

この会合のひとつの特徴に、市民社会の活発な関与・参加がある。運営理事国や他の加盟国だけでなく、市民社会にも発言の機会が認められるほか、今回の閣僚級会合では午前中にシビック・スペースの縮小を正面からとりあげるセッションもあり、米国、ノルウェー、スウェーデン、アルゼンチン、カナダ、チリなどの政府代表が活発に発言し、市民社会の活動を奨励することが民主主義の発展のために必要不可欠であることを強調していた。

確かに、世界各地でシビック・スペースは危機的状況にある。米国のNGOで、CoDへの市民社会参加に関してもリーダー的立場にあるフリーダムハウスの調査によれば、市民的・政治的自由(言論、結社、集会の自由等)は11年連続で制約強化の方向にあり、特に、米国を始めとして「自由な国」と称される国での市民に対する締め付けが進んでいる(*6)。

平和と安定をもたらす民主主義

今回の閣僚級会合には、加盟国のほか、30を超える国・地域から、市民社会関係者約50名が集まり、様々な意見交換を行った。

これら関係者も参加して、閣僚級会合に先立つ9月13日、ブルッキングス研究所にて、民主主義こそが国内外の平和と安定をもたらす最善の政治体制だということを示す報告書が発表された(*7)。

これは、CoDが昨年、オルブライト元米国務長官とジョマア元チュニジア首相を共同議長として立ち上げた研究プロジェクトで、民主主義への移行過程で多くの国々が経験する政治的不安定などもあり、民主主義体制への疑念が増大している今日的状況に実証的研究で答えようとする試みだった。

CoDと市民社会の関わりの今後

今回の閣僚級会合で米国の議長国は終了し、今後2年間は、運営理事会からさらに絞り込まれた7カ国(チリ、ノルウェー、ポーランド、韓国、ルーマニア、スウェーデン、英国)が執行理事国となり、ノルウェーが今後半年間の議長役を務めることが決まった。

世界各地で民主主義が逆風にさらされるなか、CoDが果たすべき役割は増大している。

しかしCoD自体、そもそも議長国である米国が今回の閣僚級会合の開催にゴーサインを出さず、開催2週間前になってようやく開催が決まったという背景もあり、国際社会における民主主義の牽引役としての立場は盤石ではない。

おりしも、閣僚級会合の直後の週末には、トランプ政権が発表したいわゆるDACA制度(成人になる前から米国に不法に滞在している移民救済制度)撤廃に向けた動きに抗議する複数の集会が準備されていて、人権擁護の立場からの現米政権への批判は一層強まっている。

市民社会は、シビック・スペースの危機を訴える受け皿としてのCoDへの関与を強めてきたが、CoD本体の今後に対する不安もあり、今後の関わり方についてさらに議論を続けていくこととなる。

そんななかで、今回SDG16の補助指標が作成されたことは好ましい進展で、SDGsなど、より国際的に認知度の高い国際合意を活用する試みを展開していく必要がある。

日本においても、6月に犯罪を計画段階から処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織的犯罪処罰法が与党の強硬措置で成立するなど、シビック・スペースの擁護にとって脅威となるような事態も起こっており、CoDの取り組みは注目に値する。

今後、この枠組みに市民社会としてより積極的に参加していく、CoD活用のために日本政府との対話を強化するなど、取るべき方策は少なくない。

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ブルッキングス研究所の会議で話すCoD の「生みの親」ともいえるオルブライト元米国務長官
今田克司

*1. この機構にNGOなどの民間非営利団体やネットワークの参加を促すための仕組みの一つで、運営理事国の政府側代表のカウンターパートとしての市民社会代表。CoDには、国際NGOらが中心となる25団体を国際運営委員会(International Steering Committee:ISC)と位置づけ、これを正式な共同体メンバーと見なす機構が存在するが、市民社会フォーカルポイントはさらに市民社会の参加を拡充するもの。

*2. 民主主義共同体に関する外務省の情報サイトは、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/minshu/k_kaigo.html

*4. 本稿執筆時点では、CoDのサイトに未掲載。

*5. SDG16の補助指標作成については、筆者が代表理事を務めるCSOネットワークが5月にセミナーを開いている。以下リンク参照。

補助指標自体は、近日中にCoDのサイトに掲載される予定。

*6. Freedom in the World 2017 レポート(英語のみ)