フェイクニュース対策に揺れるEU:「表現の自由」と「いまそこにある危機」

その実装、さらにその効果が、どのような形で出てくるのか。

欧州連合(EU)の行政執行機関、欧州委員会が4月26日、フェイクニュース対策のための最終報告を公開した。

フェイスブックなどのプラットフォーム企業に対策強化を求め、効果が見られなければ法規制を含めた追加措置を検討する、としている。

まずはプラットフォームの自主規制をゆだね、法規制をちらつかせながらも先送りするという、玉虫色の対応策だ。

ただその背後には、玉虫色にせざるを得ない事情もある。

オランダでは、EUのタスクフォースによって「フェイクニュース」判定を受けた新聞社などが、「表現の自由」「報道の自由」の侵害だとしてEUなどを相手取った訴訟騒動に発展。

一方では、米英仏によるシリアへの「ミサイル攻撃」をめぐるロシアとの"フェイクニュース"をめぐる情報戦や、英国ではロシアの元スパイ親子暗殺未遂をめぐる情報戦などの「いまそこにある危機」が進行中。

そして、来年5月にはフェイクニュースの標的となる欧州議会選挙を控えるというタイムリミットがある。

その狭間で板挟みになった欧州の現状が、フェイクニュース対策にも影を落としているようだ。

●自主規制、ダメなら法規制

欧州委員会の最終報告は対策方針のみをまとめた17ページのシンプルな内容だ。

2017年11月に「ハイレベル専門家グループ」を設置。今年1月から始動した同グループは、フェイスブック、グーグル、ツイッターを含むプラットフォーム企業、研究者、ファクトチェックの専門家、メディアなど39人のメンバーで構成3月には答申を出し、これ受けて4月末の最終報告発表、とかなりのスピード感だ。

最終報告では今後のタイムテーブルが示されている。

それによると、欧州委はプラットフォーム、広告業界、広告主、メディア、市民グループなどのマルチステークホルダーによるフォーラムを設置。このフォーラムにおいて、フェイクニュース対策の具体的実施項目をまとめた「行動規範」を7月までに策定。この「行動規範」の10月までの実施状況を受けて、欧州委が12月までに効果を評価するとしている。

そして、最終報告はこう述べる。

効果が十分でないと判定された場合には、欧州委は規制的内容を含む追加措置を打ち出すことになるだろう。

かなり慌ただしい工程表の先にあるのが、2019年5月に予定されている欧州議会選挙だ。この選挙に向けた、ロシアによるフェイクニュース工作を念頭に、すべての工程を逆算しているようだ。

●アルゴリズム、データの開示要求

最終報告では、ユーザーへのメディアリテラシー教育、クオリティ・ジャーナリズムの支援など、幅広い対応策を掲げる。

ただ、中心となっているのは、フェイスブック、グーグル、ツイッターなどのプラットフォーム企業に対する対策要求だ。

特に、陰に陽に、標的とされたのはフェイスブックだ。

米英を中心に世界規模で広がったフェイスブックのユーザーデータ8700万件流用問題が発覚したのは、フェイスブックを含む専門家グループによる答申(3月12日)の5日後、3月17日というタイミングだった。

特に2016年の米大統領選では、個人データ解析に基づいたターゲティングの手法が、フェイクニュースの拡散でも用いられたのではないか、と見られている。データ流用は、まさにフェイクニュース対策の根幹に関わる問題として、最終報告でも言及されている。

さらに、プラットフォーム全般について、こう述べる。

コンテンツを配信するネットのプラットフォーム、特にソーシャルメディア、動画共有サービス、検索エンジンは、ネット上の虚偽情報の拡散と増幅に、中心的な役割を果たしている。これらのプラットフォームは、これまでのところ適切な対応がとれておらず、虚偽情報およびプラットフォームのインフラの悪用問題に十分に対処できていない。

そこで、欧州委の最終報告がプラットフォーム企業に要求しているのは、アルゴリズムやデータの開示といった、これまで繰り返し求められてきた「透明性」を中心とする対策だ。

具体的には、下記の9項目をあげている。

――広告掲載における審査の大幅な改善。特に虚偽情報の拡散者の広告収入を減らし、政治広告におけるターゲティング機能を制限するため。

――スポンサード・コンテンツの透明性確保。特に政治および意見広告について。あわせてデータを整備し、スポンサード・コンテンツについて、スポンサーの身元、支払い金額、ターゲティングの照準などの包括的な情報を保存しておくこと。ユーザーが特定の広告のターゲットとされた理由が理解するために、同種の仕組みを導入すること。

――フェイクアカウント閉鎖のための取り組みの効果を向上させ、明示すること。

――ユーザーによるコンテンツ評価を促進すること。評価には、コンテンツ提供元の信頼性についての指針を提供。これらの指針は客観的な指標に基づき、ニュースメディア業界に承認され、ジャーナリズムにおける規律、プロセスに合致するものとし、メディアのオーナーとその身元についての透明性が確保すること。

――信頼できるコンテンツの表示の優先度を向上させることで、虚偽情報の表示を低下させること。

――ボットに関する明確な識別システムとルールを確立し、ボットの振る舞いが人と混同されないようにすること。

――ユーザーが、違った視点のニュースソースによるコンテンツを発見し、アクセスできるよう支援するため、ネット利用をカスタマイズできるインタラクティブなツールを提供すること。また、虚偽情報を報告するための、アクセスしやすいツールを提供すること。

――ネット上のサービスが、デザインレベル(バイ・デザイン)で虚偽情報に対する安全対策を実装していること。例えば、コンテンツの表示優先度を決めるアルゴリズムの振る舞いについての詳細情報や、虚偽情報の判定方法の取り組みなど。

――信頼できるファクトチェック組織やアカデミアに対し、プラットフォームのデータへのアクセスを(特にAPIを通じて)提供すること。ただし、ユーザーのプライバシー、企業秘密、知的財産には配慮すること。これにより、ファクトチェック組織やアカデミアは、関連するアルゴリズムの機能について理解を深め、虚偽情報のダイナミクスや社会へのインパクトの分析、監視の能力を向上させることができるだろう。

この9項目には、すでにプラットフォーム企業が取り組みを始めているものもあり、7月までに策定される「行動規範」にどう書き込まれるかによって、効果の程度は大きく変わる。

特に最期の2つのアルゴリズム、データ開示は、フェイクニュース問題において、大きなカギを握ると見られてきた。ただ、「プライバシー、企業秘密、知的財産への配慮」という但し書きがあるように、実装次第では骨抜きになる可能性も残る。

●「パンチに欠ける」

欧州委の最終報告に対し、グーグル、アマゾン、アップル、マクロソフトなどが名を連ねる業界団体「デジタルヨーロッパ」事務局長のセシリア・ボネフェルド・ダール氏は、ガーディアンの取材に対し、自主規制としたことは評価しつつ、視聴者のデモグラフィーに応じた広告のターゲティングはテレビ時代からある、として「これは違法行為ではないし、過剰反応は避けるべきだ」と指摘。

また、フェイスブック、グーグル、アマゾンなどが加盟する業界団体「コンピュータ・通信産業協会(CCIA)」の欧州上席ポリシーマネージャー、モード・サケ氏は、ロイターに対し、スケジュールのスピードに警戒感を示しながら、「行動規範策定では、影響を受けるサービスの多様性を考慮し、万能の対策など存在しない、ということを理解しておくべきだ」と予防線を張る。

一方、「欧州消費者機構(BEUC)」事務局長のモニーク・ゴイエンス氏は、ガーディアンの取材に「欧州委のこの問題の分析は的を射ているのに、その対応はパンチに欠ける」と指摘し、こう述べている。

欧州委がフェイクニュース対策を真剣に考えているなら、大手プラットフォーム企業の広告ビジネスモデルこそが、虚偽情報の拡散の原動力になっているという事実に取り組む必要がある。

これまでの経緯から見れば、自主規制によってフェイスブックのような企業を変革させることなど、できそうもない。

オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所の研究ディレクターで、欧州委のハイレベル専門家グループのメンバーでもあったラスムス・クライス・ニールセン氏は、「ポインター」の取材に対し、多様な利害関係者の意見が集約できたことに価値がある、と述べる。

最終報告では、報道の自由の重要性を明記し、虚偽情報に対する、マルチステークホルダーによる協働アプローチの必要性を強調することができた。これこそ最も期待されていた内容であり、不慮の結果を抑えることができたといえる。

この点にこそ、本当に重要な価値があると思っている。

ニールセン氏が、最終報告の「着地」を評価してみせる背景には、EU加盟国の中に存在するフェイクニュース対策への温度差がある。

最も強硬派のドイツでは2017年6月末に、ネット上のフェイクニュースやヘイトスピーチなどの違法コンテンツについて、ネット企業に対処義務を課し、最高5000万ユーロ(66億円)の過料もある「ネットワーク執行法」、通称"フェイスブック法"が成立。同年10月から施行されている。

また、フランスでもマクロン大統領がフェイクニュース規制法案を推進する。

そんな中で改めて「報道の自由の重要性」が取り上げられるのには、わけがある。

今年2月にオランダで起こされた裁判が、大きな注目を集めたのだ。

●「表現の自由」をめぐる裁判

EUでは2015年、ロシア政府によるプロパガンダに対抗するために、欧州委の欧州対外行動庁(EEAS)に「イースト・ストラットコム」というタスクフォースを立ち上げた。

問題となったのは、このタスクフォースのフェイクニュース対策プロジェクト「EUvsディスインフォ」だ。

「EUvsディスインフォ」は、NGOなどのボランティアのネットワークから寄せられ、フェイクニュースと判定した3800以上のコンテンツを、データベース化してサイト上で公開している。

この中で、オランダのローカル紙「デ・ヘルデランダー」、ニュースサイト「ザ・ポスト・オンライン」、右派ブログ「ヒーンスティル」のウクライナ情勢に関する記事が、それぞれ「ロシア政府の立場を支持するフェイクニュース」との判定を受けた。

この「フェイクニュース」判定に対し、3者が2月、「報道の自由」「表現の自由」を侵害されたとして、EU、欧州委などを相手取り、アムステルダム地裁に提訴したのだ。

ワシントン・ポストによると、この3メディアの記事の情報はともに、ウクライナのボランティアから寄せられたもので、情報提供者はいずれもオランダ語は理解せず、グーグル翻訳などによってその概要を把握したようだ、という。

また、このEUのタスクフォースのスタッフは14人で、フルタイムはうち3人だけ、という態勢だとしている。

ポストの取材に対し、EEASの広報担当は「翻訳における齟齬(ロスト・イン・トランスレーション)があった」としながら、「チームの取り組みは極めて透明な形で行われている。表現の自由、報道の自由を侵害するものでは決してない」と述べている。

これとは別に、仏HEC経営大学院教授のアルベルト・アレマノ氏も3月末、欧州委のフェイクニュースへの取り組みが「表現の自由」を侵害するとして、欧州オンブズマンに提訴している。

●元スパイ暗殺未遂をめぐる情報戦

「表現の自由」「報道の自由」をめぐる議論の一方で、目の前で進行中の問題もある。

米英仏が4月14日にシリアの化学兵器関連施設などに対して行ったミサイル攻撃の理由としてあげている、シリア政府による化学兵器使用の指摘について、ロシア政府は「フェイクニュースだ」と否定。

国連安保理などを舞台に、情報戦が展開されている

また英国では3月4日、元ロシアスパイ、セルゲイ・スクリパリ氏と娘のユリア氏が意識不明で発見される、という事件も起きた。

英国のテレーザ・メイ首相は3月12日、この事件では、ロシアで開発された軍用で毒性の高い神経剤「ノビチョク」が使われており、「ロシアによるものである可能性が極めて高い」と述べている。

だがロシアのラブロフ外相は4月14日、毒物は「BZ」と呼ばれる別の神経剤で、旧ソ連やロシアでは製造されたことがない、と否定。「この製剤は米国、英国、その他NATO諸国が保有しているものだ」と述べている。

「いまそこにある危機」として、欧州を舞台に情報戦が展開されているのだ。

●寄木細工の対策

「表現の自由」「報道の自由」を守りながら、「今そこにある危機」に対処する。

ロイター研究所のニールセン氏が評価するように、このような状況の中で、寄木細工のような対策が「着地」したことは、フェイクニュース対策の一歩、とは言えるかも知れない。

だが、その実装、さらにその効果が、どのような形で出てくるのか。

足元の対策を考える上でも注視したい。

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(2018年5月5日「新聞紙学的」より転載)