日本だからこそできる「テロ報道」を

イスラム過激派のテロを経験したことのない日本だからこそ、客観的な視点での報道をしてほしい。
|

今年3月まで暮らしていたフランスで、また悲惨なテロ事件があった。事件直後から、フランス政府とメディアは、容疑者とイスラム国(IS)とを結び付けようと必死だ。

19ヶ月間の間に3度の大規模テロを経験したら、冷静さを失うことは仕方ないと思うが、日本のメディアまで、フランスの報道をそのままコピペするのはどうかと思う。イスラム過激派のテロを経験したことのない日本だからこそ、客観的な視点での報道をしてほしい。

まず、事件発生直後の7月15日朝日新聞夕刊1面。

「オランド氏は『仏全土がイスラム過激派に脅かされている』と述べ、イラクやシリアのIS支配地域への空爆を強化する考えを明らかにした」

この時点で、事件とISとの関係なんて、わかるはずがない。それだけ、フランス国民がトラウマを抱えてしまっているということなのだろうが、遠く離れた日本の朝日新聞がそれをこのまま書き出すことに違和感がある。

読者は自動的に事件がISと関係していると勘違いしてしまうだろう。大統領がそう言ったのだから、事実として報道するのは仕方ないのかもしれないが、一言、「事件がISとの関連はまだ不明だが」と付け加えてもいいし、「解説欄」を設けて、「空爆強化より、事件の全容の解明が先決だ」と大統領の発言に疑問を呈してもいいのではないか。

そして、朝日新聞17日朝刊1面で「仏テロ、IS系が犯行声明」という見出しの記事。

「ISが運営するラジオ局『アルバヤン』は、『フランスのIS戦士が十字軍100人以上を殺害する作戦を実行した』とトップニュースで伝えた」

「犯行声明」とは、事件後に、その犯行を行った者が、犯行を起こすに至った理由について伝えることである。つまり、ISが容疑者に直接犯行の指示を出したということが前提にあるべきだ。しかし、この時点では、ISが指示を下したという証拠はなく、ISが勝手に、容疑者を「戦士」と呼んでいる可能性もある。「十字軍100人以上を殺害する作戦」とあるが、殺された人の中には多くのイスラム教徒もいるのである。

米国のニューヨークタイムスはどう報じたか。

見出しは「ISが容疑者がISの『戦士』だと主張した」で、「犯行声明」とはニュアンスが異なる。そして、記事では、「ISの主張をそのまま鵜呑みにすることには注意が必要だ。まだ、容疑者がISの過激思想に影響を受けたという証拠はない」と記している。さらに、これまでもISは、直接関与していないテロ事件で、容疑者のことを、一方的に「支援者」や「ファイター」などと主張してきた経緯も説明している。

そして極めつけは7月18日朝日新聞国際面。

「(容疑者は)犯行までの数週間という短期間で『過激化』したことも明らかになってきた。仏ニュース局『BFM』は知人の話として『(犯行の)2週間前から様子が変わった。酒も飲まず、ひげを伸ばすようになった』と伝えた。今年4月からモスク(イスラム礼拝所)に通い始めたとの話もある」

「過激化」の象徴が、モスクに行くことやお酒を飲まないことなら、私のイスラム教徒の友人の多くが「過激化」していることになる。むしろ、「敬虔なイスラム教徒になった」という表現がしっくりくる。日本で、頭を丸めてお寺に通うようになった人を、「過激な仏教徒になった」と言うだろうか?

無差別大量殺人事件を自分たちと関連付けて存在感を示したいIS。

事件の背景にありうる国内の問題に目を向けず、すべてをISに責任転嫁し、強い指導者をアピールしたいフランス政府。事件をISと意図的に関連付けることは、双方にとって好都合である。

今回の事件は2008年に東京、秋葉原で起きた無差別殺傷事件を思い起こさせた。

その時、メディアは、事件直後に断定的に事件の背景を報じるのではなく、時間をかけて、犯人が非正規社員だったことなど、事件の背景に深く切り込んだ。あの時、日本政府が国内の新興宗教と事件を結び付けようとし、メディアがそれに追従していたら、どうなっていただろう。

2010-12年まで私が働いていたケニアのダダーブ難民キャンプは、欧米メディアに頻繁に「隣国ソマリアのイスラム過激派の温床になっている」と報じられた。2011年にNGOで働くスペイン人2人が誘拐された際は、真っ先にケニア政府は「ソマリアのイスラム過激派の犯行」と断定し、ソマリアに軍隊を送り込んだ。これにより、キャンプ内では、ケニア警察を狙った爆弾事件などが多発し、治安が著しく悪化した。

しかし、外国人を誘拐して身代金を要求すれば、大金が入る可能性があるわけだから、キャンプの住民にとったら、イスラム過激思想にならなくても、犯行に至る動機はいくらでもあった。スペイン人は2年後に解放され、結局、犯行がイスラム過激派組織によるものだったという証拠はないままである。スペインの新聞は、専門家の話として、「単なるお金目当ての犯行だった可能性が高い」と報じている。

それでは、今回のニースの事件をBBCの記事を基に冷静に振り返ってみよう。

• モアメド・ラウエジュ・ブレル容疑者(31)が、ISや他のイスラム過激派グループと直接コンタクトを取った形跡はまだ見つかってない。

• 容疑者は、事件現場を前もって視察していることから、被害者にイスラム教徒が含まれることは容易に想像できた。

• 数年前から、家族に暴力を奮い、精神科への通院歴があった。

• 傷害事件などを数回起こし、今年3月には執行猶予6ヶ月の判決を受けていた。

• お酒好きで友人が少なく、宗教とは無縁の生活をしていた。

• 元妻への暴力が原因で、1年以上前に家から追い出されていた。

モスク通いやお酒を辞めた以外に、彼とISとの関係を疑わせる事実。

• 彼のパソコンからはイスラム国の旗やオサマビンラディンの写真などが見つかった。

• 友人に「イスラム国がなぜ領土がないのかわからない」と言い、首切り処刑の映像を見せた。

何度読み返して見ても、今回の犯行は、ISよりも、敬虔なイスラム教徒になる(欧米流にいう過激化する)以前の彼の生い立ちに関係があるように思えてならない。その背景には、フランス国内の様々な問題、家庭内暴力、アルコール症候群、麻薬中毒、移民2世の高い失業率などが見え隠れする。

米国やフランスと比べ、イスラム過激派によるテロを経験したことのない日本は、より冷静に一つ一つの事件を分析できる立ち位置にある。欧米の政府やメディアをコピペするだけでなく、秋葉原の事件の時の様に、独自の調査報道で、事件の全容を解明してほしい。モスクに通うことや、お酒をやめることが、「過激化」の象徴と報じてしまえば、イスラム社会全体を敵にしかねない。