【新国立競技場】「建設費が高騰したのはデザインのせいではない」ザハ・ハディド氏が声明(全文)

「コストを削減したデザインをJSC側に提案していたが、受け入れられなかった」――。ザハ・ハディド氏が反論した。
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HONG KONG - MARCH 21: Dame Zaha Hadid attends pre-cocktail drinks for the opening of Stuart Weitzman Boutique which she designed on March 21, 2014 in Hong Kong. (Photo by Jessica Hromas/Getty Images for Stuart Weitzman)
Jessica Hromas via Getty Images

「建設費が高騰したのはデザインのせいではない」――巨額の建設費をめぐって白紙見直しされた新国立競技場の建設計画を巡って、建築家のザハ・ハディド氏の事務所は、日本政府と日本スポーツ振興センター(JSC)の見解に反論する声明を7月28日、ウェブサイトで発表した。

ザハ氏のデザイン案は2012年の国際コンペで選ばれたが、当初予算の1300億円を大幅に超える3000億円がかかることがわかり、2014年に規模を縮小。1625億円の予算とされたが、2015年になって2520億円に工費が膨らむことがわかり、白紙見直しとなった。このコスト増の原因は、アーチ構造を用いたザハ氏のデザインの「特殊性」によるものとされていた。

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7月7日に承認されたザハ・ハディド氏のデザインを元にした案

今回発表された声明では、

  • 価格が上がったのはデザインのせいではなく、東京における建築コスト増大と、効率的な調達、業者指名ができなかったからだ。
  • ザハ氏側はコストを削減したデザインをJSC側に提案していたが、受け入れられなかった。
  • このまま、ゼロから見直せば拙速なデザインで、工期も遅れ、さらなる工費増大を招くだろう。
  • ザハ氏側には、新国立競技場のプロジェクトでこれまで積み重ねてきた知識と経験があり、よりよい競技場を造るための手助けができる。
  • 安倍首相にその旨を書簡で出した。

といった主張が展開されている。

声明全文は以下のとおり。

(※8月3日:初出時は編集部訳を掲載していましたが、ザハ・ハディド・アーキテクツが公式の日本語声明を公開したので差し替えました)

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新国立競技場、ザハ・ハディド・アーキテクツ 2015年7月28日

日本とイギリスのチームは、クライアント側の要求および予算に応じてザハ・ハディド・アーキテクツ(ZHA)がデザインしてきた、新国立競技場に関する誤解を正す必要があると考えています。また、報道されている建設予算増大の理由、および2020年東京オリンピックの開幕式を5年後に控えたいま設計プロセスや着工を遅らせるリスクについて、日本の人々が正しく理解をするのは当然であると考えます。

2012年にZHAは新国立競技場の国際デザインコンペにおいて、建築家とその他専門家で構成される審査員により46のエントリーの中から選ばれました。この新国立競技場は、2019年ラグビー・ワールドカップと2020年東京オリンピックで世界中からの観客を迎えるためのものでした。この2つのイベントの後も、50〜100年にわたり国際および国内のスポーツイベントや文化イベントで利用するため、スタジアムはフレキシブルな設計にする、という日本のビジョンに惹かれ参加しました。

設計は、日建設計がリードする大手設計事務所の合同チームと、デザイン監修をするZHAにより進められました。我々のチームは、クライアントである日本スポーツ振興センター(JSC)の設計概要、要件、予算に沿った設計をするために何千時間という時間を投じました。JSCはこの2年間の設計における各段階で、設計内容と見積りを承認してきました。またZHAは一貫して積極的にコストの削減に努めてきました。

日本の公共事業においておそらく初めて二段階選定のプロセスが採用されました。それは、見積書を提出する前に建設業者を決定するという方法でした。ZHAは二段階選定に豊富な経験を持っており、東京の建設コストが毎年急激に上昇する中で国際的も競合がなく、決められた竣工日を守り、限られた数の建設業者を早期に選定するのは、商業的な競争が失われるとJSCにアドバイスしました。

しかし、この激しい建設市場で十分な競争がなく、とても早い段階で建設業者を選択するので、見積はとても高くなるだろうという我々の警告は聞き入れられませんでした。

またZHAはJSCに対し、競争が欠落するこの状況では、競技場に対するクライアントの与件や建築仕様の調整、建設業者のコスト削減などにより建設費を下げることができると提案しました。ZHAはいかなるときも常にコスト削減の為にJSCと協力してきました。最終的に予算と設計は政府によって7月7日に承認され、その後競技場のコストを下げるデザインの要請はありませんでした。

建設業者の高額な見積りに対応するため、ZHAと設計チーム全員がJSCと協力して、設計内容が要求と予算に合うよう、さらなる変更などのコスト削減案を多数提案しました。我々はまた、競技場の建設が標準的な資材や技術によってできる具体的な方法も提案しました。我々の経験から、高い品質を維持しかつコスト効率の高いプロジェクトを実現させる最良の方法は、設計者が建設業者やクライアントと一丸となり一つの目標に向かい協働して取り組むことです。しかしながら、我々は建設業者との協働は許可されず、これも不必要に高い見積りや完成の遅延などのリスクを高める要因になりました。

7月7日付で競技場の有識者会議に提出されたJSCの報告書で、指名された建設業者との工事費が示され、見積もりが増大した主な理由はデザインにあるとの不正確な記述がありました。ZHAはこの発表を事前に知らされておらず、JSCに対し直ちに異議を唱えました。報告書の説明では設計に含まれる鉄骨アーチに重点が置かれていました。このアーチは複雑なものではなく、標準的な橋の建設技術を使用し、軽量で丈夫な樹脂製膜の屋根を支えて全スタンドを覆うものです。これに加え、競技場が将来多数の国際競技やイベントに使用できるように高度な仕様の照明や設備を支えるためのものでもあります。

アーチを利用した屋根構造は、日本の多くの主要競技場と同等の効率性があり、アーチを使用することでスタンドの建設と並行して屋根の建設を進めることが可能になり、重要な建設期間を短縮させることができます。スタンドから屋根を支える構造の場合は屋根の建設がスタンドの建設を完成した後にしかできないからです。屋根を支えるアーチ構造にかかる費用は230億円であることを日本の設計やエンジニアのチームが認めています(承認予算の10%以下)。

JSCの報告にある見積りが増大したのは、東京の建設コストの上昇、限定的で競争の無い調達方式による建設業者の指名、設計チームと建設業者との協働に制限があったからであり、デザインが理由ではありません。

現在、東京の建設ブームで建設需要が高まっていること、労働力不足、円の大幅な下落による輸入資材の高騰などが重り、新国立競技場の建設計画が初めて発表された2012年以降、2013年にオリンピック・パラリンピックが東京に決定されたことも加えて、東京での建設費が劇的に高くなっています。2013年7月から2015年7月の間に、東京における建設コストは平均25%上昇し、今後4年間同様な割合で上昇すると予想されています。

設計プロセスをゼロからまた開始しても、新国立競技場の見積り増大の要因となった根本的な問題はいずれも解決されません。むしろ着工の大幅な遅延を招き、さらなる問題となる可能性があります。5年後に迫る2020年のオリンピック開会式までの動かせぬ竣工期限に向けて建設コストは上昇の一途を辿っています。

設計と建設のコストが上昇することに加え、東京の建設コストの高騰を背景にさらなる遅延や性急な設計作業の問題、建設業者が主導する方式は、新国立競技場の品質低下やレガシーの用途が限定されるというリスクを招くことになります。世界各国の事例でも明らかですが、品質の低い競技場を2020年以後長期間使用するために多額の投資が必要になり、その時点では建設費はさらに高額になっている可能性もあります。

競争が保たれた調達方式および建設業者との協働的なアプローチがあれば、日本の国民、政府、そして当設計チームが投資してきた設計は、政府が現在提案している予算内で2019年ラグビーワールドカップ開催に間に合わせることは可能です。

我々はこれまでも、そして今後も、今まで培った経験と知識を活かして、JSCと協働して仕様変更を加えて低コストの設計をすることが可能です。

設計が正式に承認を受けたわずか10日後に、新国立競技場設計の実現および2019年ラグビー・ワールドカップ開催に間に合わせるこの計画が白紙になったことを、ZHAは報道によって知りました。その後JSCから新国立競技場の契約をキャンセルしたいという短い正式な通知を受け取りました。

今後いくつもの世代にわたり日本のスポーツの拠りどころとなり、フレキシブルでコスト効率の高い新国立競技場が、2019年ラグビーワールドカップで世界からの観客を迎えることは可能であると、ZHAは現在でも考えています。日本の国民と政府、そして日本とイギリスのチームは、新国立競技場に関する政府の概要と予算に応えるため、順応性の高い設計に多大な時間・労力・資源を投入してきました。

さらなるコスト増大や低品質、2020年オリンピックに競技場が間に合わないリスクを避けるため、安倍首相の見直しは、既に培われた詳細にわたる設計知識を活かすべきであり、当設計専門家チームと建設業者がパートナーとして協働することに焦点がおかれるべきです。

当事務所は安倍首相に書簡を送り、首相のプロジェクト見直しをサポートするために現在の設計チームによる協力を申し出ました。今後50〜100年におよび活用できる、日本国民のための新国立競技場をつくるためには、これまで多大な投資をして実施された詳細設計作業を活かすことが最良でコスト効率も高い解決方法であることを説明しました。

長い間国立競技場の設計のために作業し、投資した成果である、革新的なソリューションの多くを、日本および世界のデザインコミュニティと共有するために今後数週間にわたり公開する予定です。

新国立競技場のデザインたち
ザハ・ハディド氏の当初の案(01 of50)
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ザハ・ハディド氏の当初の案(02 of50)
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ザハ・ハディド氏の当初の案(03 of50)
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ザハ・ハディド氏の当初の案(04 of50)
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改修案(05 of50)
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改修案(06 of50)
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改修案(07 of50)
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改修案(08 of50)
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改修案(09 of50)
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改修案(10 of50)
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最終選考に残った仙田順子氏の作品(42 of50)
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コンペで2位だったアラステル・レイ・リチャードソン氏(43 of50)
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コンペで2位だったアラステル・レイ・リチャードソン氏(44 of50)
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コンペで3位だった、SANAAの作品(50 of50)
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