「デジタル庁新設」。菅新内閣の目玉のブレーンは? 立ちふさがる霞が関の「縦割り」を排せるか

歴代最長の官房長官として長年培った人脈からどれだけ強力な布陣を敷けるかに、菅内閣の成否、ひいては日本の行く末がかかっている。
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菅義偉首相=2020年09月14日
時事通信社

9月14日午後に開かれた自民党総裁選挙で、菅義偉官房長官が圧勝して新総裁に選ばれた。16日にも新首相に指名され、すぐさま組閣、新内閣が発足する。

総裁に選ばれたあと、壇上で挨拶に立った菅氏はこう述べた。

「総理大臣として7年8カ月にわたって、日本のリーダーとして国家・国民のために、尽力いただいた安倍総理大臣に心から感謝を申し上げる」

これに対して、安倍晋三首相も挨拶に立ち、こう返した。

「7年8カ月、官房長官として国のために、黙々と汗を流してきた菅氏の姿をずっと見てきた。この人なら間違いない。令和時代に最もふさわしい自民党の新総裁ではないか」  

まさにエールの交換だった。菅新内閣は、名実ともに安倍内閣を引き継ぐということだろう。

 

誰に知恵を付けられたのか

安倍首相は、第2次安倍内閣のスタート直後から「アベノミクス」として「3本の矢」を掲げた。(1)大胆な金融緩和、(2)機動的な財政出動、(3)民間投資を喚起する成長戦略——の3本である。

1本目の矢については、菅内閣になっても金融政策は変えられないというのが大方のエコノミストの見方だ。また、2本目の財政出動については新型コロナ対策で否が応でも拡大せざるを得ない。焦点は、安倍内閣では「期待外れ」に終わっていた成長戦略を、菅内閣がどこまで巻き返せるかだ。

菅氏が総裁候補として急浮上してきた中で、新味のある菅氏の政策として語られ始めたのが「デジタル庁新設」だ。

総裁選の所信演説で、菅氏は「行政の縦割りを排し、既得権益や前例主義を排し、規制改革に全身全霊で取り組む」と述べた。つまり、省庁の縦割りをぶち壊し、行政機構のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めるとしたのだが、その司令塔としてデジタル庁を作るというのである。

突如として菅氏からDXという言葉が出てくることには不自然さを感じる。菅氏はいったい誰に知恵を付けられ、「デジタル庁」構想を言い出したのだろうか。

面白いことに、あちらこちらから「ブレーンは自分だ」「いや彼こそが発案者だ」といった声が上がっている。

真っ先に名前が上がったのが竹中平蔵氏だ。小泉純一郎内閣で金融担当相や総務相を努めた「小泉・竹中改革」の立役者である。

7月28日には、『ポストコロナの「日本改造計画」』(PHP研究所)という著作を刊行。副題に「デジタル資本主義で強者となるビジョン」と付いており、日本経済復活の切り札がデジタル化であることを強調している。

竹中氏が推し進めた改革に対しては、「新自由主義だ」といった批判も根強く、政権内に天敵も多い。麻生太郎副総理兼財務相は会議で同席しても、目も合わさないほどの竹中嫌いとして知られる。

そんな中で、定期的に会って意見を聞き、産業競争力会議や国家戦略特別区域諮問会議などの政府の会議に、メンバーとして引き入れてきたのが官房長官当時の菅氏だった。安倍首相が辞任を表明、菅氏が総裁選に出る流れになると、すぐに竹中氏は菅氏を訪れて、政策提言を行ったとされる。「政策家」とも言える竹中氏が、次の権力者に擦り寄るのは当然といえば当然だろう。

 

経産省が売り込んだ政策

そして、経済産業省がデジタル庁を菅氏に売り込んでいる、とも言われている。

政官界に通じたジャーナリストである歳川隆雄氏は、経産省幹部から聞いた話を元に、産業技術環境局技術振興・大学連携推進課長の瀧島勇樹氏がその絵を描いているとみる。瀧島氏らが民間人と作った勉強会の報告書を元に出版された『次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』(日本経済新聞出版)が経産省の構想の基礎になっているという。

安倍内閣は財務省の影響力を排除した「経産省内閣」だとしばしば言われてきたが、その理由は、首相秘書官兼首相補佐官として辣腕を振るった経産省出身の今井尚哉氏が官邸を仕切ってきたためだ。ここ1年ほど、今井氏と菅氏の不仲説が流れており、安倍内閣の終焉と共に今井氏の影響力は消える。そこで、何とか影響力を保持したい経産省が菅氏に政策を売り込んだ、というわけだ。

実は、政府が7月17日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2020」、いわゆる「骨太の方針」にも、デジタル化は1つの柱として組み込まれている。「デジタル庁」という言葉こそないが、「デジタルニューディール」「デジタル・ガバメントの断行」「デジタルトランスフォーメーションの推進」といった文言が並ぶ。こうしたデジタル化推進は経産省が旗を振っていた。

まだある。安倍内閣は規制改革に取り組んだが、そのほとんどは官房長官だった菅氏の決断で動いていた。もちろん安倍首相が決断するケースもあるが、官房長官が承諾しなければ前に進まない。その改革の先兵としての役割を果たしてきたのが、政府の規制改革推進会議議長代理などを務め、現在も未来投資会議に名を連ねる金丸恭文氏だ。その金丸氏が菅氏に「デジタル庁」を進言したという見方もある。

金丸氏はIT大手「フューチャー」の会長兼社長、グループCEO(最高経営責任者)を務める。圧倒的に敵が多かった農協改革に金丸氏が斬り込むことができたのも、官房長官の菅氏の指示があったからだった。規制改革において最も菅氏が信頼しているのは、金丸氏だとの指摘もある。

 

「ベンダーロックイン」

菅氏の口から「デジタル庁」や「デジタル化」といった言葉が出てくるのは、こうした人のうちの誰かの意見を聞き、取り入れたものなのか。おそらく、特定の誰かの意見を採用したというのではなく、誰が考えてもこの難局を突破するにはデジタル化、DXを一気に進めなければダメだ、ということが背景にあるに違いない。

何しろ、特別定額給付金10万円の支払いで、日本政府のデジタル化がいかにお粗末かを、ほぼすべての国民が認識してしまったのだ。

米国ならば法案通過から半月ほどで現金が全員に届いたのに、日本では2カ月以上かかるケースも相次いだ。税務署や自治体は国民の所得を把握し、生活困窮者も分かっているはずなのに、その人たちだけに現金を配ることすらできないのだ。

その原因が、菅新首相が言う「縦割り行政」にあることは間違いない。

では、「デジタル庁」を作れば問題は解決できるのか。改革ができるのか。縦割りを解消できるか。

導入されたマイナンバー制度ひとつ取ってみても、すでに全国民が番号を持っているにもかかわらず、国民のデータは縦割りの省庁ごとに管理されている。所得は国税庁、年金の管理や支払いのためのデータは厚生労働省、医療保険データも厚労省だが、運転免許や事故歴は警察庁。そして、マイナンバーやマイナンバーカードの管理は総務省である。いずれもまったく連携していない。

デジタル庁ができれば、すべてがマイナンバーの下に一本化されるのかと言えば、そう簡単ではない。

まずはシステムを相互に連携しなければならないが、役所同様、システムも縦割りで、それぞれに「ITゼネコン」と呼ばれる大手システム会社がくっついている。しかも、そうしたITゼネコンを変えることは至難の技だ。

7月の「骨太の方針」には面白い単語が出てくる。「ベンダーロックイン」。注釈によると、

「システム改修を開発ベンダ(事業者)しか実質的に実施できないなど、特定のベンダに依存せざるをえない環境のこと」

とある。日本の霞が関の縦割り同様、それを一本化あるいは連携させるシステムに変えようと思うと、巨大ITゼネコンが立ちはだかることになる。利権の構造が組み込まれているのだ。

デジタル庁という役所を作るのは簡単だ。システムの縦割りを潰していくことも、利権と闘う覚悟があればできるかもしれない。ただ、システムを改築するのと同時に、それぞれの官庁の官僚たちの仕事の仕方を変えなくてはならない。

DXというのは単にデジタル化を進めるだけでなく、それと同時に業務を見直すことを意味する。それができる「デジタル庁」にする場合には、霞が関の全ての省庁に仕事のやり方を変えるよう指示できる「権力」が備わっていなければならない。デジタル庁長官を置いたとして、そんな力量を持った政治家がいるのだろうか。

「縦割りを排す」ことに、菅氏がどれぐらい本気になるか。そしてそれだけの力を持った人材を民間からの登用を含めて揃えることができるか。そうした絵を描ける有能なブレーンを集められるか——。

歴代最長の官房長官として長年培った人脈からどれだけ強力な布陣を敷けるかに、菅内閣の成否、ひいては日本の行く末がかかっている。

磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間——大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

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(2020年9月16日フォーサイトより転載)