『鬼滅の刃』効果でも厳しい「消費氷河期」の現実

爆発的な人気を誇る『鬼滅の刃』。様々な商品とのコラボしたり、外食チェーンの救世主にもなっている。それでも、深刻な状態になっているのは居酒屋などの業態だ。
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アニメ映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」が上映されている映画館=2020年10月27日、東京都新宿区
時事通信社

漫画『鬼滅の刃(きめつのやいば)』人気が、ひとり気を吐いている。

単行本の発行部数は累計で1億部を突破。10月16日に公開されたアニメ映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は公開3日間(10月16~18日)の観客動員数が342万人、興行収入46億円と、史上最高を記録した。

10月25日には興行収入が107億5423万円を記録、公開から10日間での興行収入100億円突破は、『千と千尋の神隠し』が2001年に記録した25日間を大幅に短縮して、日本で上映された映画の中で最も速い日数での達成となった。

 

宣伝に繋がる相乗効果

わずか10日で798万人を動員した「鬼滅の刃」は、新型コロナウイルスの蔓延で営業自粛を迫られてきた映画館業界にとっては、まさに天佑。配給元の東宝は2020年8月中間決算で、売上高が49%減の739億円に激減。純利益も37億9500万円と83%減少していたが、通期では当初見込んでいた50億円の純利益を90億円に上方修正。さらに「鬼滅効果」で強含みに推移すると見られている。株価は年初来高値を更新、新型コロナ前の水準に戻した。

 

『鬼滅の刃』は集英社の『週刊少年ジャンプ』に、2016年2月から2020年5月まで連載された吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)氏の漫画。大正時代を舞台に、主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が鬼に襲われて鬼になってしまった妹・禰豆子(ねずこ)を人間に戻す方法を探るために、剣術の技を磨き、鬼と戦っていく。

「出版不況」と言われて久しい中で、出版元の集英社は2020年5月期の売上高が、1529億円と前期比14.7%も増加。純利益は209億4000万円と、前期(98億7700万円)の2倍以上の利益を稼いだ。

テレビアニメとしても放映され、剣士や鬼など様々なキャラクターが登場することから、子どもたちの間でも爆発的な人気になった。

そんな中で、人気をさらに燃え上がらせているのが、様々な商品とのコラボ。ロッテは「鬼滅の刃デザインボトル」入りのガムや、人気商品の「ビックリマンチョコ」のパッケージを変えた「鬼滅の刃マンチョコ」などを発売。ダイドードリンコは缶コーヒーのデザインに『鬼滅の刃』を使った「鬼滅缶」を売り出した。UHA味覚糖は「ぷっちょ」や「e-maのど飴」などでコラボ商品を発売した。

丸美屋はレトルトカレーの「ビーフ中辛」やふりかけなどを「鬼滅の刃シリーズ」として発売、日清食品は「チキンラーメン」や「出前一丁」でコラボ商品を販売中だ。

コンビニエンスストアのローソンも、タイアップ食品や商品、スマホくじなど「鬼滅の刃キャンペーン」を行っている。

食品や菓子業界にとっては、消費が落ち込む中で唯一伸びている「巣篭もり消費」につながる大きなきっかけとして「鬼滅の刃」人気にあやかろうとしているわけだ。そしてさらに、キャラクターが店舗に溢れることで、映画や漫画の認知度が向上、宣伝に繋がるという相乗効果も起きている。

人気キャラクターをあしらった菓子類がコラボ商品として発売されるのは見慣れた光景だが、これだけ大々的に多商品とコラボした例は珍しい。

 

外食チェーンの救世主

「鬼滅の刃」は、客が激減して存亡の危機に立たされている外食チェーンの救世主にもなっている。すしチェーン大手のくら寿司は、『鬼滅の刃』のキャラクターを描いたクリアファイルを会計2000円ごとに1枚、先着順でプレゼントするなどキャンペーンを展開。メニューにも、竈門炭治郎をイメージしたマグロのアボカド添えなどにぎり3種盛り合わせや、「禰豆子のたっぷりベリーアイス」なども開発した。

キャンペーンを実施した9月の既存店売上高は、前年同月比107.9%と7カ月ぶりに前年同月超えした。グッズを手に入れるため、皿数を増やしたい孫にせがまれて祖父母も一緒に来店するケースなどが増えているといい、明らかに「鬼滅効果」が出ているようだ。 「とにかく人気のものにあやかりたい」というムードは食品や外食、小売業界に満ち満ちている。それほど、こうした業界企業の業績は壊滅的なのだ。

日本フードサービス協会の統計によると、外食チェーン全体の売上高は、4月の対前年同月比60.4%を底に持ち直しているものの、7月85.0%、8月84.0%、9月86.0%と頭打ちになっている。新型コロナが収束しない中で、外食を控える人たちが一定数いることが背景にあるからだろう。東京都心の繁華街ではだいぶ人出が戻ってきたものの、「密」が避けられない飲食店は、現在でも敬遠されている。

しかも、15%減というのは平均の話で、業態によって大きな差がある。持ち帰りが伸びているファーストフード・チェーンは96%前後に戻しているにもかかわらず、ファミリーレストランは80%、パブレストラン・居酒屋にいたっては、9月になっても51%に留まっているのだ。

前年に比べて15%も売り上げが落ちれば、それだけでも利益を確保するのは至難だが、半減となれば、もはや経営を維持するのは難しい。ファミリーレストランなどでは営業時間を短縮したり、不採算店を撤退したりする動きが広がっている。

「GoToイート」など政府の支援策も始まっているが、このままでは外食チェーンの経営は持たない。持ち帰りやデリバリーなどに活路を見出すところもあるが、深刻なのは「居酒屋」や「ビアガーデン」といった業態だ。

 

他人事ではない「ANAショック」

居酒屋チェーン大手のワタミは、既存の居酒屋業態120店舗を「焼肉の和民」に転換すると発表した。年度内に60店舗、来年度に60店舗を転換し、今後、フランチャイズも含め「焼肉」業態を400店舗にまで増やしていくという。

「居酒屋」は、小さなテーブルを囲んで「密」になって会話を楽しむのが前提の業態だけに、新型コロナが下火になったとしても客足が戻るのは難しいとみたのだろう。居酒屋で成長してきたワタミが居酒屋に早々に見切りを付けるほど、環境の変化は大きいということだ。

焼肉店はもともと排煙を行うため、新型コロナ対策として求められている換気にもつながることから、利用客も安心できるイメージがあるのかもしれない。焼肉店の客の戻りは他のレストランよりも早いといわれる。今後も、「ウィズコロナ」に対応するため、業態転換するところが出てくるだろう。

新型コロナが収束した後の「ポストコロナ」の時代になっても、外食需要はコロナ前の水準に戻らない可能性がある。テレワークの普及で引き続き在宅勤務を認める企業が増えれば、会社帰りに居酒屋で一杯、といった文化自体が消えていくことすら考えられる。

外食が減って家庭での食事が増えたことで、スーパーの売上高は大きく伸びてきた。日本チェーンストア協会の統計によると、スーパーの売上高(既存店ベース)は5月の1.3%増以降、6月3.4%増、7月2.6%増、8月3.3%増と、前年同月を上回り続けてきた。

ところが、9月は前年同月に比ベて、4.6%減と再びマイナスに沈んだ。食料品の売上高は増加を続けているが、それでも1.0%増に留まった。昨年9月は消費税率引き上げ前の駆け込みがあったことから、その反動減の影響が出ているとみられる。だが、そろそろ「巣篭もり消費」の伸び自体が、限界にきているのかもしれない。

さらに、家計の収入が減ることで、一気に消費が冷え込むことになりそうだ。

全日本空輸を含むANAホールディングスは10月27日、2021年3月期の連結最終損益が過去最悪の5100億円の赤字になる見込みと発表した。すでに冬の一時金(ボーナス)をゼロにすることを労働組合に提示しており、夏のボーナス減額、給与減額と合わせて年収が3割減ることになるという。さらに事業構造改革の一環として、希望退職の募集のほか、来春に400人以上の社員をグループ外の企業であるスーパーマーケットの成城石井や家電量販大手のコジマなどに出向させる計画も打ち出している。年収3割減という「ANAショック」に、「他人事ではない」と感じる人たちも少なくない。冬のボーナスが大きく減れば、消費者は一気に財布のヒモを締めることになるだろう。消費自体が再び「氷河期」を迎える懸念が強まっている。

『鬼滅の刃』とのコラボを頼みの綱とする多くの企業は、「鬼滅人気」が少しでも長く続くことを祈っているに違いない。

磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

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(2020年10月29日フォーサイトより転載)