生活保護の利用当事者、経験者の声が国政の場に響き始めた!

政府は響き始めた声を黙殺することはできなくなりました。
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時事通信社

"Nothing About Us Without Us"(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)

この言葉は、世界各国の障害者運動が長年、掲げてきたスローガンです。日本においても、近年、障害者福祉の分野では厚生労働省が政策を立案する過程において、障害の当事者が審議会の委員などの立場で参画し、当事者の意見が政策に反映されるのが通例になっています。

しかし、同じ福祉行政でも生活保護の分野では、制度を利用している当事者の声が政策に反映されるという機会はこれまでほとんどありませんでした。それどころか、安倍政権は前回(2013年度)と今回(2018年度)の生活保護基準見直しにおいて、当事者の声を全く聴くことなく、引き下げを決めました。

生活保護の利用当事者が厚生労働副大臣に直接申し入れ。

こうした状況に風穴を開けるかもしれない出来事が3月29日にありました。

生活保護の利用当事者4名が支援者らとともに高木美智代厚労副大臣に面会し、今年10月からの生活保護基準の引き下げや生活保護世帯のジェネリック医薬品使用を原則化する法改正に反対する申し入れを行なったのです。

きっかけは、山本太郎参議院議員が3月6日の参議院内閣委員会で行われた質疑で、安倍晋三首相に対し、生活保護基準引き下げに関して当事者の声を直接聴くように迫ったことでした。

安倍首相は「担当の厚労大臣がしっかりと所管をしているので、そうした声については担当の大臣あるいは役所からしっかりと承りたい」と答弁。このやりとりを受けて、私たちは厚労省の政務三役が当事者の声を直接聴く機会を作るよう、山井和則衆議院議員を通して要望を行いました。

しかし、3月19日に行われた申し入れには、政務三役は都合がつかないということで参加せず、代わりに社会・援護局長が要望書を受け取りました。

私たちは生活保護基準見直しの決定権を持つのが厚生労働大臣である以上、政務三役が対応をすべきだと主張。厚労省側は難色を示しましたが、最終的に初鹿明博議員が3月23日の厚生労働委員会で加藤勝信厚労相より「政務三役で時間的に対応できるのであれば検討したい」という答弁を引き出してくれて、実現に至ったのです。

私自身は同席できませんでしたが、髙木副大臣との面談の場で、4名の当事者はそれぞれ自分の言葉で利用者の生活状況を説明し、これ以上の引き下げを行わないよう求めたと聞いています。副大臣は「(引き下げは)客観的なデータに基づいて判断している」と述べるにとどまったようです。

今回の面談により、生活保護をめぐる状況がすぐに改善されることはないでしょうが、野党の各議員のご協力により当事者が直接、政策を決定する政治家に生の声をぶつける機会を作れたことの意義は大きいと考えています。ご尽力いただいた議員の皆様に感謝いたします。

生活保護利用の経験がある議員2人が衆院本会議で発言!

3月29日には、生活保護をめぐって、もう一つ大きな動きがありました。

民進、立憲、希望、共産、自由、社民の野党6党が「子どもの生活底上げ法案」(正式名称「生活保護法等の一部を改正する法律案」)を衆議院に共同提出したのです。

この法案は、貧困の連鎖を断ち切るとともに、貧困世帯の子どもの生活の安定を図るため、以下の措置を行なうという内容になっています。

(生活保護法関連)

・厚生労働大臣は、2017年に行われた生活保護の基準の検証に用いられた水準均衡方式を見直して必要な措置を講ずるとともに、その間、要保護者に不利な内容の保護基準を定めてはならないこと

・高校卒業後も世帯分離をせず、世帯を単位とする生活保護を受けながら大学・専門学校等に通えるように配慮しなければならないこと

(児童扶養手当法関連)

・児童扶養手当の支給対象の拡大(20歳未満の者に拡大)

・児童扶養手当の月額の増額(42500円から1万円増額して52500円に引き上げ)

・児童扶養手当の支払回数の見直し(年3回から毎月支払に)

この法案の内容は私たちが要望してきたこととも重なっています。野党が提案した法案ですが、政府や与党もぜひ真剣に議論をしていただきたいと願っています。

3月30日には、衆議院本会議で「子どもの生活底上げ法案」と、政府提出の「生活困窮者自立支援法」改正案の趣旨説明と質疑が行われました。

この審議の動画は、インターネット中継のビデオライブラリで見ることができます。

この本会議での審議で私が特に注目したのは、立憲民主党が起用した2人の新人議員でした。2人とも過去に生活保護を利用していた経験があり、その経験をもとに発言をしていました。

「子どもの生活底上げ法案」の趣旨説明を行なった池田真紀議員は、冒頭でご自身の経験をもとに生活保護基準の引き下げを強く批判しました。

私は下の子が生まれる前に貧困状態となり、シングルマザーになりました。パートのかけもち、トリプルワークでも生活は厳しく、一時、生活保護を受給しました。命の恩人である弁護士に出会え、この制度につながり、私も子どもたちも命が救われました。法の解釈と運用によっては人の命が奪われる危険性のある生活保護制度が、正しく運用されることで命が救われる、まさに憲法第 25 条の実現でした。

私は、そのために福祉事務所の生活保護行政を正したい、その思いで福祉事務所ケースワーカーになり、子どもの貧困対策や権利擁護を行うフリーソーシャルワーカーとしても活動してきました。福祉の実態がまだまだ理解されていない、当事者の声や現場の声が、政治にまだまだ届いていない、そのことから政治をめざし、国会議員になりました。

そんな私からすれば、今回の政府の生活保護切り下げは、貧困家庭やその子どもをますます苦しめるもので、強い怒りを感じざるを得ません。

貧困家庭の子どもたちの生活を底上げする法案こそが今必要であると考え、私たちは子どもの生活底上げ法を提出しました。

その後、質疑に立った中谷一馬議員は、ご自身の子どもの頃の経験をもとに、安倍晋三首相に対して大変鋭い問いかけを行いました。

私は、自分自身が母子世帯の貧困家庭で育った原体験から、世の中の「貧困」 と「暴力」を根絶したい。そして「平和」で「豊かな」社会がいつもいつまでも続く世の中を創りたい。そんな想いで政治の道を志しました。

父と母は私が、小学生のときに離婚をしました。 母は、私と妹二人、兄妹三人をなんとか養おうと早朝から深夜まで働いてくれ ましたが、働いても働いても生活は厳しくなるばかりでした。ひとり親家庭のお母さんたちは 81.8%の人が働いているにも関わらず、平均収入は約 200 万円に過ぎません。そしてひとり親世帯の相対的貧困率は 50.8%に達します。 この状態は本人の努力が足りないのではなく、多数のひとり親家庭のお父さん、お母さんが必死に働いてもワーキングプア、貧困状態に陥るという社会的な構造に欠陥があることの証左です。

そして働き続けた母は、ある時期に身体を壊し、寝込むようになりました。 そしてうちは、生活保護を受けることとなりました。 その時、子どもだった私は、ただ無力で、そのことに悔しさを感じながらも、 母の代わりに働きに出て、家計を支える力はありませんでした。

そうした環境で育った私から見て、政府提出法案に最も足りないものは、市民生活に対する想像力と社会的弱者に対する共感力です。

そこで総理に伺います。 総理は、今までの人生の中で、生活するお金がなくて困った経験はありますか。エピソードなどあれば教えて下さい。

安倍首相は、この質問に対する答弁で、政府として子どもの貧困対策を進めていると強調しつつも、「私には生活するお金がなくて困った経験はありません。想像力と共感力が欠如しているのではとの批判は、甘んじて受けなければならない」と述べざるをえませんでした。

過去に生活保護を利用した経験のある議員が、そのことを国会の場で明らかにして発言した例を私は他に知りません。

3月29日に生活保護の利用当事者が厚生労働副大臣に直接申し入れをしたのに続き、30日に池田議員、中谷議員が衆議院本会議の場で生活保護利用経験者として発言したことは、生活保護の利用当事者、経験者の生の声が国政の場に響き始めたことを意味します。

もちろん、こうした事実によって、生活保護をめぐる政治の力学がすぐに変わることはないでしょう。3月28日には、今年10月からの生活保護基準引き下げを含む2018年度予算が成立しました。

しかし、少なくとも今後、政府は響き始めた声を黙殺することはできなくなりました。この声をさらに大きくできるよう、私もさらに働きかけを強めていきたいと思います。

(2018年4月2日稲葉剛公式サイトより転載)