「私はやっぱり働き続けたい」医療的ケア児の家族の訴え知って 作文コンテスト開催

「成長は嬉しいことのはずなのに、子供が小学校に上がる年齢になるのが怖い。ぜひこの現状を知って欲しい」と純子さんは訴えている。
|

都内に住む江田純子さんの長女、菜々実さん(4)は、染色体異常を持って生まれた子だ。

呼吸や栄養摂取で医療の助けが必要になる「医療的ケア児」。知的障害などもあり、自力で座る姿勢をとることはできない。

現在は保育園に通い、純子さんも仕事に復帰することができている。しかし、今の制度では小学校以降は続けることができるかどうか、不透明な状況だ。

「成長は嬉しいことのはずなのに、子供が小学校に上がる年齢になるのが怖い。ぜひこの現状を知って欲しい」と純子さんは訴えている。

Open Image Modal
江田純子さん、菜々実さん
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

「おそらく仕事は辞めないと」。医師は言った

菜々実さんの染色体異常がわかったのは純子さんの妊娠中。羊水検査で判明したが、16番染色体というまれな箇所は、世界でもほとんど症例がないものだった。

医師も「データがなく良くわからない」というほどで、もしかしたら何の問題もなく暮らせるのでは?という気持ちのまま、出産に至った。この時、重大な障害があるというのがどんなことなのか、純子さんにはまだあまり理解できていなかった。

菜々実さんは、NICUなどに入院し生後6カ月で退院した。退院直前、純子さんは医師から「お母さん、お子さんは保育園に入れないので、おそらく仕事は辞めないといけないと思います」と言われて、驚いた。  

退院後は自宅に戻れたが、純子さんは日中、菜々実さんと二人っきりで育児と介護を続ける生活が始まった。

可愛い娘の世話をするのは楽しかった。けれど、笑ってはくれない。ミルクも飲めない。立ち上がることもない。食事は、栄養を胃から出たチューブを通じて、注入するだけ。

毎日、世話をしながら自分はテレビを見ることぐらいしかできない。

憂鬱な日々だった。

「生きている実感がない、そんな気持ちでした」

医師が言うように、一般的な保育園では受け入れてもらえなかった。

 

孤独だった。

医療的ケア児のための訪問保育サービスがあると知り、純子さんは希望を胸に区の窓口を訪れた。だが、住んでいる区は対象外だった。

なぜなのか。

区の担当者は「利用者がいなかったので予算を取っていないからだ」と説明した。

思い切って外出してみる。大きなベビーカーに乗せた菜々実さんは、鼻から空気を取り込むチューブをつけている。

「ああ、またジロジロみられている?」

どうしても人目が気になってしまっていた。

区の一歳半検診は、保健所に同じ月齢の子どもたちが集まる機会だ。他の子はもう歩いているのに、体格も格段に小さい娘は、抱っこされたまま。自分の身体で隠すようにギュッと抱えて、人目を避けた。

「かわいいけど…でも、この子は人と違うんだ」

やりがいもあって、大好きだった仕事。それに復帰できる目処もたっていなかったことも追い打ちをかけた。

孤独だった。

「その頃は、自分自身が、まだ受け入れられていなかったんでしょうね」

振り返ってそう思う。 

Open Image Modal
江田純子さん
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

「イケイケ」のお母さんとの出会い

純子さんが悩みから抜け出したのは、同じように病気や障害を抱える子を持つ親との交流だった。

入院時に知り合った「イケイケ」のお母さんがいた。経営者として仕事もこなし、オシャレや、障害のある子との旅行さえも楽しんでいた。

「普通に生きてるんだな…。隠したりせず、普通に子育てして、楽しんでもいいんだ…」

一度は区に断られた訪問保育サービスの利用も、諦めなかった。区役所に、何度も電話をかけて予算化の進捗状況を尋ね、進めてもらえるようお願いした。

その勇気が持てたのも、ある保護者に、別の区で要望が叶ったという体験談を聞いていたからだ。

結局、その返事を待っている最中に、医療的ケア児が通える保育園が誕生し、菜々実さんはそちらに入所できることになった。

そしてもう一つが、NPO法人「アンリーシュ」との出会いだった。

アンリーシュは医療的ケアが必要な子どもと、家族の暮らしやすい社会を作るために設立されたメディア。医療機器の使い方や、介護サービスの使い方などが動画で詳しく解説されていた。

「本当に助かりました。それまで悶々と、ひとりで悩んでいた心が軽くなった」

現在は週5日間、保育園に通うことができている。次女の育休期間を経て、無事にフルタイムの仕事に復職することも叶った。

精神的な辛さも、以前と比べると格段に軽くなった。しかし、将来のことを考えると、不安なことがまだ残っている。小学校のことだ。

「本当に小学校の年齢になるのが怖い。何か手を打たないと、また働けなくなってしまう」

 

医療的ケア児の制度は「専業主婦が前提」

医療的ケア児が小学校に通学する場合、全国的には特別支援学校であっても、学校側がトラブルに備えて親の付き添いを要請している例も多い。付き添いをするのは母親側がほとんどで、ジェンダー不平等を生んでいる現状もある。

見直しを求める声に応じて、東京都教育委員会は2020年度から、人工呼吸器を使う医療的ケアを受ける子も、原則、保護者による付き添いなしで都立の特別支援学校に通えるようになった。

一歩前進したとは言えるが、一方で、小学校に通えるだけでは、親がフルタイムの仕事を続けられるわけではない。下校はお昼前後になるからだ。

江田さんの住む区には、医療的ケア児を預かる「放課後等デイサービス」があるが、その枠はわずか。さらに、現状では毎日通える制度にはなっていない。それが今の悩みの種だ。

医療的ケア児の親は、入院生活などが原因で仕事をやめざるを得なかった人も多い。学校などは基本的に「専業主婦が自宅で介護をしている」ことを前提とした制度になっている。訪問看護など子どもの療育を支えるサービスはあっても、働く親を支えるサービスはほとんどなく、それが、親たちの就労を阻んでいる。

江田さんは在宅療養の経験から「仕事をしていないと生きている実感がない」と感じた一人だ。

「仕事は楽しいし、自分を成長させてくれる存在でもある。生活費ももちろんかかる。私は、やっぱりもっと働きたい」

ごく当たり前の願いではないだろうか。

それなのに、医療的ケア児の母親にとっては手の届きづらい願望になってしまう。

それが、現在地だ。

Open Image Modal
江田純子さん、菜々実さんと話す金澤さん(写真左奥)
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

「あなたの人生、おしまい」ではなく

江田さんがボランティアとして関わる「アンリーシュ」では、医療的ケア児とその家族についてもっと知ってもらいたいと、秋に作文コンテストを開催する計画を進めている。

作文は、親や関わる人々に書いてもらい、江田さんが直面したような就学問題や、親の付き添い入院など、医療的ケア児にまつわる様々な課題をもっと世の中に広く知らせたいと願い、企画された。

アンリーシュ代表理事の金澤裕香さんは、コンテストの狙いをこう話している。

「医療的ケア児を生んだらあなたの人生、おしまい。そんな風になってほしくないと思っています。どんな子どもがいても、自分たちらしく選択できる社会にしていきたい。次の世代に同じ悩みを残したくない。そのために、知ってもらう活動から始めたいと思っています」

作文コンテストにはハフポスト日本版も協力している。当事者や関係のある人からの作品を募ると同時に、実現のためのクラウドファンディングを実施している。