令和2年2月22日、22時の二俣新町駅。能町みね子、10年越しの「切符」をめぐる闘い

「明日。二俣新町ですか?」と声をかけられて...。能町みね子さんの「鉄道の日」記念コラム
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本人提供

 

平成8年8月8日―― 

平成8年8月。私は高校3年生で、うら若き17歳でありました。夏を制するものは受験を制す、なんて言われているちょうどその夏に、夏に制されていました。もういやになっていました。去年までの夏休みは、友人とちょっとした旅行に行ったりしていたのだ。金もない田舎の高校生だから、日帰りでふらっと。何らかの目的地があってというよりも、友達とぺちゃくちゃしゃべりながら移動するのが楽しい、という程度の旅です。

しかし、今年は受験の年なので誘いづらい。はあー。しょうがないんで、勉強と関係ないことをつらつら考えていました。

ふと、数日後に「平成8年8月8日」というゾロ目の日が来ることに気づきました。8揃いの日だね。人を誘えないなら、8王子(八王子)にでも1人で行こうかしら、なんてね。

八王子まで行かなくても、八丁堀とかね。8のつく場所っていろいろあるね。

8個くらいはあるかな。

……ゾロ目の8の日に、8のつく駅に8か所くらいは行けるのでは?

平成8年8月に私は、こんなどうでもいいことを思いついてしまったのだ。そうなると、もうやらずにはいられなくなった。

ネットもないからブログもツイッターもインスタもない、もちろん雑誌やテレビの企画でも何でもない。まったくどこにも発表しないというのに、完全に自己満足のために、17歳の私は平成8年8月8日に8のつく駅を8か所回る旅をしたのです。証拠くらいは持って帰りたいから、切符を買って帰ることにして。 

となると、数字まで揃えたくなり、一駅目のJR「八丁堀」駅の券売機でタイミングを見計らい、

「8.8.8(平成8年8月8日) 八丁堀 800円 08:08 9688」

と印字された切符を手に入れたのでした。 

ちなみに「9688」というのは、切符に印字される謎の4桁の数字です(券売機で売られた切符の通し番号らしい)。下2桁が88になったのはまったくの偶然です。少しゾッとしました。 

――と、こんな経緯は、既刊の「うっかり鉄道」(幻冬舎文庫)という本に載せております。

ついでに、「うっかり鉄道」の連載中にちょうど<平成22年2月22日>を迎えたため、担当のイノキンさんと、2並びの切符を買いに京葉線の「二俣新町駅」に向かった顛末も書かれております。よかったら読んでね。 

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『うっかり鉄道』(幻冬舎文庫)

 

令和2年、某日――

それで、ですね。

話は急に2020年に飛びます。

2月21日、私は「東京カルチャーカルチャー」というイベントスペースにいました。「地図ナイト19 〜帝国現る!地図の逆襲!帝国vs今尾vs日本〜」を見に来たのです。まだ新型コロナがギリギリ影響せず、人の集まる催しも問題なくできた時期でした。 

「地図ナイト」とは何かというと、地理の専門家や地図好きが何人か登壇して、地図等について語るという定期的なエンタメイベント。この回は、各学校で採用されていることでもおなじみの地図出版社「帝国書院」の社員さんと、私も尊敬する地図研究家である今尾恵介さんが互いの手の内を見せ合って語るという、マニアにはたまらんイベントでした。お客さんも当然、濃いめの趣味人ばかりです。

さて、大満足のイベントが終わりますと、「うっかり鉄道」も含めて私の本を読んでいるというありがたいお客さんから、不意に話しかけられました。

「明日は行かないんですか?」

「……え?」

翌日、私はテレビ関係のイベントに出演する日でした。が、たぶん、文脈的にその話ではなさそうだ。えーと……?

頭の中を一瞬でガーッと検索してみるも、何のことやらわからない。ちょっと沈黙が流れる。

「明日。二俣新町ですか?」

そう言われてさらに一瞬間が空く。ん……?

「…………あっ!!!」

気づいた!完全に忘れてた……。

平成22年2月22日。2揃いの切符をゲットするのに微妙に失敗した私は(詳細は後述します。本も読んでね)、次のゾロ目の機会はもう平成33年3月3日までないだろう、ずいぶん先になっちゃうなあ……と思い、そして、いつしかそんなこともすっかり忘れていたのでした。気づけば年号も変わり、明日は令和2年2月22日。令和になって初めての、2揃いの日じゃないか! 

あの8月8日から23年半、あの2月22日からは10年。身も心もしっかり中年になった私は、17歳の瑞々しくバカバカしかった頃の私を忘れてしまったのかい? まったく、失望したよ! このチャンスを完全に失念していたなんて私のバカ!

私はそのお客さんに丁重にお礼を言いました。このタイミングでこのイベントがなかったら完全にスルーしてしまっていたでしょう、これも運命の巡り合わせです。幸い、翌日のテレビのイベントは深夜まで及びません。二俣新町に22:22に行くことは可能です。こんなチャンスに行かないわけにはいかない!決行する! 

翌朝。1人で行ってもいいけれど、当時の担当イノキンさんにも一言お伝えした方がいいんじゃなかろうか……と思いつく。しばらく連絡も取っていなかったからダメ元だけど、もし来られそうならどうですか、とLINEを送ってみました。しかし、まったく既読にならない(結果として、このLINEはもう使われていないものだったため、その日じゅうには連絡がつかなかった)。

こうなるとなんとなく誰かを誘ってみたくなり、別に鉄道好きでも何でもない親しいLINEグループに今日の計画を説明し、無理を承知で「誰か来ない?」と投げてみました。すると、わりと近い市川に住んでいる後輩Pがおもしろがって来てくれることに。やった!

 

令和2年2月22日、22時前の二俣新町駅――

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さて、夜。テレビのイベントは無事に予定どおり終わった。Pとは22:10頃に二俣新町で待ち合わせ。二俣新町は何しろなんにもない駅なので、あんまり早く着いても困るのです。 

平成22年は、なんと2台の券売機に対して13人もの人(私とイノキンさん以外、全員単独行動)が集まるという、恐ろしい状況になりました。22分ぴったりに買わなきゃいけないけれど、券売機に設定されている秒単位の正確な時間なんて分かりっこないし、その場を誰かが整理しているわけでもない。

だから、22分近くになると全員が無言でじわじわ券売機に近づいていき、なんとなく列が形成されるという異様な光景が生まれました。焦りすぎて列のいちばん前になってしまった私は早まって22:21の切符を買い、買ったらついその場を離れてしまい、もう一度並び直したものの、時遅し。22:21と22:23の切符しか手に入らなかったのである。

あの時の悔やんでも悔やみきれない思い出がよみがえる。今回こそはそんなことがあってはならない。……と内心で決意するものの、この計画自体、昨日人に教えられて急に思い出したものだから、気持ちの準備は足りていない。これといって何か対策を考えているわけではありませんでした。 

さあ今回はどのくらいの人が構えているだろう。まったく読めません。私はだいぶ早く、22時前に二俣新町に着いてしまいました。10年ぶりのリベンジだと思うと感慨もひとしお。繰り返して申し訳ないですが二俣新町駅前には本当になんにもないので、この時間にここで待ち合わせをしている人は私以外いないはずです。

改札を出ると、手持ち無沙汰そうにしている人が2人ほどいるじゃないか。ほぼ確実に、同じ獲物を狙うライバルでしょう。いるぞ、もういるぞ。これから増えるのか。 

こちらは23年選手ですから、まずは安い切符を一枚買って、しっかり券売機と自分の時計とのズレを確かめますよ。……と思ったら、うわあ、当時と大幅に違うことがある!

切符の券売機が減っている! 1台しかない!

そりゃそうですよね、すっかりスイカの時代ですもん、券売機なんて使わないよね……。これは厳しい戦いになりそうだ……。

ともあれ、一枚買ってみる。腕時計との差もなく、22:02。お、偶然2が多いですね。この時点でちょっとうれしいけど……えっ、噓ぉぉぉ! 券売機以上に変わってしまったことが!

2.2.22という数字があるはずのところに、2020.2.22という印字が!

年の表示が、令和じゃない。西暦になっている。

いつの間にこんなことになっていたのだ。仮に平成33年があったとしても、これじゃ無理だった。完全なゾロ目はもう無理なんだ。さすがに私の命は2222年までもたないよ……。

JRは2017〜18年にかけて券売機の数字の切り替えを進めていたんだそう。私自身ほとんど券売機で切符を買わないからまったく気づいていませんでした。今回の企画を根本から揺るがす大変化です。

決行前にだいぶモチベーションがぐらついた。しかし、ここまで来たんだからやるしかない。3とか7みたいな半端な数字が入るならともかく、「2020」は「雑味」の部分に「0」が入るからマシです。「ほぼ2しかない」と言ってもいいはず。謎の理屈で自分を納得させます。

 

令和2年2月22日、22時22分の闘い

そんなこんなのうちに、Pが到着。単に1人だと心細いから呼んだというだけで、彼女は別に鉄道に詳しいわけでもない。こんな試みに付き合ってくれてありがとう……。彼女にてきとうにここまでの経緯をしゃべりながら、時が来るのを待ちます。休む場所もないので、突っ立って。 

ライバルはなかなか増えません。2分前くらいになっても、どうやら私たち以外に4人。これ以上は来なさそう。まあそりゃそうだ、「2020.2.22」だもん。以前の「22.2.22」に比べたら価値は落ちるよね……。 

とはいえ、やはり22分が近づくにつれて場の緊張は高まっていく。4人がなにやらじわじわ動きはじめる。

「え? え? これどうなるんですか〜?」

「流れに沿って並べばいいんじゃないかな……私も分かんない……」 

Pとこそこそ話しながら、私たちも奇妙な牛歩で券売機に近づきます。10年前と同じだ。マラソンとかスピードスケートみたいな感じでなんとなーくお互いの空気を読みながら列ができ、私たちは前から2人目になりました。しかし、先頭は券売機に手をかけない。まだ20分になったばかりです。

すると駅員さんが出てきた。ん? この状態、何かマズいかな? 

駅員さんは列の後ろのほうの人に話しかけたようです。聞き耳を立てると、「何かのイベントですか?」「いや、今日は2月22日で……」なんて話しています。そりゃそうだよね、こんな夜中に、閑散とした駅の券売機に急に列ができたら駅員さんだって怪しむよ。

駅員さんは一応納得(?)したようで、もちろん特に何のおとがめもなし。

すると今度は、私たちの後ろから「えーただいまー、二俣新町におります〜」などという声が聞こえました。

なるほど、ここが10年前と違うところ。そりゃこれを実況・収録するYouTuberだっているよねえ!後ろの様子を確かめたいけど、近すぎるから露骨に振り向きづらい。鉄道YouTuberなのかな、この様子をカメラに写しているのかなあ。映りこんだら恥ずかしいな……。

さあ、一人目の人はしきりに腕時計を見ている。じっと見て、じーっと見て……いまだ、という感じで彼は買った。ついに来た、22:22が来た。ピピー、ピピー、ピピー(切符が出る音)。来た、次は私たちだ。

切符を買い終わった一人目の彼は、スッとその場を去りました。さあ急げ、すぐに買おう、自分のぶんと、せっかく来てくれたPのぶんと、あとイノキンさんにもあげたいし、券売機は「大人3名」が一気に買えるんだよね、運賃も「220円」というおあつらえ向きのがあるし、さあ、あわてずに、「3枚」っと、よし、よし!

ピピー。ピピー。

「2020.2.22 二俣新町 220円 22:21」

え? なんで? え? 前の人はもう買ってたじゃん? え???

ものすごい勢いで頭を整理しようとするも、焦っている。いや、待て落ち着け、10年前に私はここで列を離れ、一旦後ろに並び直してしまって失敗したのだ。私は単なる「切符を買い間違えた人」なのだから、ここに居つづけて、もう一度チャレンジしたって別にいいのだ。そうしたって誰も損しない。

息を整え、もう一度買います。

しかし、焦ってもいたし、ここでさらに3枚買ってまた22:21だったら目も当てられない!とためらってしまい、1枚にする。

ピピー。ピピー。

「2020.2.22 二俣新町 220円 22:22」

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能町みね子

やったああああ!!

ついに! 10年越しの、2並びが! リベンジ成功!

そんなわけで、私は無事に22:22を手に入れたのでした。ああ、昨日教えてくれたお客さん、後輩P、ついでにライバルたち、すべてに感謝です。いま思えば、列の先頭の人はたぶん22:21を買った時点で自分のミスを認めてしまい、律儀に後ろに回ったのでしょう。10年前の私と同じミスだよ、君。そのまま粘ってよかったのだよ。

で、用が済んだら後ろの人にすぐ譲りたいから、スタコラサッサと列を離れます。冷静になって手元を見れば、無駄打ちで22:21が3枚もあり、肝心の22:22は1枚だけです。

「Pごめん、Pのぶんも買うつもりだったんだけど、最初3枚買ってミスだった時点で焦っちゃって、次1枚しか買わなかったから私のぶんしかないや……いや、でも別にPはこんなの興味ないか。別にいらないか? いややっぱりあったほうがよかった?」

つきあわせている申し訳なさも相まって、謝ってるんだかなんだか分からないセリフを吐く私でしたが、Pとしては「えー私21分のやつもらえるんすかー? やった〜!」とのこと。彼女には、お礼にもならない非ゾロ目の切符を進呈しました。 

さて、10年前は、この戦いを終えると戦士たちは余韻もなく一瞬で帰途についたものでした。しかし、今回は違った。

「買えましたか〜?」 

ちょっとなれなれしい感じで話しかけてきた大柄な青年。さっき聞こえたYouTuberらしき声の主です。数分前に一人で話していたときとまったく同じ、少し演技じみた口調。首から何やらいろいろ提げているのはどれも鉄道グッズと思われる物です。なるほど、バッキバキの鉄オタですね。

この調子で会話するうちに私ももしかしてYouTubeに顔出しさせられてしまうのかな? と思いきや、彼は別にカメラを構えているわけでもない。ん?

買えましたよ、よかったです…なんて言いつつ、私はしっかり聞いてみた。

「さっき、なんか実況してましたよね? YouTubeとかやってるんですか?」

「いえ、そういうわけではなく〜……」

「え? さっきしゃべってませんでした?」

「いえ、別にそういうわけではないのですー。2のつく駅といえばほかにも二宮、二俣尾などがありますよね〜。僕は以前にそちらにも行きました〜。以前は年号でしたから、そのときは十条駅にも行ったことがあります〜。こちらがその切符なんですけれども〜……」

彼のさっきのレポートらしきセリフは、ただの純粋な独り言だったようです。まったくYouTubeなどはやっていませんでした。 

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能町みね子

なんだかよく分かりませんが、彼はとにかくゾロ目の切符を買いに行くのが好きな鉄道マニアだということだけは確かなようです。うーん……それなら、同志です!

10年前の殺伐とした空気より、こっちのほうが全然いいです。青年、またいつか会おう!

余談ですが、今回も22:22の切符につく4桁の数字が「3242」となっていて、平成8年の「9688」と同じように、2が2つ入っていました。もうこうなると、私は切符の神に見出されていると言わざるをえない。私は70や80になっても老体に鞭打ってこれをやるしかない。

 

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能町さんの文庫『うっかり鉄道』は幻冬舎から発売中。

(文・イラスト:能町みね子、編集:笹川かおり(イノキン))