『その着せ替え人形は恋をする』を支えた人形師は語る。「すごく忠実でうれしさしかない」

原作者とアニメスタッフが参考にした人形師・鈴木慶章さんにインタビュー。作中に出てくる「現代風雛人形」は鈴木さんが発案したものでした。
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「着せ恋」の主人公・五条新菜(左)と、原作者が取材した鈴木慶章さん
©️福田晋一/SQUARE ENIX「着せ恋」製作委員会/Huffpost Japan

「ヤングガンガン」(スクウェア・エニックス)で連載している、福田晋一さんの漫画を原作としたテレビアニメ『その着せ替え人形は恋をする』(着せ恋)が1月から、TOKYO MXや各種配信サイトなどで放送・配信されている。

主人公は、雛人形の顔を作る「頭師」を目指す高校生。人形作りの技術を活かし、ヒロインらに頼まれコスプレ衣装を作り、いろんなことを学んでいくラブコメディだ。キュンとする2人の関係性のほか、雛人形やコスプレの描写も細かく、多方面から人気を集めている。

主人公の五条新菜のキャラクターを作ったり、雛人形作りの技術について学んだりする上で、原作者の福田晋一さんやアニメスタッフが取材したのが、人形のまち・さいたま市岩槻区の「鈴木人形」3代目・鈴木慶章(けいしょう)さん(41)だ。

「着せ恋は原作もアニメも、とても丁寧な取材のもと、雛人形の描写が作り込まれていると感じます。作り手の思いや現場感を知ってもらえる作品にもなっていて嬉しいです」と語る鈴木さん。その人物像や雛人形作りの今がどのように作品に落とし込まれているのか、話を聞いた。

 

 ◆『その着せ替え人形は恋をする』とは?

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テレビアニメ「その着せ替え人形は恋をする」キービジュアル
©️福田晋一/SQUARE ENIX「着せ恋」製作委員会

タイトルは「そのビスク・ドールはこいをする」と読み、『着せ恋』の愛称で親しまれている。

テレビアニメ公式サイトによると、『着せ恋』は「雛人形の顔を作る、 『頭師』を目指す男子高校生・ 五条新菜。真面目で雛人形作りに一途な反面、同世代の流行には疎く、中々クラスに馴染めずにいる。
そんな新菜にとって、いつもクラスの輪の中心にいる人気者・ 喜多川海夢はまるで別世界の住人。けれどある日、思わぬことをきっかけに、海夢と秘密を共有することになって……!?決して交わるはずのなかった2人の世界が、動き出す――!」というあらすじ。

主人公の五条くんが、ひょんなことから喜多川さんに頼まれ、雛人形作りの技術を活かしてコスプレ衣装を作っていくストーリーで、2人は徐々に距離を縮めていく。

 

◆「雛人形に見とれる」。人形師を目指した原点のリンク

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鈴木さんが勤める鈴木人形(さいたま市)
Takeru Sato/ Huffpost Japan

鈴木さんは「鈴木人形」に生まれ、幼い頃からずっと身近に雛人形があるのが当たり前だった。祖父や父が人形を作る姿を見て、自然と人形師に憧れを抱いたという。 

主人公の五条くんも、老舗人形店「五条人形店」に生まれる。そして、着せ恋は五条くんが、おじいちゃんたちが作った雛人形に「すっごいきれい…」と見とれるシーンから始まっている。

鈴木さんは「あの感覚は、間違いなく自分も経験し、原点となった感情だと思います」と語り、雛人形の魅力について「すごく華やかですし、おもちゃやフィギュアにはない、ハンドメイドの独特の雰囲気が好きです。この風合いは言葉にするのが難しいのですが、癒されます。その感覚は歳を重ねるほど、増してきています」と続ける。

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子どもだった主人公の五条くん(中央)が、雛人形に見惚れるシーン(1話)
©️福田晋一/SQUARE ENIX「着せ恋」製作委員会

 

五条くんは高校生にして、すでに人形作りの研究を重ねている。鈴木さん自身も高校生のころには、「自分が人形を見た時の気持ちの高まりや癒しを、ほかの人にも感じてもらえるような人形を作りたい」と、人形師の道へ進もうと決めたという。

大学時代には五条くんと同じように人形作りの勉強を始めるようになり、大学院進学後、社会人経験を積んだのちに、鈴木人形へ入社した。

 

◆雛人形への愛から生まれた、「現代風雛人形」

人形作りはとても楽しく、岩槻に受け継がれてきた伝統技術の素晴らしさを実感してきた。一方、「雛人形離れ」が進んでいることも痛感した。

住宅が全体的に狭くなり、飾る場所の問題が出てきたほか、人形は昔ながらのさっぱりとした顔で、子どもらから「怖い」と言われることもあった。

「雛人形を愛しているからこそ、より多くの人に手に取ってほしいし、技術も残していきたい。雛人形を、年代や性を問わず多くの人に好きになってもらえるものにしたい」。そう考えるようになった。

 

『着せ恋』では、金髪やティアラ、アイシャドウなど、雛人形が時代に合わせて多様化していることにもふれられる。

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雛人形の多様化が説明されるシーン(4話)
©️福田晋一/SQUARE ENIX「着せ恋」製作委員会

 

その「現代風雛人形」は、鈴木さんが中心となって6〜7年前に企画し、作り上げてきたものだという。当初は「奇抜で外道」といった意見も多かったが、若い世代を中心に支持が広がってきた。作中にも出てくる「一目惚れした」という言葉は一番嬉しいと言い、現在は現代風にアレンジした雛人形を作る人形店も増えてきたという。

鈴木さんは「ひな祭りを、みんなに楽しんでもらいたい。だからこそいろんな人の感想や時代観を、雛人形にも取り入れてきました。僕の原点でもある伝統的な雛人形も、若い世代に好きだと言ってもらえる現代風雛人形も、両方を大切にしたいんです」と語る。

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アニメ4話に出てきた現代風雛人形のモデルの一種
Takeru Sato/ Huffpost Japan

現代風雛人形が生まれた背景、パーツごとの魅力についても、写真とともに詳報しています↓

 

◆入念な取材で作り込まれた『着せ恋』の世界

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現代風雛人形と鈴木さん
Takeru Sato/ Huffpost Japan

 

『着せ恋』では依頼を受け、原作者・福田晋一さんやアニメスタッフから取材を受けており、その内容が作品に落とし込まれている。

きっかけは、『着せ恋』の原作漫画が始まる1年ほど前に、出版社から「若い人形師に取材したい」と連絡があったことだ。鈴木さんは「当時30代後半でしたが、人形師の中では若い方に入りました。それが業界のリアルでもあります」と話す。

 

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鈴木人形に並ぶ雛人形
Takeru Sato/ Huffpost Japan

 

コスプレの漫画という企画は聞いていたが、人形師とどう結びつくのか未知数だった。だがその不安は、すぐになくなったという。福田さんが入念に取材してくれ、熱意を感じたからだ。

鈴木さんは「何度も足を運んでくださり、人形作りに対する思いを深く聞いていただきました。また人形は、とても細かく資料に収めていました。朝の出社や仕事を始めるまでのルーティン、職人同士の会話や精神統一の仕方など、細かい部分までしっかりと見ていらっしゃったのが、印象に残っています」と話す。

 

◆五条くんに「人形に対する思いがそのまま伝わる不思議な感覚」

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五条くんへの想いを語る鈴木さん
Takeru Sato/ Huffpost Japan

『着せ恋』の原作が2018年に始まり、読んでみると、登場する人形が実物に忠実に描かれていて驚いた。鈴木さんは「嬉しさしかないです。ここまで綺麗に描いてもらえるんだ…と感動しました」と振り返る。

それは、2022年1月に始まったアニメも同じだという。「アニメスタッフさんも大所帯で、何度も取材に来ていただいています。大人数で作っているからこそ、連携が大変な部分もあると思うのですが、雛人形の描写が美しいです」と話す。

嬉しそうに人形を持ち、「この子もアニメに出てきたんですよ」と教えてくれた。どのシーンかわかるだろうか。

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アニメに出てきた雛人形を紹介する鈴木さん
Takeru Sato/ Huffpost Japan

 

視覚的な部分だけでなく、五条くんの雛人形への想いもリアルに描かれているといい、「五条くんに、自分を重ねて見ている部分も多いです」と話す。「私は五条くんよりは物事をはっきりと言うタイプですが、照れ屋な部分や、縫製や針仕事など手先を動かすのが好きなところとか、似ている部分も多くあるからこそかもしれません

 

そんな鈴木さんが一番好きなシーンは、冒頭でも触れた、五条くんが人形に感動を覚えるシーンだ。作中で努力家として描かれる五条くんだが、その時の感動こそが原点のように描かれており、共感するという。鈴木さんは「おこがましいですが、人形に対する思いがそのまま伝わっているような、すごく不思議な感覚があります」と照れるように笑う。

 

また、五条くんと海夢ちゃんの関係に何度もキュンとさせられてきたという鈴木さん。「お付き合いするのか、あの独特の関係のままいくのか。2人の幸せを願いながら、僕もファンの一人として楽しみにしています」とほほえみを見せた。

 

〈取材・執筆=佐藤雄( @takeruc10 )〉