アカデミー賞の「見どころ」は? 岐路に立たされているハリウッドは、どこへ向かうのか

Netflix映画「ROMA/ローマ」のアカデミー最多部門ノミネート。「ブラックパンサー」や「ブラック・クランズマン」 など、主役級が非白人の映画5本が「作品賞」候補に。
|
Open Image Modal
2014年3月、アカデミー賞授賞式のレッドカーペットイベントで(藤えりか撮影)

「Netflix(ネットフリックス)? 映画じゃない」「アメコミヒーロー映画?賞レースとは無縁だね」。

ごく最近までこんな余裕ある会話がフツーに交わされていたハリウッド。最大の祭典アカデミー賞ノミネーションで変化の兆しが見えてきた。

白人ばかりだった候補作は、テーマも出演俳優の人種も多様になり、Netflixの作品も初めて作品賞候補になった。

主要部門の最有力作品は、トランプ大統領が国境の壁建設にこだわり、敵意を向けるメキシコが舞台。外国語映画賞にノミネートの日本の『万引き家族』は、格差がひろがるアメリカで、置き去りにされた人々の現状とも重なる。総じてにじむのは、トランプ政権との対峙だ。

自己変革と反動を繰り返してきた「ハリウッド リベラル」の価値観。トランプ大統領の「アメリカ第一主義」に背を向けながら、政治との距離を改めて模索している。

Netflixで配信された「ROMA/ローマ」

Open Image Modal
『ROMA/ローマ』より © Netflix

2019年1月22日に発表されたアカデミー作品賞の候補8本のうち、主役級が非白人なのは5本。

史上初のアフリカ系スーパーヒーロー映画『ブラックパンサー』、スパイク・リー監督(61)の『ブラック・クランズマン』、日本でも大ヒット中の『ボヘミアン・ラプソディ』、アフリカ系のマハーシャラ・アリ(44)が実質主役に並ぶ『グリーンブック』、ベネチア国際映画祭で金獅子賞のNetflix配信作『ROMA/ローマ』と、記録的な多さだ。

Open Image Modal
『ブラックパンサー』より© 2018 MARVEL

『ROMA/ローマ』に主演のヤリッツァ・アパリシオ(25)は教師を経て今作で俳優デビューながら、メキシコ人史上2人目、アメリカ先住民では初めて主演女優賞にノミネート。

『ボヘミアン・ラプソディ』でフレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック(37)は、エジプト系初の主演男優賞ノミネートだ。

『ROMA/ローマ』は1970年代のメキシコ市を舞台にメキシコ人家政婦を描いた物語で、アルフォンソ・キュアロン監督(57)の実体験を踏まえている。今回のノミネート数は10と、最多タイとなっている。

2月2日にはアカデミー賞の前哨戦の一つ、米監督組合賞を長編映画部門で受賞。賞の予想サイト「ゴールドダービー」によると、今のところ作品賞と監督賞、外国語映画賞、撮影賞の各部門で圧倒的に最有力となっている。

白人至上主義団体の捜査を描いた

Open Image Modal
『ブラック・クランズマン』より © 2018 FOCUS FEATURES LLC, ALL RIGHTS RESERVED.

「ゴールドダービー」が次に監督賞を中心に有力とするのが、6部門ノミネートの『ブラック・クランズマン』。

アフリカ系刑事が白人至上主義団体「KKK(クー・クラックス・クラン)」に潜入捜査をした1970年代の実話に基づく。『ゲット・アウト』で昨年アフリカ系初の脚本賞を受賞したジョーダン・ピール(39)が製作陣に入り、カンヌ国際映画祭で次点のグランプリに輝いている。

リー監督は『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)や『マルコムX』(1992年)などで知られ、功労賞的なアカデミー名誉賞は受賞しているものの、作品賞も監督賞も今回が初ノミネートの実質無冠。監督賞に輝いたアフリカ系自体いまだにゼロで、受賞となれば史上初だ。

「白人男性優位」だったハリウッド

Open Image Modal
Valery Sharifulin via Getty Images

最近の作品賞候補作を振り返ると、非白人が主役の作品は2016年は8本中ゼロ、2017年9本中4本、2018年同1本。ハリウッドが長年、白人男性優位に甘んじてきた表れだ。

南カリフォルニア大学の研究者による調査では、2016年のトップ米映画900本のうち、セリフのある役柄の70.8%が白人で、アフリカ系は13.6%。アジア系は5.7%、ヒスパニック・ラティーノ系や中東系はそれぞれ3%強と、さらに惨憺たる少なさだ。

それを反映するように、アカデミー賞演技部門の候補が2016年に2年連続で白人ばかりとなり、「#OscarsSoWhite(白人ばかりのオスカー)」との批判を浴びて、リー監督らは授賞式をボイコットした。

主催する米映画芸術科学アカデミーは非白人や女性の会員比率を2020年までに倍増すると公約しているが、今回のノミネーション結果は、変化を強調したいがゆえの結果にも映る。

共感を失っていたハリウッド

Open Image Modal
トランプ大統領
Bloomberg via Getty Images

この構図はまさに、トランプ時代のリベラルの右往左往ぶりと重なる。

ハリウッドはこれまでアメリカンドリームの一つの象徴として、また米国の民主主義を喧伝し理想主義を体現する業界として君臨してきた。

ところがトランプ政権の誕生と軌を一にするように、「金持ちの既得権益層」として非難されるように。リベラルは「弱い立場」の味方だと、もはや思われなくなってきた。

多様性をうたう作品を多く世に出す割には、製作決定権を握るスタジオ経営陣は白人男性が圧倒的。豪華なドレスやタキシードをまとって格差解消を訴え、プライベートジェットを乗り回しながら環境保護を唱える「リムジン・リベラル」ぶりに、グローバル化で置き去りにされたと感じる人々を中心に共感されづらい存在となった。

それに対する自覚と自省が遅れたのも、「ハリウッド リベラル」を嫌うトランプ当選に呆然としすぎたせいか。

トランプ批判で"スベって"しまったメリル・ストリープ

Open Image Modal
メリル・ストリープ
Steve Granitz via Getty Images

アカデミー賞史上最多ノミネートの名優メリル・ストリープ(69)はトランプ大統領の就任直前、ゴールデングローブ賞授賞式で多様性を訴えてトランプを非難した末に、逆に格闘技を軽んじる失言をして批判を浴びた。実は格闘技の方が人種の多様化が進んでいたのに。

そうした反省からか、昨年の米中間選挙ではストリープやスティーブン・スピルバーグ監督(72)ら白人の著名映画人は静かに民主党候補に寄付をするにとどまった。

『ブラックパンサー』に出演したアフリカ系のマイケル・B・ジョーダン(31)らが戸別訪問で目立った程度だ。

2017年には、アカデミー賞作品を多く手がけた大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン(66)らによるセクハラ・強姦への大量告発が相次ぎ、ハリウッドだって実は女性蔑視じゃないか、との批判が渦巻いた。実際、残念なことに今年のアカデミー賞は女性映画人のノミネートがまたも後退している。

Open Image Modal
多くのセクハラ・強姦告発で失脚した大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン(2014年3月、アカデミー賞授賞式会場で藤えりか撮影)

ハリウッドと政治の距離感とは?

ハリウッドは政治的発言をいとわない映画人が目立つうえ、一見すると政府批判の映画も多く作ってきたため、野党的な立ち位置だと感じる人は日本に多い。

でも実際は、「現政権」を批判する映画はさして作ってこず、政府におおむね協力的というのが基本姿勢だった。

オバマ政権下の2013年授賞式では当時の大統領夫人ミシェル・オバマ(55)がホワイトハウスから中継で作品賞を発表、2016年の授賞式には当時の副大統領ジョー・バイデン(76)がサプライズ登壇。それぞれ記者室や授賞式会場にいた私は「いくら何でも政権におもねりすぎ」と感じたが、それだけに、トランプ時代に突如として反政権側に立たされたのは多くの映画人には不本意だったに違いない。

トランプ大統領が糾弾するメキシコや、トランプ時代にまたぞろ活発化しているKKKとの戦いをテーマにした作品が、米国が世界に誇るアカデミー賞を席巻したりすれば、諸刃の剣となる可能性はある。

『ROMA/ローマ』はスペイン語や先住民語のセリフで展開、作品賞を受賞すれば史上初だ。「米国にいるなら英語を話せ」と罵声を浴びせられがちなラティーノ・ヒスパニックや、移民推進・擁護派は喝采することだろう。

でも同時に、「白人のアメリカが脅かされる」とさらに恐れ、反発を強める人たちも増えるかもしれない。そう危惧するほどに、今の米国の分断は深刻だ。

Netflixはハリウッドを変えるのか

Open Image Modal
Netflixのイメージ
NurPhoto via Getty Images

『ROMA/ローマ』でNetflix配信作品が作品賞に初めてノミネートされたのも大きな変化だ。

Netflixはハリウッドの守旧派に長らく嫌われてきた。劇場上映は限定的で、主戦場はあくまでネットゆえ、劇場離れに拍車をかけるというのが批判の主な源泉だ。

スピルバーグ監督は昨年、英テレビのインタビューで「テレビの体裁で作った作品はテレビ番組。少しばかり劇場で上映したところでアカデミー賞の対象にすべきでない」とばっさり切り捨てた。

彼とて若い頃は進取の気性に富み、アカデミー賞に長く無視されて苦労したはずなのに、自身が権威になるとこうなるか......と正直がっかりだったが。

ただ、アカデミーのシドニー・ギャニス元会長(79)は昨年ロサンゼルスで会った際、こう言っていた。「アカデミー内では『なぜNetflixを映画と認めなければならんのだ』と腹を立てる人がたくさんいたが、その雰囲気は変わってきた。好戦的な感じも減っている」

とはいえ、アンチNetflix派は古手のアカデミー会員を中心になお健在だ。『ROMA/ローマ』がアカデミー賞最多ノミネートとなり、事前の予想で最有力となっている現状から、「作品賞などとらせてなるものか」と背を向ける会員が出ないとも限らない。

アカデミー賞が批評家による賞ではなく、映画人自身の投票に基づく表彰であるだけに、Netflixへの映画界の見方が本当に変化しているかも、作品賞の行方で占えそうだ。

オバマ前大統領も「万引き家族」がお気に入り

Open Image Modal
Getty Images/「万引き家族」公式サイト

是枝裕和監督(56)の『万引き家族』の外国語映画賞ノミネートも、今のハリウッド的な選択と言える。プロットとしては、助演男優賞に昨年ノミネートされたショーン・ベイカー監督(47)作『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017年)にも通じるものがある。

ベイカー監督は以前、インタビューでこう語っていた。

「これは、オバマにも置き去りにされたと感じ、クリントンも信用できず、自分には何の特権もない、奪われたと感じる人たちの映画。 何がトランプ勝利を導いたか理解したければ、考えなければならない。だが(ハリウッドは)そうした人々が存在し、絶望してきたことを念頭に置いてこなかった」

そのオバマ前大統領(57)は昨年見た好きな映画の一つに『万引き家族』を挙げている(『ブラックパンサー』『ブラック・クランズマン』『ROMA/ローマ』も然り)。

日本では政治家が「諸外国に誤ったメッセージを発信」などと批判しているが、友人の米国人プロデューサーいわく、「自国で権力者に批判される映画はハリウッドに好まれる傾向がある」。いまどき日本語のニュースは簡単に英語でも伝わる。批判する人が増えるほど、賞レースで有利になる、かもしれない。

  *

アカデミー賞の発表及び授与式は2月24日(アメリカ・カリフォルニア州現地時間)。

発表直後の2月28日(木)午後10時スタートの NewsX(dtvチャンネル)「ハフトーク」では、筆者の藤えりかさんをゲストにお迎えし、この記事を深堀りして行きます。ハフポスト の竹下隆一郎編集長が聞き手となり、アカデミー賞の結果の最新の分析もお届けする予定です。

結果から浮かび上がる「ハリウッドの現状と課題」とは? 日本映画界が学べることは? ご期待ください。

■執筆者プロフィール

藤えりか(とう・えりか) 朝日新聞経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長。米国とラテンアメリカの大統領選から事件、IT、映画界まで幅広く取材。現在、朝日新聞be 兼 GLOBE編集部 記者。読者と語るシネマニア・サロンも主宰。Twitterアカウントはこちら

藤えりかさんの他の記事を読む:

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』ショーン・ベイカー監督 インタビュー

『ブラックパンサー』製作総指揮ネイト・ムーア氏 インタビュー