漫画家・萩尾望都先生にインタビュー。新作『ガリレオの宇宙』はiPadで制作。新しいスタイルで感じた戸惑いと喜び

「漫画はコマ割りと枠取りでリズムを作るので、このコマの展開でこの物語がうまくいってるのかどうか不安でもあります。この作品を作ること、描くことは楽しかったです」
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萩尾望都 / Apple
Engadget 日本版

iPadで描いた初のフルデジタル作品「ガリレオの宇宙」をApp Storeで公開した漫画家 萩尾望都先生にお話をうかがいました。

萩尾望都先生といえば、『ポーの一族』『トーマの心臓』『イグアナの娘』『残酷な神が支配する』、今年完結した『王妃マルゴ』といった作品で知られる漫画家。

1969年のデビューから常に漫画の新たな地平を拓いてきた先駆者であり、2012年には少女漫画家として初の紫綬褒章を受賞。画業50年の2019年には女性漫画家として初の文化功労者に選ばれています。

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 (2020年5月、萩尾先生にテキストベースでお伺いした一問一答を編集しています。イタリア取材は2020年1月)

Engadget: App Storeに描き下ろした『ガリレオの宇宙』は、萩尾先生初のフルデジタル漫画作品だそうですね。以前からMacやPhotoshopを作画に導入したり、日常でもiPhoneをお使いと伺いましたが、いつごろから導入されて、どんな使い方をされているのでしょうか。

萩尾: デジタルはまだまだ始めたばかりの初心者です。カラーにMacを使ったのは28年くらい前ですが、年に2,3回くらいの使用なので全く上達しませんでした。(涙)

iPhoneは携帯電話が使えなくなると聞き、昨年からやむなく使用しています。でも使い始めて1年にもならないので、全く使いこなせていません。iPadは好きで、各種サイズを持っています。

Engadget: Siriは使ってますか?宇宙船やコンピュータと会話するのは『2001年』はもちろん古き良きSFのお約束でしたが、最近の子供は最初のコンピュータとのやりとりが会話という世代も生まれています。 

萩尾: Siriは初めは使っていましたが、今は自分で調べています。Siriの返事の声が大きいので町中で使うと恥ずかしい。

Engadget: 『ガリレオの宇宙』では初めて iPadとAdobe Frescoを本格的に使って制作されたそうですが、道具としてはどんな印象を受けましたか。 

萩尾: iPadで絵を描くのは初めは慣れなくて大変でした。でも、2,3日使ったら慣れてきて、慣れてきたら楽しくなってきました。

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frescoは水彩は綺麗です。夢のようにきれい。にじみが複雑に絡んで、意外な効果を生み出します。イメージの豊かな人なら、水彩の美しい絵をかけることでしょう。この技術を作り出した人は天才ですね。

ただ、持ってるiPadの容量が小さいせいで、描いても保存がうまくゆかずフリーズしたりして困りました。たくさんの絵を描きたいときは、もっと容量があったほうがいいですね。

Engadget: iPadの画面とペンシルで、アプリを使って描いた感想はどうでしたか。やはりアナログとは感覚が違いますか?

萩尾: 新しいことをするのはワクワクしますね。描いた絵のコピーやトレースもすぐ出来て、線や色を重ねていく効果が面白かったです。間違えてもすぐ修正ができるし、拡大もきれいで、目の中や細かいところを書き込むのもスムーズでした。

線の種類も多くて、描くものによってベクター、ピクセル、更に水彩、といくらでも選ぶことができて、この質感を出すのにどの線を使おうとか選ぶのも面白かったです。それにペンも軽いし、ペン入れに力もいらないし。指が疲れないのがいいですね。

アナログと違うのは、ペンの接触が何かでうまく行かない?バグする時があって思い通りに動かなかったり、描いている途中で消えたりと、アクシデントが勝手に?たびたび起こったのが驚きでした。普通はスムーズな分、デジタルのアクシデントは対応に疲れますね。あたふたしてしまいます。

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Engadget: 以前、頭でイメージしたどおりの線が引けるかどうかは体力勝負で、年齢とともに描き方も変わってゆくといったお話をされていました。

画業50年を迎えられてますます新作が読めるのはファンとしては嬉しい限りですが、萩尾先生のこれからの作品作りにiPadやデジタル技術、インターネットはどう関わりそうでしょうか。こうなってほしい、こんなものが欲しい!はありますか。

萩尾: 年々、手の衰えに悩んでいます。ほしいのは、さっとはめると筋力が戻る手袋。でも無理ですね。なのでデジタルで描くことができれば〜〜…と近年、努力中です。

その点で行くと、フレスコのペンはきれいだし。実は予告を1枚フレスコで描いたんですが、一度フォトショで加工して、再びフレスコで細かいところを仕上げようとしたら、容量が大きいせいか2度と入らなくて残念でした。もっと容量の大きいものも描けたらいいですね。

 Engadget: 制作中の『ガリレオの宇宙』を拝見しました。縦に進んでゆくスタイルが新鮮です。これはスマホで読むことを想定したのでしょうか。

 萩尾: 皆さんスマホでたくさん漫画を読まれてるようですね。アナログは主に横の目線移動で読ませますが、縦に目線が流れる、しかも果てしなく、というのは、読む動線としてはほとんど革命ですね。

このような漫画を作成するのは初めてです。スマホで読むということを念頭に置き、全て同じサイズの4コマで作成しようと考えましたが、担当者よりそのサイズは小さすぎると言われました。どうもスマホの他の展開も念頭にあったらしいのです。PCで読むとか?

結局、Appleのデザイナーの方の協力で現在の2コマ平均になりました。PCというのもまた特殊な世界ですね。アナログの言語が通じないというか。作画の1ページ、2ページという概念もないし、じゃあ1画面をなんと呼ぶのか?と疑問に思うのですが、正式な名前はないのだそうです。ちょっとSFですね。デジタル用語風の表現の仕方がわからず、担当者との意思疎通に宇宙人と話してるのだろうか?と、戸惑いました。

 Engadget: 以前、漫画家はコマ割りで時間を操作する、作品の呼吸を伝えるといったお話をされていました。この新しいスタイルで制作するうえでの困難や発見はありましたか。(スタイルといえば、『柳の木』には仰天しました。一番好きな短編のひとつです)

萩尾: ありがとうございます。

新しいスタイルでの制作はそれなりに戸惑いと喜びがあります。漫画はコマ割りと枠取りでリズムを作るので、ちょっと今、このコマの展開でこの物語がうまくいってるのかどうか不安でもあります。読んでくださるかな、と言う感じです。この作品を作ること、描くことは楽しかったです。

Engadget: 『ガリレオの宇宙』のためイタリアで取材されたとうかがいました。『ローマへの道』はもちろん、これまでの作品でもよく舞台になり、先生もナポリ大学での講義などでご縁が深い場所だと思います。改めて訪れたイタリアはどうでしたか。

萩尾: 短い時間の取材でした。イタリアはナポリ講義以来10年ぶりの訪問でしたが、変わらず美しい街でした。そしてやはり歴史的な街ですね。古い建物がよく保存されてるし、それがそのまま歴史を表している。

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バチカンもヴィラ・メディチもどこも面白かったけれど、ミネルヴァ修道院のそばの図書館が素晴らしかったです。壁じゅう書架で、二階の書籍を見る回廊があるのです。入口は狭いのに中は果しがなくて。ほとんど博物館ですね。インパクトがありました。

インパクトといえば、フィウミチーノ空港で帰りの飛行機に乗り遅れてしまって(初めての経験です)。1日ローマの空港ホテルで過ごしました。フィウミチーノ空港ってめちゃ広いですね。

Engadget: App Storeで多くの人の目に触れる作品の主題にガリレオを選ばれたのはどういった理由でしょうか。ガリレオが二度目の裁判で有罪とされたのは、ちょうど現在の先生に近い年齢だったそうですね。

萩尾: 小学生の頃、ペスタロッチ、ガリレオ、パスツール、ナイチンゲールなど児童向きの偉人伝を読むのが好きでした。そのなかで、科学的に正しいことを言ってるのに理解してもらえず、幽閉されて暮らしたというガリレオのことがずっと気がかりでした。どんな気持ちで裁判に挑んだのだろうとか、失意と希望が交互に訪れたのだろうかとか、ついガリレオの気持ちを想像してしまいます。

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フィレンツェに行ったときにガリレオ博物館を訪ねました。ガリレオの書いた惑星の記録や望遠鏡を見て、ガリレオの当時の気持ちを想像しました。ガリレオの指の骨もありました。ガリレオの、天体を観察して記録するという行為は研究として解かりやすいのです。なので気持ちが入りやすいのでしょう。サンタ・クローチェ聖堂のガリレオの墓碑にも参拝しました。あのように幽閉されたあとで、ちゃんと聖堂内に埋葬されて墓碑が置かれているのを見てホッとしました。

 Engadget: アシスタントさんとはデジタルでやりとりされるなど、漫画の制作にも新型コロナウイルスの影響があったとうかがいました。日本の緊急事態宣言もそうですが、イタリアの状況には心を痛めておられるのではないかと思います。(2020年5月時点)

作家としては、いずれ『なのはな』や放射性物質三部作のように作品としてアウトプットをされると思っていますが、現在の状況、日本でもみなが不安を感じている状況について、先生はどのようにお考えでしょうか。どのようにお過ごしですか。

萩尾: 世界でのコロナの被害には本当に胸が痛いです。こんな現実が降ってくるとは。過去に読んだSFや漫画のことばかり思い出します。手塚治虫の「きりひと讃歌」とか。

とりあえずこのAppleの仕事をしていてほとんど家から出ていませんが、いつまでも閉じこもっては過ごせませんねえ。本当に、どうなるんでしょうねえ。

毎日ニュースを見ています。1日でも早くワクチンができて、コロナが終息するのを祈ります。コロナのあとでは、世界は変わるでしょうね。どのように変わるのか、気をつけながら見ています。

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Engadget: 『ポーチで少女が小犬と』※も続編をお願いします。

萩尾: すみません、『ポーチで少女が小犬と』はあれで完結しております。続編の世界はどなたか描いてくださいませ。

Engadget: すみません🙇 ありがとうございました! 

※ 『ポーチで少女が小犬と』

 1971年『COM』誌掲載。わずか10ページあまりの短編ながら、世代を超えて読者を魂消させる衝撃作。

 今月2020年8月に刊行されたばかりのアンソロジー 筑摩書房 現代マンガ選集 「異形の未来」編にも採録されています。 

電書では、表題のデビュー作含む初期作品を集めた小学館文庫版『ルルとミミ』に収録。

 

萩尾先生の作品コメントはたとえば『「ポーチで少女が小犬と」に共感する人って人生において疎外されてると思います(笑)。』

(萩尾望都のSF世界 第3回 | Matogrosso 大森望氏との対談で「(…) 短編の「ポーチで少女が小犬と」にすごい衝撃を受けたんです。少女マンガでこんなすごいSFが描けるのかってびっくりしました。」を受けて)

 ※『柳の木』

 連作短編集『山へ行く 』(シリーズ ”ここではない☆どこか”)収録。

 

 ほか、インタビュー中にもあるイタリア ナポリ大学での講義を収録した『私の少女マンガ講義』では、萩尾本人が日本マンガとはどのようなものか、の文脈でコマごとに全編を解説。

 

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